*3* 一人、一匹に怒られる。
あ〜〜〜〜……ヤバイ、攣る。
普段楽な姿勢ってことで胡座ばかりかいてるから、もう足が痺れてきた。しかし目の前で猛然とフリック入力をしている忠太を前にして、少しだけ足を崩して良いかなど、とてもじゃないけど聞けない。
あの後、忠太が元に戻ったことを喜んで抱き上げようと思ったら、すっとこちらの手を避けてスマホに向き直った忠太が、復活フリック第一弾として入力したのは【まり べっどに せいざ】の無慈悲な一文だった。
しかも直前のご機嫌を表すマークがあれ。身体も静電気を発するくらい膨らんでいるし、尻尾は鞭のようにずっと鋭い音を立ててベッドシーツを叩いている。明らかに激おこだ。
直立姿勢でフリック入力をする忠太の後ろにいる柘榴も、恐らく忠太の感情とシンクロしているのだろう。鼻の頭に皺を刻んでちょっと牙を剥いている。でもそんなことしなくてもキレてるのは分かってるから止めろ。二重に凹む。
ただキレている理由が分からないんだが、それを口にしたら絶対にもっと怒られそうな予感がする。それにしても長い。復活してからのフリック入力が長すぎる。今からどれだけ怒られるんだ。
というかもしかして脛の痺れがマシになって……いや違う。違うわ。麻痺してるだけだこれ。まずいまずいまずいもう忠太に許しを得て足崩さないともう限界エグい攣り方する――っ!
冷や汗をかきながらこっそり足を崩そうとしたその時、ふすーっとヒゲが全部前に靡くくらいの溜息が聞こえたので、足の状態に注意しつつ忠太を盗み見れば、ちょうど【まり もう せいざ やめて いいですよ】と入力された画面が、こちらに向けられたところだった。読んで速攻足を崩したら、一気に体重が失われた脹ら脛に血が通って。
「〜〜〜〜!!」
案の定かなり派手に攣った。痛すぎて声が出ない。悶絶して転げ回る私を見下ろす忠太は無表情に頷くと、人が痺れを紛らわせようと押さえている脹ら脛に飛び乗って、ピンク色の鼻先を押し付けて祈るように目を閉じる。待つこと三十秒ほどで、あれだけ強烈だった痛みがジワジワと引き始めた。どうやら回復魔法をかけてくれたっぽい。今にも爆発しそうだった足の痺れがゆっくりと解れていく。
そのことに安心してほっと息をついたら、再び横たわっている私の目の前にスマホが聳え立った。そこは許してくれないらしい。涙で潤んだ目を擦り、ついにお小言かと覚悟を決めたけど……思ってたより文字数が少ない?
もしかしてそんなに怒ってないのかと思ったら、URLがびっしり貼り付けられていた。嫌な予感がして指先でツーッと画面をなぞる。画面端にあるスクロールバーの小ささに、自分の見立てが甘かったことを悟る。
恐る恐る一番上にあったURLをタップしたら、一人暮らしの女性の防犯対策方法、助けを求める場合に連絡をすべき順番、気をつけるべき異性の反応、飲み会で尋ねられたら警戒すべきワード、味方につけるべきご近所さんと同性の同僚、防犯上見直すべき家の導線、ゴミ出しの注意点などなど。ありとあらゆる防犯についてのQ&Aが載っていた。
言いたいことを全部フリック入力していては、とても体力が足りないと判断したのであろう情報量に、忠太の激おこぶりが窺える。仕方なく上から順に読んでいこうかと腹をくくったら、急に忠太がスマホ画面をメッセージからメモ機能に切り換えた。
【わたし おこってます じぶんにも まりにも なぜか わかりますか】
そこには予め先に入力していたのだろう文面が、質問形式に並んでいる。この順番に合わせて答えろということだろう。それでずっとフリック入力してるみたいに見えたのか。選べる分岐は少ないながらも、きちんとチャート式になっている。
「えぇと……私が不甲斐ないからだよな。ごめん」
だからその質問内容に添うように答えたのに、忠太はゆっくりと頭を横に振って、いくつかある答えの中から【ちがう まり ふがいなくない ふがいない わたしです】という一文を指した。
そして次いで【わたしが じゃくたいか していた さんしゅうかんの きろくと ぽいんとの すいい みてました】という一文を指す。え、初耳。そんな機能があったのかこのスマホ。すると私の心を覗いたように【しすてむ ばーじょんあっぷ しんや ときどき あります】と指す忠太。
寝ている間にそんなことが――駄神め、私に説明しても無駄だからとか思ってるんだろうな。しかし悔しいかな否定は出来ない。仮に自分でその現場を見ていたら、全部ウイルス扱いでキャンセルしていそうだ。というか、する。
足の痺れが完全に消えたのでベッドの上に座り直し、忠太が見せてくれるプレゼン内容を読もうとしたら、忠太がまたチャートの分岐部分を下っていく。柘榴を膝に抱えて見守っていると、スクロールされていた画面が止まった。
【まりに だいじょうぶ まもる いいました わたしが まり まもる できてない かなしい ぽんこつ しゅごせいれい】
ザッと読んで「そんなことない」と反論したものの、忠太はこちらの言葉を聞く気はないらしく【ちなみに まりに おこってるのは むぼうびさ たいしてです】と指す。まずい。チャートがたたみかけてくる。避けきったと思っていたお小言のターンに入ってしまった。
【おーとろっくは なかにいるから あんぜん なのに まねいたら あぶない むいみ なります なんで てんと まねく】
「あ、いや、だってロビンは知り合いだし。それに悪いこと考えてたら、感情が読める柘榴が反応するだろ? 見たら普通っぽかったし大丈夫かな〜って」
【はんざい しりあいの はんこう おおい ききます】
「まぁそういうのは確かに聞くけど、あのロビンだぞ? 家具職人だし、今だって色々教えてくれて――」
【まほう つかえない まり まもれない やくたたず もくざいの やすりがけ わたしも できるします きんたろう つよい けど まりの しゅごせいれい ちがう】
だんだんとチャートの文脈が乱れて、地団駄を踏む忠太の毛が膨らんでいく。急に元の姿に戻って感情のコントロールがきかないのか、まるでベビ忠太みたいだ。
馬鹿みたいに意地らしい姿に庇護欲が掻き立てられて、その身体を抱えようとしたその時、スマホから爆音のファンファーレが鳴り響いて。荒ぶっていたハツカネズミを下敷きにしたのだった。




