ソファーには行かせない
目の前にいるヤニックはロランの変化を感じ嬉しそうに微笑みかけてくる。
ロランにとってヤニックは幼い頃からそばにいる実の親よりも近い存在、そんなヤニックの笑顔はやはり嬉しい。だが、心配ばかりかけている現実にどうにも気まずくなりそれとなく視線を逸らす。
「ロラン様、ここに届く招待状などはジゼル様にお見せしない方が良いかと思います。ただ、ロラン様の奥様ですから、届くもの全てを確認する権限がございます。あからさまに私が入るのもどうかと……」
ヤニックは招待状の山を見つめながらロランに相談を始める。
ロランも招待状に視線を移す。妻としての権限。
ジゼルには全ての権限を与えてあげたいとは思うが、この件は慎重にならなければならない。
「今回の招待状は流石にお見せするわけには行きませんでしたので、抜き取ったものをお渡ししましたが、悩ましいところです」
ヤニックの相談内容はまさしくジゼルを煩わせることになりかねない。
ロランは顔をあげヤニックに聞く。
「ここに届く手紙などは今まで誰が受け取っていたんだ?」
「大抵、近くにいるメイドや使用人です。それをジゼル様に渡し、私がロラン様のものを受け取ります、時々その逆もありますが」
そこまで考えが及ばなかった現実に背筋が寒くなる。
今日はたまたま招待状の山にヤニックが気が付き対処できたが、今の状況ではジゼルに勘づかれる恐れがある。すぐに改善が必要なことだ。
「配達されるそれらを受け取る人間を決めた方がいいな。ジゼルに今の状況を知らせたくない。状況が変わったことで心配を増やしたくないんだ」
ロランはそう言って招待状を指で触れる。
こんなものを見られたら何が起こったのかとジゼルを混乱させる。
ヤニックはロランの言葉を聞き、待っていましたと言わんばかりに顔を上げ言った。
「僭越ながら、オーブリーが適任かと。オーブリーはジゼル様の素晴らしさをいち早く見抜き大切に思う人間です。常に外におりますから都合も良いですし、貴族からの誘いなどの招待状は抜き取り、問題ないものをジゼル様にお渡ししてはどうかと。ジゼル様にお見せしたくないものは私が回収いたします」
(オーブリー……ジゼルが信頼している庭師、か……)
ロランの中で複雑な気持ちが湧き起こる。だが、今は頼ることが賢明だと判断した。
「……わかった。それで良い」
「はい、早速そのようにいたします。あ、」
ヤニックは何かを思い出したように話し出す。
「ロラン様、エミリーがジゼル様のことで、」
「ジゼルがどうした!?」
(また出ていきたいと言ったかもしれない!!)
ロランは即座に反応する。一気に緊張感が体を覆う。
「!? ゴ、ゴホッ、あ、失礼しました。あの、ジゼル様は着替えは自分でなさるとおっしゃって、」
ヤニックはロランの勢いに驚き咳き込んだ。
その様子を見てロランは我に返り、髪をかき上げ一息つく。
「……そうか、ジゼルも慣れていないからな。わかった。それで良い。ところで、ジゼルはいつも質素な洋服ばかりだから商人を呼ぼうと思うが……」
「ロラン様、ジゼル様はおそらくそれは望まれないかと思います」
「!? 望まない……」
その言葉を聞いたロランは頭を抱え落ち込む。
ジゼルの為に何かをしてあげたいが、ジゼルが何を望んでいるのか全くわからないのだ。
ヤニックはにこやかな笑顔を見せながら、優しい口調で語りかける。
「ロラン様、ジゼル様はそんな物よりも心を大切にされる方です。愛しているという言葉で十分でございます」
その言葉を聞いたロランは口を結ぶ。
(それが言えるならば、どれほど良いか)
「……わかった。できる努力はしよう」
*
程なくし、夕食の準備ができたとメイドが呼びに来た。
ロランは執務室を出て食堂に入る。ジゼルは先に来ており共にテーブルに着いた。
目の前には作りたての温かい料理があった。
ジゼルはいつも冷たい料理をそのまま食べていた。
それを思い出し、ロランは罪悪感に奥歯を噛む。
気にしていた、だが、何もできなかった。思い出すだけで情けなく、後悔してもしきれない三ヶ月。
この屋敷の人間もジゼルによって変わった。みなロランと同じ思いを抱いている。
ジゼルに酷いことをしたと。
ロランは温かい食事を口にした時、心の底からホッとするような感覚が体を駆け巡った。
ジゼルを見るとうっすらと瞳を潤ませ食事を摂っている。
その姿にロランの目の奥も熱くなる。
どれほどジゼルを傷つけぞんざいに扱っていたのか思い知らされ、苦しくなる。
(だが、今はジゼルが喜びを噛み締められるよう、穏やかな気持ちで食事を摂ろう。何も話さなくとも居心地が良くなるように)
ロランは気持ちを切り替え穏やかなオーラを纏いジゼルとの時間を噛み締めた。
ロランは食事が終わると執務室に直行し、ジゼルのことを考えた。
ジゼルが何を望んでいるのか、ジゼルの望む全てを叶えたいと。
(聖女は孤独だと言った。大魔法使いの孤独とことなる孤独とはなんだろう?)
