Ep 5/9 魂を食らう者 - 始まりの酒場 -
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エドガーの治癒のスコーンは、あの後、店の連中に振る舞われてたちまちに大好評を得た。
何せポーション代わりにすらなってしまう軽食だ。
生傷の生えない冒険者たちからすれば、美味い上に傷を癒してくれる夢のような食べ物だった。
あのスコーンは金儲けにもってこいだ。保存はきかないが、低コストで作れるポーションのようなものだ。
しかしそれを使って一稼ぎしようという発想が、エドガーの頭の中にはまるでなかったようだ。
よって治癒のスコーンは、『運が良ければ丸白鳥亭で食べられる知る人ぞ知る不思議な菓子』といった立ち位置を守り、丸白鳥亭のリピーターをジワジワと増やしていった。
賑わいの証拠か? それならちょうど今、目の前に転がっている。
俺は飲水に睡眠薬を盛ってエドガーから肉体の支配権を奪い取り、己の部屋を出て、階下の大騒ぎを見下ろした。
酒場宿らしい騒がしさだ。
ブドウ酒やビールの臭いが立ち込めている。
冒険者たちが声を張り上げ、そんな荒っぽい酒宴をカウンターのベルートが上機嫌で眺めている。
向こうも俺に気づいたようなので、階段を下って彼の前に立った。
「おや、お早いお目覚めで」
「……アンタは勘が鋭くてたまらん」
すぐに俺がエドガーでないことを彼は見破った。
まあ、鏡に向かってみるとよくわかるが、俺の方は目付きというか、人相が全体的に悪いからな。
「フフ……何か飲みますか?」
「酒と言ってもまたあの偽物を出すのだろう? それで我慢してやる」
「かしこまりました、少しお待ちを」
己の体重を遙かに超えた肉塊を持ち帰ってきたり、つくづくこのベルートという男はわからんやつだ。
だが信頼はできる。コイツはきっと――きっとただの親バカだ。
ベルートが器用な手先で、酒気を含まない偽物の酒を作り出してカウンター席に置いた。
それを俺は一気飲みであおり、まず急いでいることを印象付けた。
「味だけは美味かった。まあ、こういうのも悪くないかもな」
「おや、この前と評価が変わりましたね」
「ああ、成人するまで酒の味を楽しめないよりはマシだ。……それよりアンタに聞きたいことがある」
「それはまた奇妙な言い方ですね、まるで一度成人したことがあるかのような。ああそれで、何を聞きたいので?」
「実はな、いきなり変なことを聞くが――この付近に呪われた古戦場や、お化け屋敷はないか? できれば、朝までに帰ってこれる距離がいい」
「フフ……確かにおかしな質問ですね。ふむ、お化け屋敷に古戦場ですか……」
ベルートは酒場の仕事を進めながら、しばらくじっくりと考えてくれた。
何せ変な質問だからな。即答はこっちも期待していない。
後ろを振り返ると、あのステラとかいうおっぱい魔法使いにウィンクを飛ばされた。
熟睡中に言ってもしょうがないが、アレには気を付けろよ、エドガー。
「そうですね、空き家やお化け屋敷の類はいくつかありますが、曰く付きの土地をお望みというならば、やはりアクショでしょうか」
「場所は?」
「通称・ならず者の町アクショ。王都を南門側に抜けて郊外に出て、そこから街道を外れた先にある町です。あの辺りは湿地帯でして、何かと居住にそぐわないのですが、かといって街道からも外れているため商業も根付かず……昔から、王都から追い出された犯罪者たちや、貧民の受け皿となっているのですよ」
要するにスラム街か。条件としては悪くない。
「古戦場ではありませんがね、何かと怪談話が絶えない妙な土地です」
「なかなか悪くなさそうだ。助かったぞ、ベルート」
「いえいえ。ですが無茶が過ぎるのではないですか。……もう一人のエドガーくん」
「ククク……エドガーか」
「ええ。実はあなたのことをエドガーから相談されました」
「口の軽いやつだ……」
