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流星くんは異世界に転移したい!

掲載日:2018/02/26

 朝、あたしが高校に向かって歩いていると、バタバタという足音が聞こえてきた。

 嫌な予感がした。

 それを予感と呼ぶのは間違いかも知れない。

 何しろ、高校に入学してから1ヶ月も同じことを繰り返しているからだ。

 うんざりした気分で振り返ると、大男が猛然と近づいてきていた。

 もちろん、速攻で逃げ出した。

 大男――轟流星は身長2メートルを超す大男である。

 おまけに柔道やら剣道やらで鍛えているので、筋肉の要塞と評すべき威容を誇る。

 身長160センチメートルそこそこしかないあたしには恐るべき捕食者にしか見えない。

 きっと、虎やライオンに襲われる気分とはこういうものに違いない。


「ふははははっ!」


 テノールの、やけに大きな声があたしの背中を打つ。

 道行く人達があたしを見てる。見ている暇があるのなら警察を呼べと言いたい。


「ふははははっ! 今日も元気だな、佐藤優花!」

「……っ!」


 こっちは死ぬ気で走っているのに流星はムカつくほど余裕綽々で声を掛けてきた。

 馬鹿でっかいリュックを背負い、すごく綺麗なフォームで並走している。

 その差は歴然としている。

 歩幅が違う。

 鍛え方が違う。

 一流アスリートと幼稚園児くらい違う。


「ふははははっ! そろそろ、観念したらどうだ!」

「死ねっ!」


 短く叫ぶ。コイツみたいにぺらぺら喋りながら走ったらすぐに息が詰まる。

 あたしは走って、走って――数百メートル走った所で力尽きた。

 背中を丸め、荒い呼吸を繰り返す。

 こっちがこんな状況なのに流星は涼しい顔をしている。


「ふははははっ! 佐藤優花、ようやく観念したか!」

「うっさい! 名前を連呼すんな!」


 キ●ガイの仲間だと思われるという悪態をすんでの所で呑み込む。

 あたしがよろよろと歩き出すと、流星は寄り添うようにして付いてきた。


「ふははははっ! 実に、実によい天気だ!」

「アンタは雨の日だって同じことを言うじゃない!」

「そう言うな。今日は予感があるのだ」


 あたしはコイツが嫌いだ。

 演技がかった話し方が気にくわない。

 それに――。


「今日こそ異世界に転移できると思わんか?」

「思わねーわよ!!」


 あたしは叫んだ。

 何が嫌いかって、コイツは異世界に行きたがっていやがるのだ。

 そこが、とにかく気に入らない。


「つか、高校一年生にもなって異世界に行きたいとか馬鹿じゃないの!?」

「貴様は日本で年間8万人が行方不明になっているのを知らんのか?」

「知ってるわよ!」


 嘘だ。年間8万人も行方不明になっているなんて初めて知った。


「その1パーセントが異世界に転移していても不思議ではあるまい」

「その考えの方が不思議よ!」

「まあ、庶民はそのように考えるのかも知れん」


 流星はふてぶてしく笑った。

 庶民って、確かにコイツの父親は子どもでも知っている世界的企業の経営者だけどさ。


「だが、吾輩は違う! たとえばそこの小道!」


 流星はビシッと小汚い路地を指差した。

 酔っ払いが吐いたのだろう。

 ゲロがある。


「そこの小道を抜けたら異世界かも知れん!」

「じゃあ、さっさと行きなさいよ」


 そして、2度と戻って来るな。


「ふははははっ、吾輩を見くびるな! もう100回は試したわ!!」

「100回!?」

「ふん、ここが庶民とセレブの違いよ」

「常識人とキ●ガイの違いでしょ」


 あたしは小さく吐き捨てる。

 セレブって、自分で言うか。


「たとえばそこの地蔵! 綺麗にしてやれば吾輩を異世界に導いてくれるかも知れん!」

「十分綺麗じゃない」


 祠は綺麗なもんだし、ちょっと萎れてるけど、花も供えられている。


「当たり前だ! 吾輩が週1で掃除しているからな!」


 流星は胸を叩いた。


「たとえば塀の上を行くヌゥエコォォォォ! 道端を歩くイィィヌゥゥゥゥッ!」

「猫も、犬もいねーわよ」

「きっと、ヤツらは女神か、女神の眷属で敵の目から逃れるために変身しているのだ!」


 くわっ、と目を見開く。

 目を見開いただけだ。


「じゃあ、とっとと保護しなさいよ」

「父上にお願いしてシェルターを作っておるわ、庶民めが!」

「庶民って言うんじゃないわよ! このクソセレブ!」

「ふははははっ!」


 思いっきり鞄で叩いたけど、まったく痛みを感じていないようだ。

 高笑いしてやがる。


「チッ、路頭に迷え」

「残念ながら轟グループは最高益を更新し続けているぞ!」


 あたしの呪詛は届かないらしい。

 つか、コイツはこれだけ恵まれてて何が不満なんだろう?


「屋上! トラック!! 世界は異世界転移の可能性で満ちている!」

「……」


 多分、屋上とトラックは違う。


「だというのに、どうして吾輩は異世界に転移できぬのか!」

「首でもくくれば?」

「ふっ、吾輩は異世界に転移したいのであって転生したい訳ではない。しかし、吾輩は異世界の存在を確信しているぞ」

「へ~」

「燃えさかる団地に突入して幼女を救った時に異世界が見えたのだ!」


 それ、異世界ちゃう。

 走馬燈や。


「……頭痛がしてきたわ」

「頭痛薬を飲むか?」

「いらないわよ」


 あたしが言うと、流星はリュックを下ろすのを止めた。


「そうか。異世界に持っていく物資が減るのは避けたいが、どうしても耐えられなくなったら言うんだぞ」

「もしかして、そのリュック?」

「よくぞ、聞いてくれた」

「聞いてない聞いてない聞いてないから!」


 あたしは耳を押さえて歩調を速める。

 しかし、流星は背後からあたしの手首を掴んで持ち上げた。

 痛っ! 肩が超痛い!!

 脱臼する!


