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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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125/293

125.奴隷と少年

 水田への水入れが終わり、注文していた種籾が村に届いた頃。黄金色の籾が、これからの収穫を約束するかのように、日差しを受けて輝いていた。その穏やかな日、またしても領主ラルフ・ドーソンがセスの村を訪れた。


「大きいですねぇ。なんなんです? これ」


 セスは、村の広場に運び込まれた巨大な魔導機械を見上げた。それは、まるで巨大な芋虫が金属の殻を纏ったような、奇妙な形をしていた。光沢のある金属製のボディからは、いくつものアームが伸びている。


「これは魔導車の技術を応用して開発が進められていた、新型魔導田植え機。ちょうど実験段階に入ったのでね。この村に貸し出して、色々と意見を聞きたいと思って」


 ラルフは、自慢げに胸を張って説明した。

 何かしらの利害があるのかもしれないが、このような高価なものを無償で貸してくれるとは、領主さまさまだ、とセスは思った。それに、これが本当に便利な魔道具だとすれば、この広大な水田は、少ない人員で巨万の富を生むことになる。十歳のセスの幼心でも、それは容易に想像できた。彼の胸には、小さな期待が膨らんでいく。


 ある日、父であるドッヂが、奴隷を四人購入してきた。


「野菜畑も広げるからな。人手が足りんだろ」


 父はそう言っていたが、ウチに奴隷なんて買うお金があったのか、とセスは少し心配になった。奴隷は高価な買い物だと、以前父が言っていたのを覚えている。


 彼ら四人の奴隷は、領主様から直接買い付けたらしく、

 ラルフは「彼らはハリソン一味だ。元はゴロツキ共だが、メシはしっかり食わせて、末永くこき使ってやってくれ」と言っていたとか。

 ハリソン一味ということは、この中の誰かがハリソンという名前なのだろうと思い、セスは彼らに直接聞いてみた。すると、


「ハリソンなんていねーっす」


 と、四人全員にきっぱりと言われてしまった。この世界は不思議がいっぱいだ、とセスは思った。

 奴隷と言えども、元犯罪者がこの農園で寝泊まりするのはなんだか怖いかもしれない、と最初は不安に感じた。しかし、彼らは開墾した田園地帯にそれぞれ小屋を建てて住むのだとか。

 それじゃあ、脱走するのでは? と思ったら、ラルフ様の魔法による奴隷契約は強固で、主人の意に逆らうことができず、そもそも彼らは美味いメシと美味い酒さえあれば、ずっとここで働きたいと言っているらしい。彼らは、ラルフの居酒屋領主館で提供される料理の味に魅せられ、その味を求めて働くことを望んでいるという。


 そして、彼らの言い分は真実だった。彼らは本当によく働いてくれた。鍬で硬い土を耕し、水をまき、作物の収穫を行い。セスの仕事も、彼らが来てからかなり楽になった。彼らの屈強な体格と、真面目な働きぶりに、セスの両親も驚きを隠せないようだった。


 さらには、彼らは意外な能力を発揮した。それは、商人たちとの売買交渉だった。

 ある日、青豆の買い付けに来た馴染みの商人が、ブロディという名の奴隷と交渉している姿をセスは目撃した。ブロディは、いかにも悪党といった顔つきだが、その口からは驚くほど巧みな言葉が紡ぎ出されていた。


「いや、わかるんだよ! わかる。苦しいのはどこも一緒だって。……だけどな。俺とアンタの仲だ。わかるだろ? 俺ぁな、これからもずっと上手くやっていきたいんだよ。……だから、今回だけだ! 今回は安くする! 俺が主人に掛け合ってやるからよ! そこは心配するな。俺にまかせな! だからよ、ほんのちょっとでいいんだ。ほんのちょっと値上げを検討してくれりゃあよ。俺もアンタもハッピーでい続けることができる。な! 頼むよぉ」


 ブロディの言葉は、まるで芝居でも見ているかのように、商人の心を揺さぶっていく。巧みな話術と、まるで親友に語りかけるような親密さ。交渉の駆け引きに、セスの目は釘付けになった。


 結局、馴染みの商人は、「はっ、わかったわかった! 俺の負けだよ」と苦笑いを浮かべ、ブロディの提示した条件を飲むことになった。商人は、どこか清々したような顔で、青豆を荷馬車に積み込んで去っていった。

 商人が去っていった後、セスはブロディに近づき、純粋な眼差しで尋ねた。


「凄いですね」


 ブロディは、頬をかきながら少し恥ずかしそうな、それでいてちょっと得意そうな表情をした。彼の顔には、普段のゴロツキのような雰囲気は一切なく、まるで純粋な子供のようだった。


「ま、まあ。……人を騙す、仕事をしてきたもんで……」


 と、ブロディは教えてくれた。その言葉に、セスは驚きを隠せない。人を騙す仕事が、こんなにも役に立つなんて。


「僕にもそのコツを教えて下さい」


 セスは、キラキラとした目でブロディを見上げた。将来、自分も商人になるかもしれない。そんな漠然とした夢が、彼の胸に芽生え始めていた。

 ブロディは、セスの言葉に、慌てて手を振った。彼の顔には、冷や汗が滲んでいる。


「い、いけねぇ! 坊ちゃんは真っ当に生きて下せぇ。じゃなきゃ、親父さんやラルフさんに俺が殺されっちまう!」


 その言葉に、セスは首を傾げた。大人になるのも大変らしい。

 彼は、まだ知らなかった。この世界には、善悪では割り切れない、複雑な大人の事情が渦巻いていることを。そして、その複雑さの中に、時に人を救うような奇妙な力が潜んでいることを。

 セスは、ブロディの言葉の意味を理解できないまま、ただ、彼の顔に浮かんだ困惑と焦りの表情をじっと見つめていた。

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こんにちは。 >コツを教えてください 元詐欺師を講師に招いて、○○の時はこうだから詐欺師はこう提案して来ますよ~とか、○○の時はこう考えるように会話の最初からゴールに誘導する話をするんですよ~みたい…
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