14 記念受験
一風変わった入団試験から、2週間が経った。
「採用する場合は連絡する」みたいなことを奏子は言っていたが、未だドルフィンズから連絡はない。
大学4年の9月である。
耳元で「NNT」や「ニート」という言葉を連呼するあかねに急かされて、さすがの楓も就職活動を始めた。
とりあえず、まだ採用活動をしているスポーツ用品メーカーを片っ端から受けた。
それから、プロ野球のスポンサー企業を調べては受けていった。
ちなみに、現在の内定数はゼロである。
もうすぐ10月になろうというのに、まったく就職活動が進まない。これはいよいよあかねの言うニートが見えてきた。
民放キー局の新人アナウンサーと、就職活動に失敗したニート。
卒業してから会うことを想像しただけで、顔を覆ってその場にしゃがみ込みたくなるほどのふがいなさだ。
それでも、無情にも時は経過していく。
そしていつの間にか9月は終わり、10月になっていた。
楓は大学の授業もそっちのけで、就職課に顔を出すようになっていた。
頼みのあかねは、就職予定の放送局のアナウンス研修で不在にすることが多かった。
「立花さん、そろそろ業界を広げてみたほうがいいかもねえ」
困り顔で就職課の担当者が楓の相談に今日も応じている。
それでも、どんな業界に行きたいか、どんな仕事がしたいか、聞かれる楓は浮かない顔であいまいな答えを返すばかりだった。
(もう、本当に仕事決まらないまま卒業するのかなあ……)
そう思いながらカウンターの隣を見ると、野球部の同期でエース、川中一太の姿があった。
高校生のように短く刈り上げたスポーツ刈りに、大学野球の選手としては細身だが筋肉質で引き締まった長い手足。切れ長というよりは小さいと形容する方が正確な目と、野球経験者特有の不自然に細い眉毛。
決して美形の部類には入らないが、さわやかな野球青年といったいで立ちで大学野球のエースという地位を手に入れた川中は、2年生ころから徐々に女子からちやほやされる存在になっていた。
もともとは全寮制の男子高出身で、女子である楓にもあまり話しかけてこなかったが、女子慣れするようになってから急に話しかけてくるようになった。距離感の縮め方は不自然だが、根がいいヤツなので楓にとっては「気の合う友人」のひとりだ。
「おー立花じゃーん!どしたどした、就職活動?どうよ調子は?」
「あーもう今話しかけんな!ただ今21打席連続凡退中!打つ手、なし!!」
いつもの慣れた口調でじゃれ合うような会話をする。
2人の間に男女の感情はなかったが、多くの試合を2人で勝ってきた日々を経て、今やお互い気の置けるチームメイトだ。
ちなみに、川中の彼女も、楓が紹介したクラスメイトである。
「川中は?」
「あー、俺?こ・れ・よ・こ・れ!」
目の前に出された一枚に紙は、「プロ志望届」の文字。
川中は帝都大学リーグで奪三振王と最多勝を手にしており、プロも注目の選手だった。
「まー、川中はスカウトいっぱい来てたもんねえ。で、どこ入んの?」
「しらねーよそんなの。だって競合したらクジだし?自分の人生クジ引きで決めれらるんだから、プロって過酷だよなあ。」
そういうことは女子高生の期間が終わったらプロになれないという条件を突きつけられてからいってほしい。
「いいなあ、プロ目指せる人は……」
川中のプロ志望届を羨ましそうに見つめる楓の視線に気づいたのだろうか。
「じゃあ、立花も出せばいいじゃん、プロ志望届。」
川中は、先月受けたドルフィンズ入社試験のことをまだ知らない。
ちなみに、彼女の誕生日を3年連続で忘れるような人間なので、女子高生でないと女子はプロに指名されないことにも気づいていないのだろう。
「んー、私はいいかな……」
この鈍感ザウルスと話をしていると、こちらの就職先も絶滅してしまいそうなので、楓は軽くあしらうことにした。
そして、そこから続けること3時間。
就職課の担当者と、今日もああでもない、こうでもないといいながらエントリーシートを練り上げて、今日も一日が終わった。
帰り際に、カウンターの奥をふと見ると、何枚か印刷されたプロ志望届が積まれている。
楓の通う太平洋大学は野球部が強豪であるため、「一応」といってプロを志望する学生が少なくない。
そのために、プロ志望届も印刷して就職課の片隅に置かれているのだ。
思わず、手に取ってしまった。
(まあ、一応、保険というか、記念受験というか、ね。)
できることは全部やっておきたかった。
それでだめなら、あの日のトライアウトは、「夏の終わりに見たちょっといい夢」で終わらせられることが出来る。
プロ志望届に記入すると、大学野球連盟あての封筒に入れてこれをポストに出していた。
そして、楓の就職先が決まらないまま、10月も後半を迎え、ドラフト会議の当日を迎えた。