「放して!」

「ふははははっ! このリュックの中には……」

「誰か助けてぇぇぇぇぇっ!」


 あたしの悲鳴が街に木霊した。



 私立大河学園高校――国内で1、2を争う進学校だ。

 学費は馬鹿高いけど、奨学金が充実していて、あたしみたいな庶民にも門戸を開いている。

 この高校に受かった時は嬉しかった。

 家から近いし、この高校に入学できたこと自体が勝ち組の証明みたいなものだからだ。

 勝ち組の証明みたいなものだったんだけどな~、とあたしは溜息を吐いた。


「ふははははっ、異世界の神よ! 我々を導きたまえ!」

「……超恥ずい」


 流星は正門の前で仁王立ちして叫んだ。

 予鈴の鳴る時間が迫っていることもあり、生徒は沢山いる。

 しかし、流星の周りには誰もいない。

 まあ、身長2メートルの大男が常軌を逸した台詞を吐けば誰だって避ける。

 君子危うきに近寄らず、だ。


「さあ、教室に向かうぞ。早くしなければ異世界に転移してしまうかも知れん」

「しねーわよ」


 クラスごと転移することも、学校ごと転移することもないのだ。

 流星は周囲に嘲笑されていることなど気にもせずに進んでいく。


「むっ!」

「立ち止まって……ああ、あたしってヤツは」


 あたしは自分の馬鹿さ加減に顔を覆った。

 こんなヤツ、無視して教室に行けばいいのに話を振ってどーする。


「……佐藤優花、あの少年を知っているか?」


 流星が親指で指し示した先には可愛らしい顔立ちの少年がいた。

 あまり柄のよくない連中に囲まれている。

 何処かに連れて行かれる途中のようだ。


「知らない。興味ないし」

「クラスメイトの浅沼拓也ではないか!」

「知ってるなら聞かないでよ!」


 あたしは怒鳴り返した。


「何が起きているのだ?」

「イジメに決まってるでしょ」


 うんざりした気分で答える。

 超一流の進学校だってのに馬鹿ってのは一定数紛れ込むらしい。

 高い学費を取ってるんだから、そんなヤツらを入学させるなと言いたい。

 あたしは学費免除だけどね。


「そうか、イジメか」

「なんで、嬉しそうなのよ?」

「分からんのか?」


 流星は不敵に笑った。

 いや、まあ、言いそうなことは予想が付くんだけど――。

 どうして、あたしはコイツに話を振ってしまうのか。


「いじめられっ子は異世界転移する可能性が高いと聞く」

「あんたは関係ないでしょ」

「そこが庶民の浅はかさよ」


 またしても庶民と言いやがった。

 畜生、不買運動をしてやる。

 訴えられたくないから1人でだけど――。


「浅沼拓也を助ければ親友枠で異世界に召喚されるかも知れないではないか」

「他力本願じゃない!」


 それ以前に友達じゃないでしょ。


「ふははははっ! これから親友になるのだ!」


 行くぞ! と流星はあたしの手を取って走り出した。


「ちょっと!」

「ふははははっ、遠慮するな! 異世界に転移する栄誉を分けてやるぞ!」

「あたしまでターゲットになったらどーすんのよ!」

「ふははははっ!」


 あたしは叫んだが、流星は高笑いするだけだった。



 校舎裏――あたし達は校舎の陰から浅沼拓也と3人のいじめっ子を見ていた。

 ちょっと距離があるので会話までは聞こえない。


