31 ヒロイン・インタビュー
「放送席! 放送席!」
インタビュアーが数十年慣れ親しまれた呼びかけで、ヒーロー・インタビューを始める。
実はこの試合を主宰するタイタンズに対して、この日はインタビューを担当する女子選手が不在ということをあらかじめドルフィンズ球団関係者が伝えていた。そのため、インタビューは滞りなく中継テレビ局のアナウンサーによって開始された。
「本日のヒーロー・インタビューは2人。決勝の勝ち越しホームランを放ったドルフィンズ田村選手と、女子選手初のお立ち台、立花選手です!」
レフトスタンドの一角から大歓声が上がる。
ドルフィンズファンも、久方ぶりの開幕戦勝利に酔いしれていた。
歓声の鳴りやまぬ中、インタビューが始まる。
「まずは、決勝ホームランの田村選手。ライトスタンド上段へ見事な決勝ホームランでした。」
「せっかく同点に追いついたので、いいところで1本出てよかったです。」
相変わらず自己主張をしないタイプの田村らしく、淡々とインタビューに答えていく。朴訥な見た目通り、あまり人前で話すのは得意なタイプではない。
187センチの大柄な慎重に、がっしりとした肩幅の広い体格。それとは対照的な穏やかな顔つきに、短く刈り上げた髪型。まさに昔ながらの野球選手といういでたちの田村は、もうすぐ24歳になろうという年齢よりはいささか老けて見える。打撃の派手さとは対照的に、ルックスはあまりテレビ映えするタイプの選手ではない。
「同点の8回表、2アウトランナーなしでの場面でしたが、やはり狙ってましたか?」
「まあ、2アウトでしたので、とにかく大きいのを打つべき場面ではありましたね。」
「初球のインコースに入ってくる低めのスライダーを振りぬきました。狙ってましたか?」
「いえ、とにかく来た球を打ちに行くという意識ですね。まあ……たまたまです。」
見た目通り、田村はあまりヒーロー・インタビューも得意なタイプではない。3往復目の会話で、早くも会話に詰まってしまう。
しかし、その派手な打撃から、昨シーズンはチーム最多のお立ち台回数を誇るという皮肉な結果になっている。この調子なら、今シーズンもおそらくその流れは続くだろう。
「インコースのスライダーにしっかりと反応されてましたが、頭の中にスライダーはあったんですか?」
「いえ、それもまあ……たまたまです。」
「今日は3打席凡退のあと、見事に4打席目で結果を出しました。」
「まあ……たまたま……ですね。」
あまりに不器用な回答に、レフトスタンドからもドルフィンズベンチからもどっと笑いが起きた。
田村のヒーロー・インタビューはいつもこの感じだ。
「しかしこの同点の緊迫した8回表2アウトで打席が回ってくるあたり、やはり新4番田村選手、持ってますね!」
ここで田村が何やら騒がしいドルフィンズベンチに目をやると、チームメイトの金村や谷口が「たまたま! たまたま!」と口を動かすのが見えた。こうしてベンチにいじられながらインタビューに答えるのも、田村にとっては恒例だった。
「まあ……たまたまです。」
今度は先ほどよりも大きな笑いがレフトスタンドだけでなく、球場全体を包んだ。
敗戦したタイタンズのファンからも笑いが起きる。
こういう憎めない性格が、田村がファンを増やしてきたゆえんでもある。
「なかなか謙虚ですね。では明日に向けての意気込みを一言!」
「まだ開幕戦に勝っただけの話です。ですが、たかが1勝、されど1勝だと思っています。明日もこの調子でチームに貢献できればと思っていますので、応援よろしくお願いします。」
田村が地声の低い声のまま淡々と答えたのとは対照的に、レフトスタンドの一角が大いに沸き、たくさんの大旗が振られた。
「そして……」
インタビュアーが楓の方に向き直ると、記者たちのカメラも一斉に楓の方を向く。
「女子選手初の開幕戦登板、そして女子選手初の開幕戦でホールドポイントをつけました! 立花楓選手!」
女子選手をこれまで下の名前で登録する慣行の名残か、フルネームで呼びかけてインタビューを始めた。
「もちろん開幕戦でのヒーロー……いや、この場合ヒロイン・インタビューも初ですね。まずは今の気持ちを一言。」
「とにかく、マウンドに上がったときは必死で……。目の前のバッターのことしか頭にありませんでした。」
「ということは、事前に立花選手も8回にいくというのは、伝えられてなかったと?」
「そうですね。」
「しかし実際にマウンドに上がれば、3人で打ち取って見事に8回を抑えましたね。」
「まあそれは……たまたまです。」
田村につられてついこの言葉が出てしまった。
その瞬間、スタジアムとベンチは大爆笑に包まれる。
隣の田村は「こいつ……」といった様子で苦笑している。
楓は自分の顔が熱くなるのがわかった。
「初球に投げたシンカー。あれは大学時代から磨いてきた決め球ですよね?」
「はい。あのボールは、私がずっと磨いてきた相棒のようなものです。一番自信のあるボールで私の緊張ほぐそうと、谷口さんがサインを出してくれたんだと思います。」
「ドルフィンズの新たな女子セットアッパーの登場に、ファンは期待していると思いますが、それについてはどう思いますか?」
「まだまだ私は、プロに入ったばかりで、右も左もわかりません。与えられた場所で、与えられた役割をこなすのが精いっぱいだと思ってます。」
「しかし、ファンは期待するでしょう。では、ファンの皆様に改めて自己紹介を一言。」
インタビュアーはうまく話をまとめて、締めにかかる。
こういうのにもプロがいるんだな、希はこれをやっていたのか……内心で感心しながら楓は答える。
「ドルフィンズに入団しました、立花楓です。まずは、このチームと、指名してくれた監督、これまで私と野球にかかわってくれたすべての人に感謝をしながら、一生懸命プレーするつもりです。どうか、応援よろしくお願いします。」
ドルフィンズに舞い降りたヒロインの誕生に、さらに沸き立つレフトスタンド。
マスコミも女子選手の思わぬ活躍に、いつもよりも多くシャッターを切った。
そして、楓は翌日3紙でスポーツ新聞の一面を飾った。
なお、そのうちの1紙は東洋スポーツで、楓の写真の横にでかでかと添えられた見出しは、「タマタマです」だった。しかもわざわざ赤面しているときの表情を切り取って。
楓にとって忘れられない、初登板、そしてマスコミデビューだった。
◆試合結果(東京-湘南 1回戦)
湘南 010 003 010=5
東京 101 110 000=4
勝利投手 神田 1勝0敗
セーブ 山内 0勝0敗1S
敗戦投手 細田 0勝1敗
本塁打 東京:高群1号
湘南:金村1号・2号、田村1号




