24 キャンプイン
2月。
全国のプロ野球ファンが新しいシーズンへの期待を高め、徐々にプロ野球熱が高まる時期だ。
楓の加入した湘南ドルフィンズも、例年通り沖縄でキャンプインを迎えた。
楓が沖縄を訪れるのは、高校3年生の時に訪れた修学旅行以来だ。
正直なところ、久々のリゾート地に浮かれる気持ちもあったが、これから待ち受けるのは地獄の春季キャンプ。プロの選手が各球団で何人もケガなどで離脱することもある過酷な日々だ。
浮かれる気持ちを抑えるため、一人で空港に向かった楓は、東京国際空港でチームメンバーと合流する。
空港内で持ち前の方向音痴を発揮して迷ってしまったため、到着は集合時間ぎりぎりだった。
「立花さん!こっちです!」
向こうで手を振って迎えてくれたのは、同期入団5位指名の高橋だ。
自主トレを経て、新人同士の親睦はかなり深まった。
気が付くと、沖縄出身のため現地で合流するグスマン以外のメンバーが固まって待機する形になった。
「立花は、沖縄は初めて?」
旧知の仲のような口調で話しかけてきたのは、1位指名の戸高だった。
自主トレのときはぶつかりもしたが、そのおかげもあり、楓は戸高ともある程度打ち解けることが出来た。この地球上に、戸高という堅物モンスターが苗字呼び捨てで呼ぶ女性は果たして何人いるのだろうか。
少なくとも戸高にとって、今や楓は最も身近な女性の一人であることは確かだろう。その意味はともかくとして。
「鈴木さんも、お久しぶりです。なんか元気ないですね。調子悪いですか?」
「いやー、さすがに家族と2か月離れるのはさみしくてね。子供に泣かれちまったよ。」
楓は2位指名の投手、鈴木にも声をかける。
野球人の世界では、先輩/後輩よりも、年上/年下の要素が強い。
同期であっても年上であれば敬語を使うし、先輩であっても年下ならタメ口で話しかける慣行がある。小さなころから野球をしている者がほとんどのため、野球人としての先輩か更改かという意識が強いためだろう。
鈴木は去年結婚し、プロ指名を受けた直後に子供が生まれている。
鈴木が欲しがっていた男の子だ。
「父の仕事がプロ野球選手だとわかるくらいの年齢までは、絶対に野球を続けたいんだよね。だから、これから頑張らないと。」
それぞれまったく異なる環境から集まった選手が、まったく異なる野球人生を送るプロ野球。
だが、彼らが目指すものは同じ。「日本一」である。
史上最弱球団と呼ばれたドルフィンズにとっても、それは例外ではなかった。
球団職員と監督・首脳陣が最後に集合場所に訪れ、定刻通り楓たちを乗せた飛行機は那覇空港へと旅立った。
その日はホテルまでの移動と、決起集会と称した食事会のみが予定されていた。
しかし、酒を口にする選手は誰一人いなかった。
弱小を極めていたころは、ドルフィンズのキャンプはお遊び気分で毎日夜の街に繰り出していたというが、親会社と監督が代わってからは禁酒令が敷かれていたのだ。
ちなみに、キャンプ中1滴でも酒を口にした者には、むこう1週間の特打ちまたは特守、そして練習後のアメリカンノックという厳罰が課されていた。
食事会の最後に、ホワイトラン監督がマイクを手に選手たちに語り掛ける。
「えー、じゃあ私から一言。」
相変わらず流暢な日本語だ。
「去年『も』我々は最下位だった。だが、今年こそは違うドルフィンズを見せましょう。まさか目標は最下位脱出だなどと考えている選手はいないと思いますが、あえて口に出しておきます。我々が目指すのは、『日本一』だ。
それぞれが『日本一』から逆算と因数分解をして、今日自分が何をするべきかを考えてほしい。おのずと答えは出てくるはずです。」
温和な雰囲気の食事会に、一瞬で緊張感が走るのがわかった。
その変化を見届けると、ホワイトラン監督は満足そうな顔をして、会場を後にした。
◆◇◆◇◆
キャンプ初日、一堂に会したドルフィンズの面々は、まずキャンプのメンバー構成の通知を受ける。一軍キャンプと二軍キャンプに分かれ、自分がどちらなのかを確認するのだ。
新人のうち、楓、戸高、グスマン、そして高橋の4人は二軍キャンプ。
社会人出身の即戦力右腕である鈴木や、ともに自主トレを行った谷口や須藤は一軍キャンプである。
希はチームの広報活動なども担当するため、例年通り一軍キャンプに帯同する。
初日の全体ミーティングを終えると、それぞれの一軍と二軍は場所に分かれて、シーズンに向けた練習を開始する。