ロランは窓から夜空を見上げ考え出す。
ジゼルの孤独、ただ一人魔法が使えない。
そして、この世界の人間ではない……。だが、これについてはジゼルは知らないように感じる。
そうなると、ジゼルの出生に何か秘密があるかもしれない。
ロランがそう考えた時、ジゼルが家族に疎まれていたことを思い出した。
『ーー申し訳ないような表情を浮かべ、ジゼル・メルシエだと仰って……支度金は一族に取られたのか、ボロボロのカバンに古いドレスを纏いここまで歩いて来たようです』
初めてジゼルがここに現れた日のヤニックの言葉。
魔法の使えないジゼルを保護するどころか金づるのように扱っていたジゼルの家族。
ロランの心に怒りの炎が燃え始める。
(だからあの時、ジゼルは涙ぐんだ!)
病気になった時どうするんだと聞いた時、ジゼルは涙ぐんだ。
誰にも顧みてもらえなかったジゼルのあの涙は悲しみではなく喜び。
先程と同じ喜びの涙!
魔法が使えないジゼルは、この世界の何気ない瞬間でさえ孤独を感じ、些細な気づきに涙が出るほどの喜びを感じているのだ!
大魔法使いと魔力のない人間。生きる世界が違う、生きている環境も違う。
二人の距離は途轍もなく遠い。
ロランはこの現実に両手を握りしめる。
(私といることで、余計に孤独を感じさせているのかもしれない。だが、知って欲しい。この魔力はすべてジゼルを守るためにあるのだと……)
ロランはその途轍もない距離を埋めてゆく方法を考え始めた。
(この魔力をジゼルに使う方法はないのか? 魔法が使えないジゼルに......あ!!)
ロランは気がついた。
ジゼルはここまで歩いてきた。魔法が使えないジゼルは遠くに行くことはできない。
それなら移動魔法でどこかにつれて行ってあげたら喜ぶのではないか、と。
(ジゼルをどこかに連れて行きたい。違う世界を見せてあげたい。私がそばにいる限り危険はない。ジゼルをどこかに連れて行こう!)
*
その夜、寝室に入ったロランは再び衝撃を受けた。
ジゼルがソファーで寝ようとしたのだ。
ロランが寝室に入った時ジゼルはソファーで本を読んでいた。が、ロランに気がつくと立ち上がり一礼した。
ロランはそのまま、ジゼルが来るだろうとベッドに向かって歩き出すと、ジゼルは当たり前のような顔をし、ソファーに腰掛けた。
(!?)
ロランが目を見開きジゼルを見ると、ジゼルはソファーで眠るために近くにあったブランケットに手を伸ばしたのだ。
(!! そんなに嫌なのか!?)
ロランはあまりの腹立たしさにジゼルに近づく。
ジゼルは驚いたようにロランを見上げる。
一体何が起きたのかわからない表情を浮かべている。
その純粋なる表情にも腹が立つ。
まるでロランの存在を気にしていない様子なのだ。
一気に体の熱が上がり無言でジゼルの腕を引っ張りそのままベットに寝せる。
ジゼルは顔を赤くし、布団から顔の半分だけ出し、ロランを見る。
ロランは何も言わずジゼルを覗き込み、視線に言葉を込める。
『次ソファーで寝ようとするなら、そこで私も眠る』
その視線に何かを感じたのか、ジゼルはそれからベッドで眠るようになった。
ロランは毎日ジゼルが寝静まるまで眠らない。
ジゼルが深い眠りに入ったらジゼルを抱き寄せ眠る。
そして朝は早く起きジゼルから離れる。
ジゼルを緊張させないように、だが、少しずつその距離を埋めようと努力するロランの姿があった。




