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32 ロケットスタート

「なに?話って。」


球団社長である本山奏子が練習視察に訪れる日を狙って、楓はホワイトラン監督を含めた3人での面談を申し込んでいた。


球団事務所の会議室で、奏子はいぶかしげな顔を浮かべる。

まさか自分は楓に隠し事などしているわけがないといった態度だ。


「なにじゃないですよ。私の起用についてです。」

「不満なの?」

「そうじゃないです。開幕まで二軍だったどころか、オープン戦でも1試合も登板してないのに、いきなりの実戦で開幕戦にセットアッパーって……。」


楓は自分の心中にある困惑をそのまま言葉にした。


「それについては、私から答えよう。」


口を開いたのはホワイトラン監督だ。


「まず、説明が不足していたことは謝罪する。すまない。これは私の指示だ。」


アメリカ人らしい一見冷酷にも見える謝罪の仕方を何とも日本人らしいイントネーションでやってみせた。


「君のボールを、他球団になるべく見せないでおく必要があった。セットアッパーとして起用するためだ。」

「でも私には伝えてくれても……。」

「どこから情報が漏れるかわからない。このことを知っていたのは、私をはじめ首脳陣と、奏子さんだけだ。『敵をだますなら味方から』という言葉が日本にもあるだろう?」

「さすがに、釈然としません。」

「君のストレート、最高速はいくつだった?」


入社試験にかこつけてホワイトラン監督に初めて会ったときに聞かれた質問だ。


「129です。」

「そう。はっきり言って遅い。」


楓は憮然とした表情で黙り込む。


「だが、特筆すべきは君の制球力と変化球、特にシンカーだ。他のチームに対策をさせるわけにはいかない。」

「それって」

「そう、秘密兵器っていうのは、いつだって誰にも言わずに開発するものだろう? お察しの通り、私は君を指名した日から、開幕戦でセットアッパー起用を想定していた。」


すべて仕組まれていた。

自主トレのメンバー構成も、二軍キャンプの編成も、ホワイトラン監督の掌で転がされていただけなのかもしれない。

そんな疑心暗鬼が首をもたげる。


「まあ、同点の場面で起用することになるとは思わなったけどね。」


ホワイトラン監督は、両手の手のひらを天井に向けて、やけにアメリカン人らしいポーズでおどけてみせた。

完全にネイティブのトーンで日本語を話しながらそれをやるのだから、さすがに滑稽に見える。

楓はくすっと笑うと、


「わーかーりーまーしーた! プロ野球選手になった以上、ちゃんとカードを切る監督の指示に従えってことですよね。やりますよ、セットアッパー。」


口調の乱暴さとは裏腹な笑顔で答える。


「でも……」


まだ一つ気がかりなことがあった。


「希のことは、どうなるんですか? このまま二軍?」

「まさか」


すかさず奏子が今度は口をはさむ。


「私たちとしても、彼女の二軍行きは痛いのよ。華があった江川さんが二軍に行って、残ったのはあなただけなんだから。」

「それって、どういう意味ですか。」


今日は口をとがらせる数が多い。


「言葉の通りよ。あなたに刺激されて、江川さんまで二軍で修行して本物のプロ野球選手になりたいとか言い出した。私は経営者として、選手のキャリアを尊重した。」


そして奏子は意味深に人差し指を立てるゼスチャーをすると、


「だから、これまでのイメージ通りの女子選手は、このチームには1人もいない。広報役を買ってくれるアイドルがいなくて、大ピンチってわけ。」


と告げる。


ホワイトラン監督や楓の仕事は、チームを勝たせることだ。

だが、奏子の両肩には経営とチームの成績がのしかかっている。


「経営者としては痛いけどね。正直、私自身も見てみたいのよ。あなたの活躍も、江川さんの活躍もね。

 だから、新しくまたアイドル枠を獲得しなきゃいけないかも。支配下選手枠が華やかになるわね。」

「そうなんだ……社長、ありがとうございます。」

「奏子でいいわよ。みんなそう呼ぶから。」

「じゃあ……奏子さん、ありがとうございます。」


奏子は本気でこのチームを日本一にするだけでなく、女子選手を戦力化しようとしている。

