*2* 一人、お説教される五秒前。
「マリのテントだったのか。雨が降ってきて焦ってたから走ってきたんだけど、一定の距離まで近付いたら急にそれ以上近付けなくなってびっくりした」
「あー、これ一応結界? みたいなのがかかってるらしいから、それだな。持ち主が招かないと入れないんだ」
「すっげ……滅茶苦茶高いんじゃないのか、これ。買ったの?」
「まさか。世話になってる商会からの支給品だよ」
「おー! 忙しくしてるって色んなところで聞いてたけど、良いパトロンが付いたんだ。良かったなぁ。いつも一緒にいたチュータは? 元気か?」
「元気元気。今は採取に行ってくれてるよ。ここはほら、結界があるから。私だけで留守番させても安心だって」
雨の森の中で再会したのは、マルカの町に引っ越してから何度か世話になり、採取場所を教えてもらったり、王都の学校に通っていた頃には、忠太(人形)の名前を借りたりもした相手――家具職人見習いのロビンだった。
ちなみにベビ忠太達はロビンを招き入れる前に、何となくベッドの下に隠れさせてある。理由は初期の頃に忠太がライバル視していた相手だからだ。
「それにしても……ロビンと話すのってかなり久しぶりだな」
「そりゃね。同じ町にいても住んでるところも離れてるし、そもそも家具職人が買ってくれた客に会うことってないよ。普通は修理の時くらいだ。購入するでもないのに度々客と会うってのは、職人の腕が悪いってことさ」
そう笑いながらこちらが手渡したタオルで赤毛を拭うロビンは、以前会った時より腕周りが逞しくなったように見える。町中で会っていないだけで、今も職人通りのお爺さんのところで修行中なんだろう。
実際にロビンに修復してもらった家具は、今もガタつきひとつない。久しぶりに会ったのも何かの縁だ。今度ロビンに新しい家具でも注文してみるのも良いかもしれない――と。
「はー、でも本当に助かったよ。もう少し天気が保つと思ってたから、雨具の準備をしてなくてさ。俺は濡れても良いけど、こいつが濡れると困るから」
粗方濡れた部分を拭き終わったらしいロビンは、そう言いながら水瓶に立てかけていた包みを解く。厳重に覆われた中から出てきたのは、不思議な形をした木材だった。
「ん、結構デカい木材だな。しかも形もあれだし。こんなの何に使うんだ?」
「椅子の肘掛けだよ。これに装飾を彫って仕上げる」
「肘掛けって……凄いうねってるけど。この木って元々こんな形なのか?」
「いや、元から割とうねってる木だけど、これは細工しといたからこうなってる。まだ枝が細いうちから銅線を使ってわざと曲げておくんだ。一回じゃなくて徐々にね。そうすると成長するに従ってこんな風になる」
まるで昔テレビで観た盆栽だ。緩く螺旋を描く木材は、海辺の流木を使ってるようなお洒落家具っぽい。何ていうのか……存在感が強い。
前世は剥き出し衣装ケースか、カラーボックスを使っていた身からすると、この木を使った家具のある生活が想像つかないため、無難に「そっか、手間がかかってるんだな」と言うに留めた。
「まぁね。爺ちゃんのお客はこだわりが強い人が多いんだ。修理するにも元の素材が良いって言われるから、こうやって時々採取しないと駄目でさ」
「ロビンはさ、その……ずっとお爺さんのお客に同じようにやってくれって言われるのは、嫌じゃないのか?」
「別にないかな〜? 時々は自分のデザインした家具を作ってるから。それに爺ちゃんと同じように作れなんてのは、絶対無理だって。俺なんかじゃ逆立ちしても全然技術が足りない」
両耳にピアスを開けてるチャラい見た目とは裏腹に、ちゃんとした職人の答えが返ってきた。それに元から仲の良い祖父と孫ではあるみたいだけど、師弟としての繋がりも強いのか。少し羨ましくもある。
「それより、マリこそこんなところで何してるんだ? この間エドさんの店の前通りかかったら、お客が焼き芋の入荷はいつだって詰め寄ってたぞ」
「あっ、そういえばもうそんな時期か」
「レティーちゃんも他の街の学校に進学していないしさ。一応店員は他にもいたけど、エドさん泣きそうになってたぞ。なるべく早く帰ってやれよ〜」
「んー、まぁ本格的な時期までには帰る。あと悪いんだけどさ、それまで私を見たのは秘密にしといてくれるか?」
「ははぁ、内緒で修行中ってわけね。分かった。雨宿りのお礼に黙ってるよ」
実際にはそんな御大層な話ではないが、職人らしい勘違いをしてくれているので、黙っている方が良さそうだ。ちらっと視線をベッドの方に向けたら、陰からこちらの様子を見ている金太郎も頷いているし。ただベビ忠太は……何か怒ってる、のか?