「うむ、金を出せと言っているぞ」

「聞こえるの?」

「異世界に転移した時のために読唇術を身に着けたのだ。まあ、魔法的なギミックで意思の疎通ができる世界では意味がないが」


 読唇術って。

 どうして、コイツは生産的なことに労力を使わないのだろう?


「よし、行くぞ!」

「行かねーから! あたしは絶対に行かねーから!」


 あたしは必死に抵抗した。

 必死に抵抗したけど、無駄だった。

 抵抗虚しく、浅沼拓也と3人のいじめっ子の前に引き摺り出された。


「誰だ?」

「ふははははっ!」


 流星は高らかに笑った。

 こんなにインパクトのあるヤツを知らないなんて幸せな3人組だ。

 その立場を譲って欲しいと心から思う。


「ふははははっ! イジメ、格好悪い!!」


 流星はあたしの手を放すと左右の人差し指で3人組を指差した。

 微妙にへっぴり腰だ。

 元ネタがあるのだろうか。


「失せろ、殺すぞ」

「ふははははっ! 浅沼拓也! 親友の、親友の吾輩が助けに来たぞ!」


 主犯格らしき男が吐き捨てたが、流星は取り合わない。

 これから親友になるって言ってたのに親友を名乗りやがった。


「異世界の神々よ! 今から親友の吾輩が! 浅沼拓也を助けてご覧に入れましょう!

「ヤクでもキメてんのか?」


 薬物中毒ならどれだけマシか。

 コイツはコレが素なのだ。

 マジで救えない。


「おい、デカ……っ!」

「ふっ!」


 先手を打ったのは流星だった。

 威嚇しようと近づいてきた1人を平手で叩いたのだ。

 平手と言っても『格闘家ばりに体を鍛えている大男の』という但し書きが付く。

 ぶっちゃけ、熊に殴られるのと大差ない。

 男は盛大に吹き飛び、きりもみ回転しながら地面に叩き付けられた。


「てめぇ!」

「ふっ!」


 流星の拳が無防備に近づいてきた男の顔面を捉える。

 男は空中で1回転し、後頭部から地面に叩き付けられた。

 あたしが圧倒的な暴力に蹂躙された2人に対して抱いた感想は――。


 馬鹿じゃねーの?


 というものだった。

 流星の身長は2メートルを超えている。

 この時点で勝ち目はない。

 さらに流星はいつ異世界に召喚されてもいいように体を鍛えている。

 こんなのに勝てるヤツはいない。

 要するに生存本能が壊れているのだ。

 残った1人が助かる道はある。

 謝罪だ。

 土下座して運命を天に委ねる。

 それしか助かる道はない。

 だが、こともあろうに――。


「てめぇ、ぶっ殺してやんよ!」


 男はポケットからナイフを取り出した。


「ふははははっ! 凶器を出すか!」

「こいつが見えねーのか!」


 流星はゆっくりとリュックを下ろした。


「おい、止めろ! 俺は止めろって言ってるんだぞ!」


 男は両手でナイフの柄を握り締めて言った。

 命令と言うより懇願に近い。


「ふははははっ、待たせたな!」


 流星がリュックから取り出したのは鉈らしき物だ。

 普通の鉈じゃない。

 多分、日本刀の技術を使って作られたものだ。

 刃の輝きが半端じゃない。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 手首や足首なら切断できそうとか自然に思えるのがヤバい。


