*6* 一人と一匹、祖父の希望を聞く。
「ほう、新しい称号は【世界の捕食者】ですか。何やら強そうですねぇ」
椅子から少し身を乗り出してスマホの画面を見つめたサイラスが、そう感嘆の声を漏らす。その声はどこか楽しげだ。あのあと無事に異世界シチューが完成したので、やや狭い食卓を囲んで食事をしながら、いきなり生えてきた謎オプションの確認の真っ最中である。
ちなみにシチューの数値はこんな感じ。
【種類・栄養食型ポーション】
【名称・異世界シチュー(試作)】
【効果・一食で全能力値+8、滋養強壮、魔力回復+2、感知能力+5】
【持続時間・7時間】
【レア度・☆3】
【市場価値・未知数】
【味・コクがありながら滋味深く、老若男女を問わない味。微弱ながら魔力回復を期待出来る】
まだまだ改良の余地はあるといったところだが、異世界カレーよりは能力がややマイルドだ。具材の研究次第ってところかな。
「強そうっていうか、悪食の上位互換にしても言われようが酷いだろ。こっちだって別に好き好んでゲテモノに挑戦したいわけじゃないぞ。普通の食材で作った普通の食事がしたいんだよ」
もらえるものはもらっておこうの精神で〝イエス〟を選択したものの、なんというか微妙なのだ。解放条件は一定回数以上、この世界のよく分からないものを使って調理すること。スキル内容は〝生きとし生けるものなら何でも調理出来る&食べられる〟だ。それこそ調理する時に、毒物の解毒処理方法なんかも分かるらしい。
こんなスキルが存在するなんて、かつてこの世界で何があったていうんだ、とは思ったけど、確かライブラリーにタピオカを流行らせた転生者がいたから、特に何かが起こったわけではない……のか?
同国出身者か、四本脚で食べられないのは机だけって言う国の出身者かもしれないな。何より前世の国民性を考えたら、何でそれを食べようと思った? と突っ込まれてもおかしくはない。朝の情報番組で土のフルコースとか出てきた時は、正直耳を疑った。
続く調理工程の『オーブンで土を焼いて……』というシェフの発言と、土料理の値段を見て二度見。あれ? でもそれでいくと〝生きとし生けるもの〟を食べられるとしているこっちの世界の方が、前世の料理人よりまともなのか? 最近段々まともの定義が分からなくなってきた。
【でも せかいを しょくりょうと したら たべるに こまりません まりが うえない さいこうです】
「それはそうかもだけど、言い分がもう魔王なんだよなぁ」
小さな口とヒゲを忙しそうに動かしてシチューの野菜(?)を咀嚼しながら、せっせとそう打ち込む忠太の狂気じみた文面に、思わず苦笑しながらそう答えたけど、考えようによってはそうかもしれない。美味しいものが大好きな忠太を飢えさせないのは大きなメリットだ。
すっかり方向転換のコツを覚えた金太郎が、ころころと転がって食事中の忠太にちょっかいをかけている。しかしすぐに尻尾で弾かれて作業台から落ちそうになったので、手を伸ばしてキャッチした。
机の下ではココが下拵えで出た野菜(?)クズを食べている。ちなみに私と忠太は床に座って作業台を机代わりに食事中。机と椅子を貸してくれると言われたものの、祖父を立たせたままで食事なんか出来ない。
家主のサイラスは椅子にかけて、輪太郎はそのサイラスの膝の上に座っている。祖父と、急に遊びに来た孫と、一緒に住んでいる孫と、そのペット。居心地が馬鹿みたいに良い。
疑似家族ではあるのだけど、サイラスや輪太郎達には寿命らしい寿命がない。だからだろうか。自分が死ぬまでこの空間が変わらないのだろうという、身勝手な安心感がある。
「まぁまぁ、マリ。チュータの発言も一理ありますよ。ゼノンは自分の食費すらゴーレムの研究費に充てていたので、度々餓死しそうになっていましたから。尤も当時は食事の大切さを今ほど理解していなかったので、どうしてゼノンが日に日に弱っているのか不思議でしたけれど」
「おっとぉ……?」
かと思えばいきなりサラッと大変なことを言うサイラス。たまに顔を覗かせる人外感。でもそういえば別に守護精霊は食事をしなくても良いんだったっけ……と思い出しつつ、目の前でシチューに夢中になっているハツカネズミに視線を落とす。幸せそうだ。カレーと違ってシチューは白いから口周りの汚れが目立たないけど、時間が経ったらカピカピになるんだろうな――と。
「まぁその話はまた次の機会にな。それよりもサイラスの机と本棚の話だ。何か好みとか要望があったら教えてくれないか?」
「好み、好みですか……うーん……マリとチュータが作ってくれるものなら、僕は何でも嬉しいですよ」
「駄目駄目、欲がなさすぎる。作るからには全力で作るけど、何か一つくらいサイラスの要望がほしい。あ、勿論机と本棚だけじゃなくて、小屋の内装についてだって良いぞ」
一応引き渡しの際に床の苔や雨漏りの修繕はしたけど、日曜大工的な急拵えのものだ。本格的にやるとなると、工事現場のバイトで手伝ったモルタルなんかを使う必要がある。屋根に至ってはまだブルーシートで補修しただけだし。
「内装も……僕やリンタローは暑さや寒さを感じない身ですし、睡眠をとる必要もありません。ココもそれなりに強い魔物なので、このままでも充分快適ですよ?」
【かいてきの なんたるかを しらない はつげん いえは おしろ にんきさっか あばらや すんでる ふぁんが しったら かなしみます】
「そうだぞ。流石にこの小屋を潰して一から建築するとかは無理だけど、内装くらいならもう少し何とかやりようがある。この床だと椅子と机だってガタつくだろ。執筆しにくいんじゃないのか?」
鼻の頭についたルーを気にしながら、せっせとフリック入力する忠太の援護射撃を受けてそう言うと、サイラスは「ああ、確かにガタつきでインク壺が倒れて、何度か完成間際の原稿に大きな染みを作ってしまいましたが、それくらいですよ」とのほほんと言う。
いや、普通に考えて大事故だと思うんだけど。デジタルじゃなくて、アナログだぞ? デリートで該当箇所を消せば済む話じゃないのに、昔の人って不便の概念が現代人と違いすぎるな――……あ。
「じゃあさ、こうやって皆でくつろいだり、ネタに詰まった時にあれば良いな〜、みたいなのって何かある?」
欲のないサイラスみたいな善良すぎるタイプは、個人のことで考えさせるよりも、親しい誰かのことを想定させた方が良い。チラッと忠太を見やると、スマホに【てんさい】と打ち込まれる。そうだろ。
すると思った通り自身の希望を聞かれても微笑むばかりだった彼は、膝の上の輪太郎とココ、私達を順番にじっと見つめて真剣に考え込み出した。その間に忠太と私はシチューとナス田楽、デザート風のサツマイモを平らげるくらいの時間があったほどだ。そして――ついにサイラスが口を開いた。




