105.ラルフの嫁①
忙しい日々を過ごすラルフにも、休日はある。
だいたい昼近くまで寝て、午後は暇を持て余す。
魔導車をぶっ飛ばして意味なくドライブするが、行く当てもなく、自然と競馬場へ向かってしまう。
馬券を買っては、勝ったり負けたり。今のところラルフの戦績はだいたい収支トントンだ。
そして、帰りには市場で干した魚やキノコ、青豆などを買って戻り、領主館の庭で七輪を取り出して、日も高いうちからそれらを炙りながら米酒を舐める。これぞ、至福の休日。
「旦那さま、悲しすぎます……」
いつの間にか背後に立っていたアンナが、なんだか居た堪れない目でラルフを見ていた。
「え? は? なにが? 何がダメなのさ?! えっ? 別に悲しいことある?! すっごい幸せだけど! 僕、今、すっごい幸せだったけど!」
ダメ人間っぷり満載な休日を過ごしていた自覚があるのか、はたまた、ボッチながらそれはそれとして充実した時間を過ごせてしまう怠惰の極みから目を背けているのか。ラルフは、無駄に焦り散らかした。
「いいかげん、結婚なさったらいかがですか? ずっとそう申しております」
アンナは、呆れたような顔で言った。
「いやー。まあ、はっはっはー。そうねぇ」
ラルフは、曖昧に笑いでごまかす。
ラルフ・ドーソン公爵、23歳。
この世界において未婚というのは、なかなかに不自然、というか、何か問題を抱えているのではないか? と他の貴族から噂されそうなものだ。
しかし、王族たちですら、ラルフの婚姻にはかなり慎重をきしている。
何故なら、ラルフの影響力が大きすぎるからだ。彼がもし、特定の有力貴族と縁組を結べば、その均衡が崩れることを恐れているのだろう。
そんな厄介な話は別として、
その夜。ラルフは、有無を言わさず居酒屋領主館の常連客たちの前に連行された。ラルフは折角の休日なのに! と心の中で叫んだ。
「では! ラルフさまの婚約者候補、簡易お見合い会を開催いたしまーす! 司会はこの私、商業ギルドの、ギルマス、バルドルでぇーす!」
バルドルの高らかな声に、居酒屋領主館の中は、
「いぇー!」
「ヒューヒュー!」
と大盛り上がり。またも居酒屋領主館の中はお祭り騒ぎだ。謎のイベントに駆り出されたラルフは、まさに見世物パンダとはこのことか? と思った。
彼は椅子に座らされ、向かいには順番に婚約者候補が現れるらしい。そういうシステムだとのこと。
「では! 一人目ぇ! 皆様お馴染みのぉ、居酒屋領主館の看板娘ぇ!」
なぜギルマスはこうもノリノリなのだ? とラルフは、思ったが、日々の激務の中での鬱憤を晴らしているのかもしれない。
そして、一人目の候補者がラルフの目の前に座る。
「ふん! あたしのカレーとあんたの大魔法が手を組めば、この王国の覇権をとれるのも夢じゃないわよ!」
目の前で腕を組み、なぜか偉そうにプレゼンするのは、毎日目にする金髪ドリルツインテールのチンチクリンメスガキ、エリカだった。彼女の瞳は、野望に燃えている。
「すんません、チェンジで」
ラルフは、迷うことなく言った。
「ちょっとあんた! どういうつもりよ!」
そう言って、エリカの金髪ドリルツインテールが、まさにドリルのようにラルフに襲いかかった。間一髪かわしたラルフが座っていた椅子は、粉々に破壊され、木片が飛び散った。居酒屋の中は、さらに盛り上がる。
「では! 次ぃ! 同じく看板娘二人組だぁー!」
バルドルの声と共に、ラルフの目の前には、ミンネとハルが並んでちょこんと座った。二人は、エリカとは対照的に、少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。その可愛らしい姿に、常連客たち、特に冒険者たちの目が血走る。
「小児性愛者がぁ!」
「犯罪よ! 犯罪!」
「このクソ領主ぅ! よくもオレのミンネたんをぉぉぉぉ!」
「死ね! 死ねばいいんだ! ハルちゃんを守れぇ!」
阿鼻叫喚、罵詈雑言。うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみ。ありとあらゆる負の感情が、ラルフに襲いかかった。まるで、悪霊が群れをなして押し寄せるようだ。
「あ、いや……。あのね、二人は、まだ子供だし。いつかは、ここから巣立っていくわけだしさ! いつまでも僕と一緒にいるわけじゃあ、ないじゃない?」
ラルフは、誤解を解こうと必死に説明した。彼にとって、子供たちはいつか自立し、自分の人生を歩む存在だという、当たり前の事実を伝えたつもりだった。
「えっ?」
「えっ?」
しかし、二人は、ふと目を見開き、ラルフの言葉を曲解した。
いつか、私たちは、"捨てられる"。ラルフさまと、ずっと一緒にいれたら幸せだと。そう思っていた。でも、違ったんだ。ラルフさまは私達を、いつか、必要としなくなる。
⋯⋯もしそうなったら、どうやって生きていけばいいのか。いや、もう。その時は、生きる意味は無いのかもしれない。ここに、この居酒屋領主館にいられないなら、その時は……!
二人の瞳から、ハラリと涙が零れ落ちた。その純粋な涙は、居酒屋の常連客たちの怒りを、頂点へと導いた。
「おい! クソ領主! ミンネたん泣かせやがったな! おい! テメェら! ぶっ殺すぞ!」
「クズ! 鬼畜! 女の敵! 死ね! この〇〇〇〇がぁ!」
「おーおーおー! 我らが領主さまは、わかってねぇよーだなぁ! オレたち冒険者が、どんだけ二人の天使に癒されてるかってことをなぁ!」
もはや、これは暴動ではないか?! とラルフは感じた。彼の周りでは、テーブルがひっくり返され、ビールジョッキが宙を舞い、今にも殴りかかってきそうな男たちが群がっていた。
「いや、いいから! いつまでもここにいていいから! とにかく! 自由に生きて欲しいって意味だから!」
ラルフは、必死に弁明する。しかし、その声は、怒号と歓声の渦にかき消されてしまう。
「さあ! お次は……、この人ぉ!」
バルドルの声が、奇妙なほどに響き渡る。
(まだ続くのかよぉ!)
ラルフは、天を仰いだ。彼の婚活は、まだまだ波乱含みで、終わりが見えないようだった。