「ックショウ! やってやんよ!」

「ふっ!」


 流星が鉈を一閃させると、キンッという音と共にナイフの刃が半分になった。


「ふっ!」


 再び振るうと、さらに半分の長さに――。


「どうする?」

「……っ!」


 流星が問い掛けると、男は白目を剥いて倒れた。

 失禁したのか、アンモニア臭が漂い始める。


「浅沼拓也!」

「ひぃぃぃぃぃっ!」


 流星が名前を呼ぶと、浅沼は悲鳴を上げて逃げ出した。


「……親友の吾輩を置いて行くとは見損なったぞ」


 あたしは深々と溜息を吐いた。



 朝のSHRの最中に流星は職員室に連行され、1限が終わった頃に戻ってきた。

 誰もコイツを警察に突き出さなかったからしい。


「ふははははっ! 担任の春日女史にこってりと絞られてしまった!!」

「結婚適齢期を過ぎてヒスってんでしょ」

「他人を悪く言ってはいかんぞ。あんな女だが、心の奥には教師としての熱い心が眠っているはずだ。きっと、異世界に転移すれば生徒のために白刃に身を晒すことさえ厭わぬだろう」


 あんな女とか、何気にひでーことを言いやがる。


「浅沼拓也!」

「ひぃぃぃぃぃっ!」


 そう言って、流星は浅沼に突進した。


「今朝は大変だったな! だが、親友の吾輩がいれば安心だとも! 異世界に転移する時は是非とも吾輩のために親友枠を確保してくれ! アイテム扱いでもいいぞ!」


 常軌を逸した台詞を捲し立てる流星を止めるヤツはいない。

 皆、自分が可愛いのだ。

 いい天気だな~、とあたしは外を見た。


「どうした?」


 もう戻ってきやがった。


「屋上から異世界転生を果たそうとしている者でも見えるのか?」

「見えるか!」


 入学1ヶ月で自殺騒動に巻き込まれたくない。

 あたしは名探偵じゃないのだ。



 あたしは流星に振り回されながらも無難に午前の授業を乗り切った。

 昼休みだけど、この時間は庶民には憂鬱だ。

 と言うのも大河学園の学食は高いのだ。

 かと言ってコンビニ飯を食べてると、物珍しそうに見られる。


「ふははははっ! 佐藤優花、昼飯の時間だぞ!」

「分かってるわよ!」


 あたしは隣の席にいる流星を睨み付ける。流星はリュックから風呂敷に包まれたお重と可愛らしいお弁当箱を取り出した。


「いつものようにキャラ弁を作ってきてやったぞ!」

「あり、がとう」

「礼など不要だ。異世界に転移した時のために料理の腕を磨いているだけだからな」


 ふははははっ! と流星は高笑い。


「今日も中庭に行くぞ」

「……」


 あたしは無言で流星に付いていく。

 廊下が生徒でごった返す昼休みも流星の近くは無風状態だ。

 で、中庭。

 噴水があって、掃除の行き届いたベンチが並んでいる。

 その中に1人しか座っていないベンチがあった。

 髪の長い、綺麗な女生徒が座っている。

 2年の玉川先輩だ。


「ふははははっ! 玉川先輩、失礼するぞ!」

「……は、はい」


 流星がどっかりとベンチの前に腰を下ろすと、玉川先輩ははにかむように微笑んだ。


「失礼します」

「どうぞ」


 あたしは玉川先輩の隣に座り、お弁当箱の蓋を開ける。


「……ピカ●ュウ」

「婦女子に人気の鼠だ。ペスト大流行だな」


 あたしが呟くと、流星は任●堂に喧嘩を売るような台詞を吐きやがった。


「そんなことを言わないで! 訴えられたらどうするのよ!」

「ふははははっ! 任●堂がそんな真似をするはずがなかろう!」


 プッ、と玉川先輩が噴き出した。


「笑われたじゃない!」

「いいではないか」


 あたしはとんでもない罪悪感に駆られつつキャラ弁に手を付ける。

