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16 栄光の日

 7球団が六大学三冠王の捕手、戸高を指名した。

 会場のどよめきが収まらぬ中、交渉権獲得を懸けた抽選が始まる。


 四角い縦長の直方体の中に7枚の紙が入っており、指名順に各球団の代表者がそれを引いていく。

 通常、この抽選は各チームの監督が引くのだが、「くじ運が悪い」とされる監督の代わりに球団社長が引くことがある。


 湘南からは、奏子が出ていた。

 ホワイトラン監督はくじ運が悪いのだろうか?あまりそんなイメージはないけれど。

 楓はいちプロ野球ファンとして興味津々でその様子を眺めていた。


 順番にくじを引き、司会の「それでは、開けてください」の一声で、くじを引いた者たちが一斉におられた紙を開いていく。


 一瞬の静寂の後、大きなどよめきとシャッター音が響いた。

 声の先には、不敵に笑って「交渉権獲得」と書かれた紙を前に掲げるスーツ姿の女性。


 史上最弱球団、ドルフィンズがドラフトで戸高を引き当てたのである。

 この瞬間を切り取った一枚は、明日の朝何紙もの新聞の一面を飾ることだろう。


 モニターの映像は、再び創学館大学内の戸高に切り替わる。

 戸高は、眉一つ動かさず会場の様子を映し出す映像を見つめているようだった。


 世間の注目は、戸高の「入団か、拒否か」に集まっていた。


 ドラフト会議での抽選は、あくまでも「交渉権」の獲得である。

 交渉の結果、選手が入団しないという選択をすれば、指名は空振りに終わる。

 そしてその選手は、翌年以降のドラフトで、意中の球団からの指名を待ち続けるという選択も可能なのである。


 プロ野球の戦力均衡を目的としたドラフト会議制度の仕組みと、選手個人の職業選択の自由のバランスを取るために生まれた制度だが、指名を拒否して別の球団へ入団することは世間でも賛否両論を生む。


 なんとなく、マスコミの記者たちは拒否の選択を期待しているようだった。


「戸高選手、今の気持ちは?」

「交渉権が今シーズン最下位のドルフィンズということですが、入団の意思は?」

「過去にドルフィンズから指名されたあと、大学に残ってプロに再挑戦したケースもありますが、どのように思いますか?」


 浴びせられる質問に、戸高は、「まだ何もわかりません」とだけ答え、大学の関係者が質問をさえぎった。


 その後、抽選に外れた6球団が外れ1位の指名を行われた。


「第一回選択希望選手。福岡。川中 一太。22歳。投手。太平洋大学。」

「第一回選択希望選手。東京。川中 一太。22歳。投手。太平洋大学。」


 なんと同期の川中が2球団から外れ1位指名で競合した。

 今度は見慣れた太平洋大学内の光景がモニターに映る。


 画面中央の川中は……見たこともないほどニヤニヤしていた。


「外れ1位でニヤニヤすんな!」


 楓は思わずモニターに向かってツッコミを入れてしまっていた。


 抽選の結果、川中との交渉権は東京タイタンズが獲得した。

 次の指名までの間の時間を使って、記者による短いインタビューが行われる。


「今シーズン日本一のタイタンズが交渉権獲得ということですが、今のお気持ちは?」

「自分は! 小さな頃から! プロ野球選手を目指していました! ですので! どこから指名を受けても! お受けするつもりでした!」


 川中は、狂言師が見得を切るかのような不自然なキメ顔で、ハキハキと答えた。


 こいつ、絶対コメント用意してたな。


 ともあれ、大学時代に切磋琢磨した川中がプロ野球選手になる瞬間に立ち会えたのは嬉しいことである。

 ドラフト会議は、すべての野球選手にとって、これまでの努力が報われる「栄光の日」だ。

 川中を外したファルコンズが、外れ外れ1位を指名して、各球団一巡目の指名を終えた。


 2位指名以降は、ほとんど競合がなく進んだ。

 今年のドラフトの目玉が戸高であることは間違いない事実だが、それ以外の目玉がないとも言われていた。よく言えば、戸高以外の選手の実力が拮抗していたとも言える。

 帝都大学リーグで最多勝投手となった川中が外れ1位になったのもそのためかもしれない。


 通常、球団が女子選手を指名すると、「うちの今年のドラフト指名は終わり」という意思表示であるとされていた。

 人気集めのために、高校3年生の18歳女子選手を指名、獲得することも、営利企業であるプロ野球チームビジネスには必要だからである。


 川中の指名を見届けた楓の興味は、「2位以降で自分の大学の同期が指名されないか」ということ、そして「今年はどんな女子選手が最下位指名を受けるのか」ということだった。

 一巡目の緊張感から解き放たれて、楓も手元ですっかり冷めてしまったレモンティーを飲みながら中継の様子を眺める。


 二巡目は、今度は昨シーズンの上位チームから指名を進める。東京タイタンズが最初で、北海道ベアーズが最後だ。

 三巡目は、一巡目と同じで下位チームからの指名に戻る。


「第二回選択希望選手。東北。佐藤 晴翔(さとう はると)。内野手。22歳。東陽大学。」


 知ってる。この選手、帝都リーグで対戦した選手だ。

 追い込んでから流し打ちでヒット何本も打たれたんだよなあ。


「第二回選択希望選手。北海道。星野 壮士(ほしの そうし)。投手。22歳。駒込大学。」


 駒大の星野くん、指名された!

 ベアーズかあ……、星野くんって、春先と秋にめっちゃ打たれてなかったっけ。寒いところ行って大丈夫なのかな?ドームだから関係ないか。


 知り合いの選手が次々に指名されていく。

 気持ちを吹っ切ってしまった後だと、まったく知らない選手が指名されるのを見るより楽しくて、ちょっと得した気分になる。


 まだ二巡目が終わったところだ。まだまだ知り合いが指名されるかもしれない。

 楓はドラフトを見るのが楽しみになってきていた。

 知っている選手が、知っているドルフィンズに指名されることを想像すると、それこそとてもワクワクした気持ちになる。


 いよいよ、ドルフィンズの三巡目だ。


 誰が指名されるのか。楓も他の観客同様、期待に胸を躍らせつつ指名選手を予想する。

 1位は捕手、2位が内野手だった。

 順当に行けば次は投手だろう。

 だとしたら、残っているのは帝都大学リーグの防御率が高い選手が何人かいた。あとは東北の方で有名な投手も何人か。

 しかし3位指名で、可能性ある次世代のエース候補を高校生から指名するという方法もありえる。


 一体誰が指名されるのだろう。


 楓は思わずブラウザで別のタブを起動し、高校野球の有名選手を調べながら予想を始めていた。

 PCからは音声だけが再生される。



「第三回選択希望選手。湘南。」







「──立花 楓。投手。22歳。太平洋大学」


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