小さすぎて確信が持てないけど、若干膨らんでるように見える。柘榴が首根っこを咥えて足止めしてくれているみたいだ。というか、ロビンに悪意があれば柘榴が教えてくれるだろうし……ベビ忠太は何で怒ってるんだ?
金太郎がベビ忠太の打ち込んだスマホをこっちに向けてくれているが、これまた見えない。あとで美味しいものでも買って謝ろう。
「で、マリは何を作ってるんだ? 見たところ俺のと同じ木っぽいけど」
「一応髪飾り……って、そうだ。本職に見てもらえる機会は貴重だしさ、何か気になるところとかあったら指摘してくれないか?」
「本職って言ったって俺は家具職人だし、宝飾品は畑違いだろ〜」
「分かってるけど削るのとかさ。もっと滑らかに出来る方法とか知りたい」
「そういうことならお兄さんに任せとけ。使ってるヤスリと道具貸してみ」
確かに少し年上だろうけど、そこまで離れていなさそうなくせにそう大口を叩くロビンに苦笑しつつ、ヤスリと道具類を並べた作業台を提供すると、次の瞬間にはふっと職人の顔になった。
そんなロビンの手許を覗き込んでいると、もうこれ以上磨いても滑らかにならないと思っていた枝が、みるみるうちに艶を増していく。無駄に木屑が出ていないのに、ぼんやりとしていた木目もくっきりと浮かび上がる。
途中で道具の使い分けについて質問をしたり、ロビンに頼んで手を添えて削り方を教えてもらったりしているうちに、テントを叩く雨音も気にならなくなった。そうして作業に没頭することしばらく。
「よーし。まだまだ甘いところもあるけど、これくらい出来るようになったらもう良いんじゃない?」
耳許でロビンの声がしたので視線を上げると、やっと周囲の音が戻ってきた。一瞬ぼんやりとしていたら、ロビンが「ハハッ、分かる分かる。作業に没頭してて急に戻ってくると、ぼーっとなっちゃうよな」と笑う。
「さてと、雨も止んだからそろそろ帰るわ」
「え、今からか? ベッドなら十人分あるから泊まって行けば?」
「あのなぁマリ……考えなしにそういうこと言ってると、チュータに怒られるぞ。あとあんまり根を詰めすぎるなよ。根を詰めたって良いものが出来るわけじゃないんだから」
「は? いや、本気で今から帰るのか? 暗くなったら魔物が――」
〝出てくるんじゃないのか〟と続けようとしたその時、ベッドの下から金太郎がシュバッてきた。そしてロビンの荷物である木材を持ち上げると、空いている方の手で〝ついて来い〟と合図する。
「驚かせて悪い。それうちのゴーレムだ。森の出口まで送ってくって」
「へぇ〜、こんな小さいのにゴーレムなのか。それじゃあ好意に甘えて送ってもらうよ。ありがとな〜」
「こっちの台詞だよ。気をつけて帰ってくれ。頼むな金太郎」
そんなわけで金太郎に先導されて帰っていくロビンを見送った。
一体と一人の姿が完全に見えなくなったのを確認し、ベビ忠太と柘榴が隠れているベッドの下を覗き込むと、目の前に割れたハートマークと、雷のマークが五個どころじゃなくびっしり並んだ画面が飛び込んでくる。
慌てて肝心の本体はと視線を彷徨わせれば、そこには怒りでまん丸に膨らんだベビ――ではなく、元の大きさになった忠太が仁王立ちしていたのだった。