 オムライスなのはどうかと思うが、流星が作っているとは思えないくらい美味い。


「ふははははっ! こっちもどうだ? 食して感想を聞かせるがいいぞ!」

「何が何だか分からないんだけど?」


 重箱は9つに区切られ、よく分からない料理が並んでいる。

 多分、懐石料理なんだろうけど。


「これだから庶民は」

「るっさいわね!」


 あたしはサツマイモらしきものを強奪して頬張る。

 うん、よく味が染みていて美味しい。


「どうだ?」

「美味しいわよ」


 流星は微妙な表情を浮かべた。

 強いて言えば憐れみに近い。


「貴様の舌は残念だな」

「るっさい」


 あたしはヒョイヒョイと料理を弁当箱に移し替える。


「ああ、そんなことをしたら味が台無しになるではないか。折角、異世界に転移する時のために腕を磨こうとしているのに」

「ああ、美味しい美味しい。普通に美味しいわよ」

「チッ、庶民め」


 流星は珍しく吐き捨てるように言った。

 玉川先輩はそんなあたし達を楽しそうに見ている。

 そう言えば、どうやって流星は玉川先輩と知り合ったのだろう。


「どうした?」

「アンタがどうやって玉川先輩と知り合ったのか気になったのよ」

「ふははははっ! 屋上から転生を果たそうとした先輩を助けたからに決まっているではないか!」


 あたしは頭をぶん殴られたような衝撃を覚えた。

 屋上からって、自殺ってこと?

 反射的に顔を見ると、玉川先輩は恥ずかしそうに俯いた。

 いや、屋上から飛び降りようとして恥ずかしそうにって――。


「先輩は失恋して屋上から転生を果たそうとしたのだ! チャンスと思って一緒にダイブしたのだが、地面に落ちただけだったな!」


 ふははははっ! と流星は笑った。

 玉川先輩も笑っている。

 ふへへ、とあたしも笑った。



 そんなこんなで帰りのSHRが終わり――。


「ふははははっ! 佐藤優花、あの席には誰も座ってないのか!?」

「知らねーわよ」

「馬鹿め! あそこは天田太という男の席だ!」

「知ってるんなら聞くんじゃねーわよ!」


 入学して間もないってのに、どうしてそんなことまで知っているのか。


「異世界に転移した時のためにクラスメイトの名前くらい把握しておるわ!」

「……心を読みやがった」

「庶民の心などお見通しだ!」


 ふははははっ! と高笑い。


「天田はどうしているのだ?」

「だから、知らないっての」

「天田君なら引き籠もっているらしいよ」


 答えたのは浅沼拓也である。


「本当か!」

「あ、うん、僕らは庶民だから、うちの母さんが井戸端会議でね」

「ふははははっ! 庶民であることを引け目に感じる必要などないぞ! 吾輩から見れば全員庶民の域を脱しておらん!」


 流星は暴言を吐いた。

 そりゃ、アンタから見ればこの世界の99%は庶民でしょーよ。


「だが、だがしかし、貴様らは異世界転移という可能性を秘めた庶民なのだ! 吾輩のために金の卵を産んでくれるかも知れん鶏だ!」

「……異世界に召喚されてもいいことはなさそうだけどな~」

「気に入らぬ召喚主であれば首をへし折ってくれる!」


 浅沼がぼやくように言うと、流星は物騒なことを言った。

 誰だよ、こんなの野放しにしてるヤツ。


「それはそれとして、天田は異世界に転生するための修行期間に入ったという訳だな?」

「転生?」

「10年単位で引き籠もって死ぬと異世界に転生できるのだ。いや、もしかしたら、すでに異世界に転生しようとしているかも知れん」


 浅沼は救いを求めるようにあたしを見た。

 もちろん、顔を背ける。

 こっち見んな。


「こうしてはおれん。天田の家に行くぞ!」


 Let’s go!

