*18* 一人、お爺ちゃんに愚痴る。
お貴族バージョン・エリックの無茶振りに応じてくれた、哀れな人見知りなエリュシオン工房の職人達と、国境付近の街にあった宿屋前で別れ、彼等が去るのを確認してから人気のない路地裏に入って、スマホでピンを刺したネクトルの森へと飛んだ。
瞬き一つ。目蓋を開けるとそこはもうネクトルの森の小屋の前。こういう時だけは駄神の能力も非常に便利だ。虫籠の中の忠太は空気が変わったことに気付いたのか、後ろ足で立ち上がって鼻をひくつかせていたが、直後にバランスを崩して後ろに転げる。足が小さくなったからな……しょうがない!
首に巻き付く柘榴に「勝手にどこかいかないで、じっとしてろよ」と釘を刺せば、湿った鼻を頬に押し付けられた。時間が時間なため畑には誰も居ないけど、小屋の窓から明かりが漏れている。サイラスが小説を書いているのだろう。ノックするためにドアに近付いたものの――ノックするよりも先に、勝手にドアが開いた。
開けてくれたのは輪太郎だったようだ。隣には少し大きくなったココもいる。背伸びしてしがみついてくる輪太郎の頭を撫で、靴紐を攻撃してくるココを爪先で転がす。
「ああ、輪太郎とココが騒がしいと思ったら、君達だったんですね。お帰りなさい。想像していたよりも帰りが早かったね。もっとゆっくり……と。チュータは少し見ない間に、随分と可愛らしくなったのだね?」
うちのお爺ちゃ――サイラスはそう言いながら私達を見て笑った。その声を聞いたら身体から急に力が抜ける。自分で思っていたよりも気が張っていたみたいだ。
マルカの工房でなく先にこちらに来たのは、自分の立場を全部知っていて会話が出来る先輩を頼りたかったからだけど、こちらの顔を見て安心させるように両手を広げるサイラスの胸に、弱い頭突きをかますふりで頭を預けた。
「ただいまサイラス、輪太郎、ココ。畑の方ずっと任せっぱなしごめんな。でもまぁ……ご覧の通りっつーか、これが理由で帰宅を早めたんだよ」
「成程。それでそちらのご新規さんはどうしたのかな?」
「こいつは柘榴。積もる話がかなりあるんだ。サイラスの知恵を借りたい」
「分かりました。でも取り敢えずは中へ。読者の方から贈ってもらったお茶をご用意しましょう。次の新刊の後書きにまとめてお礼を載せるので――、」
「味の感想をお願いします、だろ? 分かってるよ」
「ええ、そうでしょうとも。さぁ入って」
優しく背中を擦られ部屋の中に通されたあとは、サイラスがお湯を沸かすのを椅子に座って眺めていた。そう広くない書物机の上には、書きかけの小説が広げられている。次回はとても知っている感じのキャラクター達が織りなすBLものらしい。まさかとは思うけどあの二人に売り子頼むんだろうか……?
そんな恐ろしい想像を振り切り、首に巻き付いていた柘榴に離れるように合図し、輪太郎とココに面倒を見てくれるように頼めば、サイラス・忠太・金太郎を除けば一番年長になる輪太郎は、張り切って猫みたいに伸びた柘榴を抱き抱え、ココと一緒に部屋の隅にある遊び場に連れていく。
微笑ましい気持ちで見守りつつ、小説の書かれた紙を頁順に束ねて机の端にまとめ、空いたスペースに忠太の入った虫籠を置く。コツンとプラスチックの外壁を叩くと忠太が寄ってきて、小さな舌で指の当たっているところを舐めてくれる。ぐう可愛い。動悸が止まらないんだが。
「ふふ、こんなに小さくなっても、チュータはマリが大好きなんですね」
そんな言葉と共に目の前に置かれた湯気の立つカップからは、ハチミツと薄っすら桃みたいな香りが漂う。向かいの椅子に腰かけたサイラスに「どうかな」と答えると、彼は「そうに決まっています。でなければ守護精霊は大気に溶けて消えてしまいますから」と笑った。
その視線に促されてポツポツと今回起こった出来事の顚末について語ると、サイラスは黙って聞いてくれた。ただこれ以上のペナルティーが怖いので、聖女の夢を見たことや、オニキスとの契約を彼女が破ったのかもしれないことはぼかしてだけど……想像力が逞しい分、気付いてそうだよなぁ。