俺がエドガーを出し抜くように、エドガーも俺を出し抜いてくれたようだ。
驚いたな、全く気づかなかった。
「それだけわたしを信頼してくれているのでしょう。夜中に勝手にあなたが動き出したら、監視と報告をしてほしいと彼に頼み込まれました」
「なら黙っておいてくれ、あいつを困らせたくない」
「ならば理由を教えて下さい。なぜアクショのような危険な土地に、わざわざ行きたがるのです」
「エドガーを守るためだ」
「はて、何か彼に問題でも?」
「エドガーは次期公爵に喧嘩を売った」
ベルートはグラスを磨く手を止めて、続いて俺の言葉を信じてくれたのか薄く微笑んだ。
エドガーはあの性格だ、普通ならば信じてなどくれないだろう。
「驚きました」
「驚いたのは俺もだ。その公爵のせがれはあのソフィーの許嫁でな、まあ最初にケンカを売ったのは俺なんだが……とにかくエドガーはヤツのしかけた罠にかかり、あわや仲間ごと殺されかけた。いまだにその禍根は消えていない。エドガーがやつの腹に拳をねじり込んでくれたからな」
「フフフフ……彼が怒ったらさぞ恐ろしいでしょうね。普段あれだけいい子な分、反動というものがありますから。わかりました、ではわたしもお供しましょう」
「……なんだと?」
冒険者酒場という荒っぽい仕事柄か、ベルートは常に腰にレイピアを身に付けていた。
それを引き抜き、俺の前で軽く彼はしならせて見せた。
「アクショには非常に危険な場所があります。紹介した以上、あなた一人で行かせられません」
「いらん。力を貸してくれるというなら、今度エドガーに剣の稽古を付けてくれ」
「それは構いませんが……本当にお一人で大丈夫ですか?」
「平気だ。……いや、やはり少し力を貸してくれ。姿を隠せるローブのようなものはないか?」
この身体能力を駆使するとなると、正体を隠すものが必要になる。
夜間に王都の外壁を抜けるならば、なおのことだ。
「ええ、それなら沢山ありますよ」
「助かる。……いや、沢山、だと?」
「はい、ローブはたくさん持っておりますので、一着お貸ししましょう。さ、こちらへ」
「あ、ああ……。アンタ、だいぶ変わってるな……」
俺は酒場宿の奥に導かれて、謎多き男ベルートの部屋に踏み入った。
Ep 6/9 魂を食らう者 - ならず者の町アクショ -
まさかあのベルートが、フードローブを13着も所有する変人だとは思わなかった。
「朝までに帰ってこなければ、探しに行きますからね?」
「俺にそんなお節介はいらん。早く寝てティアと遊んでやれ」
「あなたくらいの歳の子が、夜中にあんな土地に行くというだけでも、こっちは心配になるのですがね……」
「アンタ、意外とお節介だな……」
「はい、よく言われます」
そんなこんなだ。俺はベルートから紺色のローブを借りて、一迅の風となって王都を駆けた。
大きな通りは避け、裏通りの闇から闇へと走り抜ける。
この肉体に秘められたあるべきポテンシャルを使いこなせば、都の南門などそう遠いものではなかった。
「おい止まれっそこのっ! 止まれと言っているだろう、怪しいやつめ!」
「逃げたぞっ、追えっ、追えーっ!」
ローブを借りたのは、全力を出しても姿を隠せるというのもあるが、夜間の門を抜けるためでもあった。
昼間は通行自由な王都の大門も、夜間は通行規制がかかる。
こんな時間に都を行き来しようとするやつなど、怪しいに決まっているからな。
「追ってくるな、俺は別に怪しい者ではない」
「なら止まれ!」
「断る」
検問を飛び越えて門を抜けると、やつらは馬まで駆り出してきた。
無数のひずめの音が背中を追ってきたが、こっちは朝までに戻らないとベルートが探しにきてしまう。
自重せずに俺は人力で騎馬をぶっちぎった。
我ながら素晴らしい肉体だ。素晴らしい研究成果だ。
暗闇の中を兵士に追われながら走るのは、なかなかスリリングで楽しいひとときだった。
エドガーから、人生を奪い取りたくなるほどにな……。