 あたしには『天田の家に行くぞ』がそう聞こえた。



 天田太の家は学校からタクシーで30分、閑静な住宅街にあった。

 まあ、要は何処にでもありそうな建売住宅ということである。

 んで――。


「ふははははっ! 天田が異世界転生の修行期間に入ったと聞いてやって来た!」


 流星のヤツはインターホンに向かってそんな台詞を言い放った。

 普通は怪しむ。

 警察を呼ばれても不思議じゃない。

 と言うか、あたしなら警察を呼ぶ。

 SWAT出動だ。

 ぶっ殺せ。

 だが、だがしかし、天田太の母は扉を開けた。

 天照大神や瓜子姫だってもう少し警戒心があるだろう。

 だけど、天田太の母を見た時、そんな思いは消し飛んだ。

 天田太の母は憔悴していた。

 見てて、気の毒になるほどだ。

 それで扉を開けた理由が分かった。

 天田太の母は流星なんかに縋りたくなるほど追い詰められていたのだ。

 溺れる者は藁をも掴むのだ。


「ふははははっ! 邪魔するぞ!」

「え!?」


 天田太の母は目を白黒させた。

 自分を押し退けて家に上がる大男の姿に冷静さを取り戻したのだろう。


「ま、待って下さい!」


 流星は必死で止める母親を無視して2階に上がって行った。

 あたしはいかない。

 警察にしょっ引かれたくないからだ。

 あいつは腕利きの弁護士を雇ってもらえるだろうけど、あたしは庶民だ。

 退学になりたくない。


「……大丈夫かな?」

「んな訳ないでしょ」


 あたしは心配そうに呟く浅沼に言った。

 ドガッ! ガシャーン、ドタドタドタという凄い音が外にまで聞こえてくる。

 ふははははっ! という高笑いも。


「だ、誰か!」


 2階から天田太が飛び出そうとしたが、流星に首根っこを掴まれた。


「ふははははっ! 貴様、異世界に転生するつもりだな!?」

「しねーよ!」

「嘘を吐くな! 修行期間に入っているのは明白だ! いや、パソコンか、パソコンに何かが表示されるのか!?」

「されねーよ! 頭がおかしいのか!?」

「異世界に繋がる広告がポップアップされるのを待っているのだな! ふははははっ! 吾輩が毎日確認しにきてやろう!」

「帰れ!」


 ドカドカ、ガシャーンと音が響く。


「……取り敢えず」

「取り敢えず?」

「警察が来たら逃げるわよ」

「う、うん」


 あたしが言うと、浅沼は頷いた。



「ふははははっ! 異世界転生の邪魔してやったぞ!」

「よく警察が来なかったわね」


 警察の威信は地に墜ちた。

 もちろん、あたしの中でだけど。

 何がそんなに嬉しいのか、流星は意気揚々と道を歩く。

 ちなみに浅沼は帰った。


「異世界に転移するためのウィンドウが表示されるかも知れんからな。毎日来て確かめてやらなければ」

「明日から学校に来るでしょ」


 何度も確かめに行くぞと言ったのだ。

 脅迫に近い。

 は~、とあたしは溜息を吐く。


「アンタって、そんなに異世界に行きたい訳?」

「ふはは……」


 流星の高笑いが止まる。


「異世界になんぞ転移できる訳がなかろう。貴様は馬鹿か?」

「は!?」


 こいつ、真顔で言いやがった。


「じゃあ、どうしてこんなことをしてるのよ?」

「ふっ、信じていれば夢は叶うと言うではないか」


 流星は自信満々で言った。


「それが那由多の彼方でも十分だ」


 格好いいけど、何処かで聞いた台詞だった。

 この期に及んでパロディーだ。

 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?


「吾輩が思うに貴様ら庶民は簡単に諦めすぎなのだ」

「……」


 この釈然としない感は何だろう。

 内省的な言葉がちっとも出てこない。

 吾輩には異世界に転生した友がいたくらい言えばいいものを。

 まあ、要するにコイツは異世界に転移したいだけなのだ。

 しょうもない男だ。


「ホントにしょうもない」


 ふははははっ! という高笑いが閑静な住宅街に響き渡った。

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