最後まで話し終えてスマホに届いたメッセージを見せると、彼は「ふむ」と呟いて考え込む素振りを見せた。目蓋のないサイラスの青い瞳も、一流の職人が丹精込めたその顔も、息を呑む神秘的な美しさがある。正直うちの駄神よりも神様らしい。
サイラスが考え込む間にカップのお茶に口をつけると、語彙の少ない私では表現出来ないくらい美味しいとしか感想が浮かばない。さては前に送られてきてたやつより高級だなこれ? 凄い読者がついてるな。
何にしても小説の読者にはとてもじゃないけど言えない感想だ。サイラスの文章表現力が疑われてしまう。別の苦悩が新たに出てきたことで唸っていると、思考が終わったらしいサイラスがこちらを見つめ「まず結論から言いますね。難しいとは思いますが、笑ってくださいマリ」と言った。
「笑っ……え、この状況でか?」
「こんな状況だからですよマリ。とはいえいきなりだと難しいですよね」
「お、おう」
「ですから、少しだけ僕なりの仮説を立ててみたので聞いてほしいのですが、そうですね……以前僕がこの身体を得る際に見せてくれた数値、あれをもう一度見せてもらえますか?」
サイラスからの急な提案に戸惑いつつ、スマホの守護ポイントを確認する画面を出してみる。そしてその表示された数字を二度見した。
「ん……? 何だこれ、オニキスのところで見た時より減ってる!! あれだけ一回でがっつり引いただろ、二重課税かよ!?」
オニキスのところでペナルティーを取られた時に確認した時より、明らかに表示される数字が減っている。それも℘₪℘₣■■₪₪₰℘、₫√₱▼▲▲₪₣℘◆、₪₪₱▼₫₣₪■℘℘が満遍なくだ。通帳でこの数字の減り方をしていたら特殊詐欺案件。
突然私が吠えたものだから、積み木で遊んでいた輪太郎達が驚いてこっちを振り向く。そんな輪太郎達にサイラスが落ち着いた声で「大丈夫ですよ。心配しないで遊んでいてください」と告げる。ハッとして虫籠のベビ忠太を見たら、丸まってしまっていた。
慌てて虫籠の蓋を開けて膨らんだ毛玉を撫でると、顔を上げて指先をてち、と一回舐めてくれる。それだけで頭に上っていた血が下がった。
「さてと、やはり思った通りでしたね」
「う……察しが悪くてごめんなんだけど、思った通りっていうのは?」
「先に答えを聞いても興奮して暴れないと約束してくれますか?」
「え、あぁ、うん。します。約束」
「よろしい。それでは結論から先に言います。他の担当上級精霊の横槍です。マリとチュータはここまでものすごく順調に事を進めていますから、恐らく余程の失敗をしない限り長生きして、かなりいい成績を残してこの転生人生を終えるでしょう。ですから、言いがかりをつけて邪魔をした」
「――は?」
「まぁそうなりますよね。ですがあれらはそういう者なのですよ。どの担当者もあまり変わりないと思います」
「なっ、そんなの知るっ――」
「マリ?」
「ぐぅぅっ……だったら、この更に引かれてる数値は何でだと思う?」
「そこは僕も精神破綻者ではないので迷ったのですが、これまでの貴女の担当者の癖を鑑みるに、たぶん刺激を求めてだと思います」
さらっとそんな恐ろしい仮説を立てないでほしいが、あの駄神とその同僚なら有り得そうだ。最近配信に夢中でこっちへのアピール《嫌がらせ》が緩んだと安心してたけど、もしかして新しく余計なことを思いついたのかもしれない。
「ですので貴女はチュータが元の姿に戻るまで、一人でも℘₪℘₣■■₪₪₰℘と、₫√₱▼▲▲₪₣℘◆を伸ばして下さい。担当している上級精霊に飽きられたら即終了ですからね。あの新しい子も上手く使っていきましょう。勿論ここにいる僕達も最大限助力しますよ」
そう言って胸を叩いて笑ってくれるたサイラスを拝みそうになっていたら、スマホが鳴って。画面に【四畳半の錬金術師☆ナイトメア・次回は視聴者お待ちかね企画☆まるで本当の異世界!? 動画配信予定】というふざけた文面がポップな色でデカデカと映し出される。
最後に〝PS.配信の日時と時刻はこちらで指示します。撮れ高期待してますね〟と添えられたその画面を覗き込んだサイラスが、無言ではあるが〝ほらね?〟とばかりに肩を竦めた。
――今、オリハルコン並の強度を持つスマホが憎い。




