131.神殺し
ロートシュタインの街外れ。広大な草原に、二体の巨大な魔獣が、完璧なまでに凍り付いていた。一体は深海の怪物、もう一体は空の王者、竜族。
これらの神話級魔獣は、ラルフ・ドーソンの氷魔法によって、祭りのメインディッシュとして保存される予定だった。
しかし、その「食材」を検分するために集まった人々の中に、ラルフにとって最悪な面々がいた。冒険者ギルドの職員、魔獣の生態に詳しい学者たち、そして、見物に来た貴族たち。さらには、ウラデュウス国王を含めた王族までもが、この場所にいたのだ。
「おまえは、何をしたか、わかっておるのか?」
国王の額には青筋が浮かび、ラルフを鋭く問いただした。
「えっ?! そりゃあ、食材を調達した、……って、だけ、だと、思うのですが?」
ラルフは言葉を途切れ途切れに紡いだ。彼の声は、どこか不安げだった。
「食材? 調達? だけ?! ……それで神話級の竜族を二体も狩ったと?!」
国王の顔が徐々に真っ赤になり始めた。まるで噴火寸前だ。ラルフは、直感的に悟った。
(あー、これはダメだ。ダメなやつだ……)
もう何を言っても怒られる"フラグ"が立っている。ラルフは周囲を見渡した。貴族たちは呆れを通り越してもはや無表情で、この成り行きを見守っている。
ラルフは「はぁ」と溜息をついた。王城の謁見の間ならまだわかるが、この状況はなんだ? ロートシュタインの草原の上で、晴れ渡る青空の下でやることか?
「やあ、あっハッハッハ……。まあ、そのぉ、祭りやるってなるとぉ。もう前と同じじゃどうせ満足しないじゃないですかぁ? やってやるだけ感謝しろよ?! って感じっすけど! でも文句言う奴とか絶対いるんですよぉ。絶対いる。そう、絶対!」
「ほほう……。なのでそのロートシュタインの祭り会場で、伝説とか英雄譚の中にしか存在しない幻の竜肉を使ったメインディッシュ料理を振る舞おうとしたわけだ。なるほど……なるほど。……って、この大馬鹿者!!!」
国王の怒鳴り声が、静かな草原に響き渡った。ラルフは顔をしかめ、(あーはじまったぁ)と思った。
「や、みんなに美味しいもの食って貰いたかったんすよー。ただそれだけなんすよー。……いいじゃないですかぁ?! えー?! 誰が困るんすかぁ! 僕誰にも迷惑かけてませんよねぇ! 僕って何か悪いことしましたぁ?! えっ? 何か罪ですかぁ?! なんなら逮捕してみて下さいよぉ! 何罪ですかぁ? 美味しい料理食べさせようとした罪ですかぁ?! そんな法律聞いたことないっすけどねぇ?!!」
ラルフは開き直ることにした。前世で好きだったアニメ、素晴らしい世界に祝福を受けた引きこもりニートの主人公を参考に、大声でまくし立てた。
「ちっ! 居直りおって……。おい! 冒険者ギルドの代表はおるか?!」
「はっ!」
ロートシュタインの冒険者ギルドのギルマスが歩み出た。
「このような偉業を成し遂げた者に対する、冒険者ギルドの方針としてはどうか?」
「はっ! 僭越ながら、国王陛下。公爵、ラルフ・ドーソン氏に対して、多額の報奨金と、さらにはS級冒険者としての永久ライセンスを交付させて頂きたいのですが……」
それを聞いた聴衆たちは、まっ、だろうな⋯⋯。という空気で頷いた。
「そうか、⋯⋯では。ニコラウス!」
国王は宰相を呼んだ。
「はっ!」
「国としての対応は、どうするのが通例だ?」
「はっ! ⋯⋯通例も何も、竜族を二頭も狩った者など、過去にいません。唯一、勇者と呼ばれた冒険者"ロート"が、邪竜を屠り、当時の王国はその武勲をもって叙爵させた文献がありますが⋯⋯」
「あっ! それ、ウチのご先祖様じゃん?」
ラルフは思わず声を上げた。すると、誰も彼もが無言でラルフを見つめた。「えっ! なに?!」とラルフは戸惑う。
「ああ、そういえば、そうか⋯⋯。確かに、それがロートシュタインの成り立ちだった⋯⋯」
宰相のニコラウスは合点がいった様子で呟いた。
「ん? ちょっと待って! 竜族二頭って言った? 僕が墜としたドラゴンはその一匹だけだよ?!」
ラルフは疑問と戸惑いの声を上げた。
すると、海の怪物、ア・ベイラの氷漬けの亡骸を検分していたヴィヴィアン・カスターが叫んだ。彼女は今、宮廷魔術師でありクレア王妃付き(モフモフ担当)だ。テイマーの彼女は、魔獣生態学のプロフェッショナルでもある。
「"ア・ベイラ"はその魔導保有量から、竜族に分類されます。諸説あるものの、その生態が海でしか生きられないとしても、この魔導生物の成り立ちを考えれば、それが自然かと」
「だとよ!」
国王が吐き捨てた。ラルフは「国王さま、口調、口調が⋯⋯」と焦る。そして、静かに横たわるア・ベイラの巨体に向かって、
(お前、魚じゃなくて、竜なのかよ?!)
と心の中で突っ込んだ。
「それと、このドレッドノート⋯⋯。これを堕としたのは、ちょっと色々と、ヤバいですよね⋯⋯」
と、ヴィヴィアンが不穏なことを言い出した。
「えっ、なにが?」
ラルフはきょとんとしている。
「ドレッドノート、その名が初めて確認されたのは、文字通り神話の中です。まだこの地上に我々人間が存在せず、神々がこの楽園の覇権を争っていた時代です。⋯⋯次にこの個体名が確認できるのが、建国記の中です。このドレッドノートが、魔導国家を滅ぼした⋯⋯」
「いや! だから何?! なんなのさ!!!」
ラルフはもうパニックだ。
「つまり。このドレッドノートは。"神獣"なのです。竜殺しどころではない。神殺しと言ってもいい偉業です」
「か、か、か、かみ、し、し、し、しんじゅう⋯⋯」
ラルフは真っ白な顔で、また目がグルグル回り始める。
(神獣なら、前世でも倒したけど? この世界ではダメなのかぁ? 聖剣抜いて、プリムとポポイと一緒に倒したけどなぁ)
と、前世で好きだったゲーム内での記憶に現実逃避した。
「そして、最後にこの個体名が確認されたのが、約二千年前。この王国の姫君が、ドレッドノートと戦い。もう二度と、互いに争わないように、竜族は空へ、人間族は地上に、生きる領域を分けたという伝説が⋯⋯」
ヴィヴィアンは古い書物のページをめくりながら語った。すると、ラルフは、
「えっ! そのお姫様もウチのご先祖様だわ! 親父からよく聞かされたわぁ。酔っ払うと、その話いつもしてた!」
全員が黙った。そこにいるすべての人々の心は共通だった。
(まさか、遺伝か? コイツがいつも大騒動を起こすのは?)




