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幕間1 番外編・それぞれの旅立ち(1)

シーズンオフの話を別視点で書いています。

飛ばしてしまっても話はつながりますが、流し読みでも読んでいただけると、お話の深みが増します。

1 投手、神田了悟の場合


それは突然の報せだった。


神田了悟、32歳、投手。東京タイタンズ所属。右投げ右打ち。

大学生4年生の時、ドラフト2位でタイタンズに指名され入団。

ルーキーイヤーから一軍に定着し、3年間中継ぎを経験した後、4年目・26歳のシーズンから先発ローテーション入りを果たす。

以降29歳までローテ投手として定着してきたが、これまでの連投がたたったのか、右ひじに発生した遊離軟骨(通称ネズミ)と呼ばれる、投手の職業病に罹患する。オフシーズンにひじのクリーニング手術を受けるが、思うように右腕が動かず、制球に苦しむようになった。


30歳のシーズンから中継ぎに再び回り、一軍と二軍を行き来する生活が続いた。昨シーズンの成績は、11試合に投げて1勝3敗2ホールド。


まだまだ野球選手としてはやれる。

そう思いたいが、毎年契約更改の時期には眠れぬ夜が続いた。

今年のシーズンオフもそうだ。


契約更改の扉をノックするときは、ケガをしてから毎年大きく深呼吸をする。

戦力外通告を受けても、取り乱さないように。


しかし、今年の契約更改も、何とか乗り切ることが出来た。

年俸は250万円ダウンの1320万円。

生活がまた苦しくなると妻は頭を悩ませるかもしれないが、まだ野球選手でいられる。一安心だ。


契約更改を行った後は、晴れやかな気持ちでシーズンオフのニュースを見ることが出来た。

毎年起こるプロ野球界のニュースを、大々的にテレビ局が報じる。


「ドルフィンズ・太田一誠、FAでタイタンズへ移籍!」


ドルフィンズ不動の4番、太田もうちへ来るのか。

一塁手の外国人選手と再契約しないと報じた直後にこの報道。

やはり「球界の盟主」タイタンズにFAできたがる選手は多いものだ。


(これでせっかく空いたファーストのレギュラー争いも、また振り出しだな。若手はモチベーションを下げなきゃいいけど)


自らの野球人生も危ういというのに、他人事ながら、長年いるチームだとやはり若手の心配はしてしまうものだな。

神田は自分のお人よしさ加減に自嘲気味になりつつも、自分の来シーズンの活躍を改めて決意するのだった。


それから3週間後。

ふと、スマートフォンを見ると、着信履歴がある。

球団事務所からだ。


なんだろう。もう契約は終わったのに。

折り返し電話をかけてみる。


「ああ、すまないね。突然。」

「なんでしょうか?」

「突然なのだが――人的保障として、ドルフィンズが神田を指名した。来年からはドルフィンズの所属になる。契約条件はそのままだが、ドルフィンズから連絡があるので、それを待ってほしい。」


それだけ言うと、電話は切れた。

あまりの予想外の出来事に、神田は口をつぐんだ。

なんとあっけないタイタンズ人生の終わりなのか。


一定の成績以上のFA選手を獲得すると、その選手が流出した球団は金銭による保障か、人的保障による代替選手の移籍を要求できる。FA制度による球団戦力の不均衡を防ぐための制度だ。

FAで選手を獲得した球団は、プロテクトリストを作成して、そこから漏れた選手を流出球団が1人指名する。


神田は、自分がプロテクトリストから漏れていることは予想していたが、まさか自分が人的保障の対象になるとは思っていなかった。


(普通俺みたいなロートルじゃなくて、有望な若手を指名するだろう……何を考えてるんだドルフィンズは。)


「まだまだやれる」と意気込んだ直後に自らをロートルと評してしまうあたり、自己評価の低さに我ながらあきれる。

しかし、制度がある以上、どんなことでも自分の身におきるのがプロ野球だ。


もちろん、タイタンズに対する複雑な思いもある。

これまで先発に中継ぎに散々貢献してきたつもりだ。

それをプロテクトリストからあっさり外すというのは、人情に欠けるものがある。

ただ、それもプロ野球。

球界の盟主は、他のどの球団よりも「勝つこと」を求められてる。


ほどなくしてかかった電話を受け、神田は新たな球団へと向かうのだった。


2 投手、マイク・ダグラスの場合


流暢な英語、論理的な説得、スマートないで立ち、しかも女性。


プロ野球選手として入団交渉に応じる際、こんな相手と会話をすることは、アメリカ広しとしても想像だにつかなかった。


メジャーリーグ球団・オークランドに所属する投手、マイク・ダグラスは驚き目を見開いた。

目の前の女性は、ドルフィンズと名乗る日本のプロ野球チームの代表者だという。


そもそも、昨シーズンの成績が先発で1勝4敗と振るわず、途中でローテーション落ちしたような投手に、球団代表自ら交渉に来るなど、格下の日本の球団でも考えにくい。

しかし、現に目の前の女性はスカウトと二人で通訳なしで乗り込み、こんこんとドルフィンズがいかに自分を必要としているかを説いている。


正直なところ、来年もメジャーでやれる保証はない。

おそらく、来年はマイナー契約からスタートだろうと思っていた。

しかし、日本の球団に行ってプレーするというのは想定外だ。

そもそも、自分は文化の違うところで野球をする柄じゃない。

だから地元球団のオークランドにわざわざ3年前移籍してきたのだ。


それを話すと、ソウコ・モトヤマと名乗る目の前の女性は、間髪入れずにこう返した。


「では、あなたの『地元』とはなんですか? あなたの地元を構成する精神的要素を、すべて揃えたら、私たちのチームに来てくださるということでしょうか?」


一見高圧的な説得にも見えるが、用件を端的に話しただけであることは、ダグラスにも分かっていた。

それよりも、「精神的な不安を払しょくする準備がすべてあるから、このチームに来てほしい」という意思表示から、自分がいかに必要とされているかを感じ取った。


意気揚々と地元に帰ってきたものの、その後の成績は振るわないものだった。

先発ローテーションに定着できず、3Aとメジャーを行き来する日々。

描いていた家族との優雅なオークランド生活とは程遠い。


ダグラスは、「地元」を定義するものとして一つだけ条件を上げた。


「家族との平穏な生活を。」


それに対して、彼女が提示した条件はこうだ。


・湘南のアメリカ人コミュニティに家を用意し、妻の人間関係のサポートをする

・子供が通うインターナショナルスクールの費用は球団が出す

・チーム帯同中の食事は外国人選手用の別メニューを毎回用意する


契約条件は、野球をすることと金銭との交換だけではなかった。

まるでメジャー式の条件提示に驚きつつも、自分のメジャーリーガーとしての将来に不安を覚えていたダグラスは、「2週間だけ待ってほしい。」と伝えた。


そして、家族とゆっくり話し合ったと、夕食のローストチキンを食べながら結論を出した。


翌日、ドルフィンズはマイク・ダグラス投手の獲得を発表した。

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