二軍に用意されたグラウンドは一軍に比べて見劣りするものではあるが、それでも学生野球出身の楓にとっては恵まれた環境だった。
一式そろった高価な機材類に室内練習場、帯同するトレーナーやマッサージ師など、プロでしか味わえない練習環境に楓の心は躍った。
基本的に、一軍と二軍の練習メニューに大きな違いはない。
投手と野手にそれぞれ分けられ、その中でも4つほどのグループに分けられた選手が、交代で全般的に練習を行う。
たとえば、楓が割り振られた二軍投手Aチームの初日メニューはこうだ。
10:30~12:30 アップ、ベースランニング、キャッチボール、投手/内野連携
12:30~13:30 投球練習→バント処理→コンディショニング→
13:30~14:30 昼食
14:30~16:30 個別選択練習かウェイトトレーニングを選択
投手と内野手の連携では、まずプロのボール回しの速さに驚いた。
当然ながら、打者も走者もプロ選手なのだから、それに即応したスピードの内野連携が求められる。特にダブルプレーの連携には目が回りそうだった。
学生野球では、ピッチャーゴロを処理してからのダブルプレーは、1(投手)→6(遊撃手)→3(一塁手)と、短い距離の送球が多いためそれほど余裕がないものではない。しかし、プロ選手の平均走力を前提にすると、必然的に送球動作のスピードは速くなる。
大学野球出身の楓からすると、常に俊足の走者を背負って内野守備をするようなものだった。
そして忘れてはならないのが、これでも二軍のレベルの練習だということである。
この精度をさらに上げた練習が、一軍では繰り広げられている。
レベルの高さに圧倒されたとしても、一つ一つの練習をこなして上達するしかない。
改めて自分が背負った体格的なハンデを恨みつつも、自分だけの武器を見つけてのし上がってやろうと楓は決意を新たにした。
楓はキャンプ中の個別練習を、すべてブルペン投げ込みにすると決めていた。
とにかく多くの球数を投げて、中継ぎ投手としてプロで通用する肩を作ること。そして首脳陣に自分のボールをアピールすることが狙いだった。
楓はキャンプ前夜、同じく新人アナウンサーとして取材研修のために移動する予定だったあかねと電話をしていた。
「とにかく新人選手は、目を引くことが大事だと思う。首脳陣だけじゃなく、マスコミもね。人の目に触れれば、それだけいいところを見つけてもらえるチャンスが増える。」
そのあかねの言葉を楓なりに解釈した結果が、この「毎日ブルペン投げ込み」だった。
初日に楓の球を受けてくれた捕手は、徳岡孝介だった。
徳岡は高卒で入団したプロ5年目、23歳の捕手で、これまで一軍出場経験は15試合しかない。徳岡にとっても、そろそろ結果を出さなければ選手生命に危機が訪れる決意のキャンプだった。
「じゃあ、初日は真っ直ぐを40球ってことで。」
徳岡と話して、初日はまず徹底的に直球を投げ込むことにした。
まずはひたすら投げ続けることのリズムを体にしみこませて、キャンプモードに体を映すためだ。
それにしても、女子選手に対する態度がそっけないのは、どうやら男子選手全員にいえることのようだった。
特に二軍キャンプに女性選手が参加するのは、ドルフィンズでは史上初のことらしい。
戸高と打ち解けるのにずいぶん苦労したが、これを全員に対してやるとなるとさすがに骨が折れる。
ただ、楓には考えがあった。
(とにかく、野球で結果を出すしかない!)
女子選手は、このチームではまだまだ異質な存在だ。
異質な存在でなくなるためには、野球で結果を出して、同じ存在だと理解してもらうしかない。
野球選手らしく、野球で会話をしようじゃない。
そう考えていたのだ。
初日の楓は、徳岡が要求するコースに寸分違わず投げることを意識した。
まずは、「コントロールがいい」という自分の長所を覚えてもらうためだ。
左のアンダーで、要求したところにボールが来るなら、それだけでも武器になる。
そのあと、自分がこれまで谷口や戸高とのバッテリーで身に着けてきた、プロの駆け引き力を理解してもらえばいい。
決め球のシンカーは最後に取っておこう。
楓なりに、自分を理解してもらうためのアピール作戦だ。
実際、徳岡はミットをほとんど動かさず40球を捕球し、その間何人かのコーチが見に来たのが背後の気配で分かった。
楓のボールに何か確信を得たのか、だんだんと徳岡のボールを要求するテンポはよくなり、あっという間にキャンプ初日メニューが消化された。




