幸せではない
「ロラン、わしが呼び寄せる前に来たか」
ベルトランは公爵家の執務室で突然訪ねてきたロランに向かって、怒りを仄めかすような口調で言った。
ロランはその言葉に異変を感じた。明らかに怒りを堪えているように見える。
(一体何が起きた?)
ロランはベルトランに頭を下げ、声をかけようとした時、ベルトランが言った。
「お茶会にシャルロットを招待するそうだな。私に断りなく」
ロランはその言葉を聞き頭の中が真っ白になった。
(なぜお祖父様が知っている!?)
動揺で震え出す指先を握りしめた。
ベルトランは顔色が変わったロランを見て、堪えていた怒りを顕にし、険しい表情を浮かべ言った。
「このお茶会にロランのジゼルが来ると公爵夫人であるお前の母親に伝えたらな、それは困ると、ロランはシャルロットをエスコートするからジゼルが来たら迷惑だと訴えてきてな。万が一ジゼルが来ても公爵家の嫁だと認めない、ロランがジゼルをエスコートする事は絶対にないと!」
その言葉を聞きロランは息を呑んだ。ロランの知らぬ間に思いもよらぬ方向に話が進んでいる。
(一体何が起きているんだ?なぜ母上がそんな事を?)
ロランは想像だにしない現実に眩暈がし顔に手を当てる。ベルトランはそんなロランを見て眉間に皺を寄せ話を続けた。
「ジゼルはお前の妻でジュベールの人間だ。そもそも参加するのは当たり前、夫であるロランがエスコートするのも当たり前。なぜそう思えないのだ!?」
ロランはベルトランの言葉を聞き雷が落ちたような衝撃を受ける。一体なぜこんなことになってしまったのか。シャルロットを招待したことをなぜ母親が知っているのか。なぜロランに確認もせずベルトランに話したのか。
「お、お祖父様、違います、どうか話を、シャルロットが……」
ロランは声を詰まらせながらベルトランに話をしようとした。
しかしベルトランはロランの言葉を遮り烈火の如く言った。
「ロラン!あれだけ言ったのにお前は何もわかっていないじゃないか!!ジゼルはな、お前と結婚して幸せじゃないと言ったんだ!」
ロランはベルトランの言葉に絶句した。
(ジゼルが、私と結婚して……幸せじゃないと言った)
ベルトランの言葉が耳にこだまし、それが矢のように心に突き刺さる。鳩尾を殴られたような衝撃に息ができない。ジゼルの口から出た言葉を聞きロランは想像以上の衝撃を受けた。
確かに、ジゼルを幸せにしているかと聞かれたら、胸を張ってそうだと言えることは何一つない。けれど何一つない中でも今できることに向き合っているのも事実だ。浅はかな考えで愛の誓約を結んだことでジゼルに愛を語ることもできない。それならば、せめて行動だけでもこの感情を伝えられたらと思っても、シャルロットがいる限りロランの行動はジゼルを危険に晒す。
言葉も行動も制限される中でジゼルの『幸せではない』という言葉はロランの心に深く突き刺さった。
「ジゼルのエスコートはわしがする。お前はジゼルに一切関わるな。お前は主催者の私が招待していない姫をエスコートしたらいい。ただな、忘れるな。ジュベール公爵家の、ロランの妻はジゼルだと言うことを!それがわからぬお前とはもう話すことはない!」
ベルトランはそう言って部屋を出ていった。
ロランはベルトランの言葉を聞き立ち尽くした。ベルトランにシャルロットの悪事を話し、ジゼルを守る為に協力してもらおうと覚悟を決めてここに来た。だが、ロランの覚悟は木っ端微塵に砕け散り、ベルトランの信頼を失い、ジゼルの本心を知った。
(幸せじゃない)
初めて会ったあの日のことをどれほど後悔しても、過ぎ去った時間は巻き戻せない。これまでの、全ての行動を後悔してもジゼルを幸せにできない現実は変えることができない。
(苦しい、なぜ私はこんな選択をしてしまったのだろう?)
ロランは天井を見上げじわじわと首を絞められ息ができなくなるような苦しさに顔を顰めた。
コンコンコン、ドアをノックする音が聞こえた。
「ロラン、ちょっといいかしら?」
ロランのルィーズがやってきた。返事をする前にドアは開き、微笑みを浮かべロランの目の前に立った。ロランは黙って頭を下げる。
「ロラン、お祖父様のことは気にする必要はないわ。私たちはシャルロット様とあなたの味方よ」
その言葉を聞いたロランは目を見開いた。
「母上、なぜシャルロットが参加すると……ご存じなのですか!?」
(まさか、シャルロットが母上に手を回したのか?)
背筋に冷たいものが走る。
「この間シャルロット様がいらっしゃってね、ロランに誘われてお茶会に参加するとおっしゃったから、お祖父様にお話ししたのよ。お祖父様は招待していないとお怒りになったけれど、シャルロット様があなたに相応しいと誰もが思っているの。だから心配しないでいいのよ。皆あなた達の味方だから」
ロランはその言葉を聞き天井を仰いだ。
誰が悪いわけではない。シャルロットは相変わらず公爵家本邸に出入りし、それを歓迎する母親、二人の為にとロランに断りなくベルトランに話したことを今更責めることもできない。
全ての原因はロランにあるからだ。
そして全てが後手に回ってしまった。
「母上……。急ぎ用事がありますので、失礼します」
ロランは動揺する心を隠すように頭を下げ、部屋を出た。
(平常心では……いられない。ここから離れたい)
ロランは移動魔法を使いマグノリアの丘に行った。




