132.酒宴の玉座
「で、何が欲しいんだ?」
腕を組んだウラデュウス国王が、居酒屋領主館の片隅でラルフ・ドーソンを見下ろす。場所は変わったが、追及は終わらない。
国王は居酒屋の椅子にふんぞり返り、その目の前には、正座どころか土下座スタイルのラルフがいた。居酒屋はすでに営業中で、客である冒険者や貴族たちが、酒を飲みながらこの異様な光景を肴にやいのやいのと盛り上がっている。
(だから! このようなやり取りは王城で厳かに、「その方に褒美を使わす。何が欲しい? 好きに申してみよ!」みたいな、それらしい会話になるのではないのか?)
通常であれば、居酒屋の客席で行われるべきではないのは明白だが、ここにいる者たちは、もうなんだかどうでもよくなっていた。面白ければ、楽しければそれでいい。それがロートシュタインに住まう人々の気概だ。
ラルフは床に正座し、国王の顔を見上げた。その瞳には、少しばかりの困惑が浮かんでいる。
「何が欲しいと言われましても⋯⋯。僕、すでに公爵ですしねぇ。それに、まあ、お金も割と、その、儲けておりますし⋯⋯」
「だろうな?! そして、このロートシュタインにはさらに金貨が集まってくることが確定したな」
国王の言葉に、ラルフは首を傾げた。
「えっ、それは、どういう⋯⋯」
「おい、ニコラウス。各国から届いている書状を、このバカに見せてやれ!」
宰相のニコラウスが歩み出て、テーブルの上に大量の書簡をパラパラとまき散らした。その山は、まるで雪崩のようだった。
「んんん? 時節のご挨拶のお手紙?」
ラルフが書簡を手に取り、首を捻る。
「そんなわけあるか?! これは、共和国、帝国、聖教国、さらには東大陸の諸国の王侯貴族やらお偉いさんから届いた、ロートシュタインの祭りに来訪したい。という旨を伝えるものだ!」
「はぁぁぁぁあ?! なんでぇ?!」
ラルフは叫んだ。その声は、居酒屋中に響き渡る。
「目的はドラゴンだ。下手をすると、一生出会うことのない超高級食材だ。おそらく大商会も来るだろうなぁ。ドラゴン肉の買付けに」
「いやいやいやいや! なんでそんなスピードで噂が広がってるのさ?! だって東大陸って、海渡っちゃってるし!」
「おそらく、ここロートシュタインには、各国の間者が多数紛れ込んでるのだろう⋯⋯お前その手の対策、してたか?」
国王の言葉に、ラルフは「うぐっ!」と声を詰まらせた。
「さらには、魔導車や魔導戦車、そして戦略兵器級の漁船、お前のペット。⋯⋯陸、海、空のすべてに於いて現在ロートシュタインが世界最強の軍事力を持っていると言っても過言ではない。その情報が眉唾でないか⋯⋯の視察も兼ねてるのだろうしな」
国王は冷めた目で言い放つ。ラルフは、内心焦っていた。
「あっらぁぁぁ。じゃあ、それ眉唾ですよぉ、ってお返事書いておいて貰えません?」
「書けるかバカモノ! どうするのだ?! 世界最大規模の祭りなど、誰がやれと言った?! そんなに金ばかり集めて何がしたいのだ?! 王都から金貨がどんどん消えて、ロートシュタインに流れ込んでいるではないか?!」
国王は怒りを露わにする。ラルフは、心の中で思った。
(一年のうちのほとんどをお忍びと称してロートシュタインで過ごしている国王が何を言うか?!)
しかし、その言葉は決して口にしない。決して! もしそれを言ってしまったら、火に油を注ぐのは目に見えている。前世での社会経験も含めて、このような場面では余計な事を言わないのが得策だと、ラルフはよーく知っている。
「あっ! 国王さま、ビールが少なくなっているようですよ! なんか、おかわりします?」
とりあえず話を逸らしてみるラルフ。国王は手に持ったジョッキを睨むと、僅かに残った金色の酒をグビリと飲み干し、
「ビールおかわり! ホタテとエビもくれ! 飲まなきゃやってられんわ」
と言って溜息をついた。




