Ep 1/8 朝起きたらモモンガにごすずんと呼ばれた朝 - カリカリの朝 -
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この時間のベルートさんはまだ眠っている。
宿泊客の姿も数人だけで、サラダとパンとハムの簡単なモーニングをそれぞれ口にしていた。
「あーっ、ボクチンだーっ、おはよーっ!」
「おはようございます、エドガーくん、レオパルドンさん♪ 今食事をお持ちしますね~♪」
「あ、いつもすみません……」
クルスさんが僕の分を手配するために厨房に向かった。
ティアの方は僕の肩の上の生き物に夢中だ。なのにレオくんは僕の背中側に隠れてしまった。
「おーい、ボクチン、おはよー? みょうなけんあるく、みつかったかー?」
「妙な剣、歩く? レオくん変わったもの探してるんだね……」
「ちがーうっ! 明星の賢者アルクトゥルス様だって、何度言ったら覚えるんだよぉっ、この鳥頭やろーっ!」
「いたたっ、爪は立てないでレオくんっ……。というか、二人は面識があったんだね……」
さすがティアだ、全く原形をとどめていない……。
怒りのレオくんの爪が学生服越しに肩へと突き刺さって痛いので、僕は彼を引きはがしてテーブルに乗せた。
「うん! きのねーっ、おともだちに、なった!」
「ボクチンは友達になった覚えないよーっ!」
「レオポン、ともだちは、そういうものじゃ、ないぞー。ティアが、ともだち、おもったら、ともだちだ。……むー」
ティアがレオくんに手を伸ばすと、レオくんはまた僕に飛び付いて背中側に回ってしまった。
レオくん、学生服が痛むから、爪を立てるのは止めて……。
「レオパルドンさんは、菜っ葉とカシューナッツでもいいかしらー?」
「朝からっ、カシューナッツ!? ボクチンそれ好き!」
そこにクルスさんが戻ってきた。
カシューナッツと菜っ葉が入った小皿をテーブルに置くと、レオくんが僕の肩を踏み台にして皿へと飛びついていた。
「エドガーくんもどうぞー♪」
「あ、レオくんのご飯代、僕が払います」
「気にしないで下さい。ただこの子に、私たちがご飯をあげたいだけですから♪」
「カリカリカリカリしてる……。ほわぁぁぁ……か、かわひぃ……♪ カリカリカリカリカリカリカリ……」
一般的なナッツ類よりやわらかい食感のカシューナッツを、レオくんは大事に抱えて無心にむさぼっていた。
食事に夢中で全く喋らないと、ただの獣に見えてくる……。
ティアはそんなレオくんに目を奪われては食事の手を止めたり、レオくんの真似をしながらパンをカリカリした。
ちょうど今なんて半開きの口元にパンを近付けたまま、そのまま観察に夢中で固まってしまっている。
そんなティアの様子は、レオくんの食事が終わるまで続いた。
「あ、そうだ。エドガー、またスッコン、つくってー?」
「明日の迷宮実習が終わった後ならいいけど……チーズケーキはいいの? もし片栗粉かトウモロコシ粉があれば、ボーロも作れるよ?」
「ぼーろ? ボロボロの、おかしかー?」
まるでボールみたいな発音だった。
でもボロボロのお菓子というのは、言い得て妙だ。
「うん、サクサクで、ちょっと崩れやすいお菓子だよ。口の中に入れると、唾液で簡単に溶けるから、きっと食べやすいと思うよ」
「ボクチンッ、それ食べたい!」
「ティアもたべたい! ボーロッ、ボーロつくって、エドガー! ママーッ、あとで、ざいりょー、かいにいこーなーっ!?」
小さくてコロコロしているから、きっとレオくんも喜んでくれる。
いや、モモンガからすると、硬いお菓子の方が食べがいがあるのだろうか。
「はいはい、わかりましたよ~♪ あ、レオパルドンさんも、お買い物手伝って下さいね~♪」
「無理だ、ボクチンには、やるべきことがある!」
「えーー……えー、えーー……いっしょに、いこーよ、ボクチン!?」
「ボクチンはごすずんの使い魔だ! ボクチンも学校に行く!」
「だ、ダメだよっ、それはっ! そんなことしたら、あっ……」
「ピィ……ピィィィ……」
もしかしてレオくんって泣き虫なのかな……。
今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、小さなモモンガが悲しみに震えた。
でも、さすがに学問所に喋る野生動物は連れていけないよ……。
「エドガー、おねがい。レオポン、つれてって?」
「そういうわけにはいかないよ……。ごめんね、レオくん。授業が終わったらまっすぐにここに帰ってくるから、それまで宿の仕事を手伝ってやってくれないかな……?」
「ごすずん、それは、ボクチンへの命令か……?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ピィィ……」
また泣き出しそうになったので、僕はアルクトゥルスのまねをすることにした。
アイツだったらきっとこんなふうに言う。
「め、命令だ! 僕が帰るまで、ティアとクルスさんを手伝――手伝え、レオ!」
「わかったよ、ごすずん! わーい、ごすずんの命令だーっ! ふんっ、ごすずんがこう言うから、乗り気しないけど手伝ってやる! 魔獣王の力に畏れおののけ、ガオーッッ!!」
これ以上ゆっくりしたら、学問所の正門が閉まって門衛さんのご厄介になることになる。
僕はテーブルを立ち上がり、ちょうど両手をかかげていたモモンガの頭を軽く撫でた。
「行ってくるよ。ボーロ楽しみにしててね」
「うん! エドガー、いってらっしゃーい、ティアも、おしごとがんばるぞー!」
「ごすずん、いってらっしゃい!」
さあ行こう。立ち上がって宿の出口に向かった。
「わっ!?」
ところが僕の進路を、女魔法使いのステラさんがふさいでいた。
いやふさぐだけじゃ止まらず、僕をいきなり抱きしめて、その大きな谷間へと顔面を押し付けてきた……。
「あたいも期待してるよ、坊や」
「い、い、いっ、行ってきまひゅ……!」
僕はきれいで胸の大きいお姉さんから逃げ出した。
ある日、急にステラさんに好かれるようになったような気がして、僕は当惑している。
まさかこれも、アイツが勝手なことをした結果じゃないかと思うと、アイツが恨めしくなったり、事情を聞くのが怖くなったりもした……。