それがビジネスの世界でも戦ってきた女性としての矜持なのか、単なる利益を追求した結果のかはわからない。

だが、開幕戦でいきなりセットアッパーとして起用された理由が自分の実力に対する評価、それもプロ入り前からのものだと知って、楓は素直にそれが嬉しかった。


◆◇◆◇◆


それからも、ホワイトラン監督は楓をセットアッパーで起用し続けた。


他にもタイタンズからの人的保障で獲得した神田が中継ぎとして結果を出したこと、新外国人のボルトンが意外にも長打を連発して4月だけで4本塁打を放ったこと、新4番の田村が3試合に1本のペースで本塁打を量産し続けたことなども相まって、ドルフィンズは4月が終わった時点で3位につけていた。

2年前、ホワイトラン監督が就任する直前の年はこの時点で自力優勝が消滅していたドルフィンズにとって、それは快挙ともいうべき大躍進だった。


◆オーシャンリーグ順位表(カッコ内は貯金数と1位とのゲーム差)

広島カブス(貯金6)

東京タイタンズ(貯金4・差1)

湘南ドルフィンズ(貯金1・差2.5)

大阪ロイヤルズ(借金1・差3.5)

中京ドジャース(借金5・差5.5)

東京城南フェニックス(借金5・差5.5)


楓はというと、25試合中13勝を挙げたドルフィンズの中で、実に6試合に投げていた。


彗星のごとく現れた女子選手の思わぬ活躍にメディアは沸いた。スポーツ雑誌では特集記事が組まれ、テレビのスポーツニュースでは毎回結果のみ表示されていたドルフィンズの試合が、楓が投げると動画とナレーション付きで放送された。


4月30日月曜日、この日も首位広島カブスに勝利したドルフィンズのニュースは、しっかりと映像付きで放送されていた。

楓が横浜市内にある実家で、寝る前のひと時をテレビを見ながら過ごしていると、今日もテレビがドルフィンズの試合結果がとうとうと報じられる。


「湘南スタジアムで行われた湘南vs広島の3回戦。今シーズン最初のこのカードは、ここまで星を分け合って1勝1敗。

両先発が4回までにマウンドを降りる波乱の展開になり、両チーム合わせて5本のホームランが入り乱れる乱打戦になります。

9対9の同点で迎えた8回表、同点にもかかわらずホワイトラン監督は、2連投中の新セットアッパーの女子選手・立花楓、23歳をマウンドへ送ります。」


画面に映し出される自分の姿と名前の他に、(23)という表示がされたのに楓は違和感を覚えながらも、画面を見続ける。


「立花は先頭の4番江村、6番ロギンスにそれぞれヒットを許し、1アウト2・3塁のピンチを招きます。しかし、伝家の宝刀シンカーで続く左の7番町村を三振に取ると、こちらも左の8番北山をスライダーでレフトフライに打ち取って、8回を抑えます。

 続く9回表、ドルフィンズは2アウト満塁のチャンスを作り、5番フェルナンデスが値千金の勝ち越しレフト前タイムリー。最後は山内がぴしゃりと占めて、7年ぶりの4月3位をキープしました。」


こうして自分の名前や容姿が連日テレビで流れてくるのには、まだ慣れない。


「立花は6ホールド目を記録し、成績は1勝0敗6ホールド。試合後のドルフィンズ、ホワイトラン監督のインタビューです。」


そうアナウンサーが言うと、画面はホワイトラン監督のアップに切り替わる。

相変わらず白々しく話す英語に即して、下に日本語の字幕がつく。


『タフなゲームだった。決勝点もそうだが、リリーフのバワード、立花、そして山内がよく頑張ってくれた。この調子で明日も勝ちたいね。』


そして、カメラに向かって片言の日本語で、「アリガトゴザイマス」とVサイン。


普段のホワイトラン監督を知っている人間が初めて見れば爆笑モノのワンシーンだが、入団から4か月が経つ楓にも見慣れた光景だった。


7年ぶりの3位という好成績で、このチームなりのロケットスタートを遂げたドルフィンズ。

ゴールデンウィーク真っただ中の9連戦で、楓は3連投中だ。

いつまでセットアッパーとしての活躍ができるか一抹の不安はあるが、それでもこれからいろんな打者と対戦できることの楽しみの方が大きいのだった。


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