Ep 7/7 初めての迷宮と鋼と復讐者 2/9 - 537番 -
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レイテ先生が話を締めくくると、各クラスの列が崩れて、生徒それぞれがカテドラルの奥を目指し進み出した。
一方の僕はその場に立ち止まってソフィーの姿を探す。
そうしていると、誰かに後ろから力強く肩を叩かれていた。
「あ、リョースくん」
「緊張なんかしてねーで気楽にいけよ。初めての実戦はよ、誰だってしくじるもんだ。ヘマって当然くらいに思っとけ」
「そうかな、そうかも……。うん、そう思うことにするよ」
「おうっ、んじゃ行くわ。俺をハブりやがったソフィーによろしくな!」
「そのこと、まだ根に持ってるんだ……」
「当たり前だろ。……と言いたいところだが、お前と一緒だと、良いところ持って行かれそうだから別にいい。そんじゃ後でな」
リョースくんと組めたら何もかもが安心だったのに……。
ついそう思ってしまったけど、きっとそれは僕の弱い心が生んだ依存心だ。
僕はこういう性格だから、リョースくんみたいに頼れる人を無意識に探して、甘えてしまうところがあった。
こんなのいけない。天国から爺ちゃんが僕を見ているんだ。
人に依存して生きる姿なんて見せたら、爺ちゃんを余計に心配させちゃうよね……。
そんな思いを胸に抱きながら魔法科の列が崩れてゆくのをじっと眺めていると、ソフィーのよく目立つ髪色が目に映った。
すぐにソフィーも僕を見つけてくれたみたいで、あの屈託のない笑顔を浮かべて駆けてきた。
「エドガー様、ソフィーはエドガー様とご一緒出来て光栄ですの」
「ソフィーとティアはいちいち大げさだよ。お昼にも一度言ったけど、今日はよろしくね」
当然のことだけど、貴族である魔法科の方から英雄科側にやってくる生徒なんて、その逆も含めて彼女の他にいるはずがない。
ソフィーは相変わらず、立場やしがらみを全く気にしない人だった。
「こちらこそですの。ふふふっ、さあ、わたくしたちも行きましょう、エドガー様っ!」
「わっ、ちょ、ちょっと……っ、ソフィー……ッ」
ソフィーの清らかで細い手が、僕を元気いっぱいに引っ張った。
まるでお祭りに夢中になった女の子みたいにグイグイと引っ張って、僕をカテドラルの奥へと導いてゆく。
なんだかこういうの、好かれている感じがして嬉しいな……。
「ごめんなさい、エドガー様。わたくし今日がとても楽しみで……」
「その気持ちならよくわかるよ。僕も今日のために、教練を必死でがんばってきたから……」
「ふふっ、それはわたくしもですの。攻撃魔法の授業は、今まであまり気乗りがしなかったのですが、わたくしがやさしい方のエドガー様を守らなければと思うと、とても熱が入りまして!」
ソフィーは今日も一言余計だったけど、一緒に切磋琢磨しているこの感じは悪くなかった。
僕とソフィーは明るく言葉を交わしながら、カテドラルと呼ばれるこの奇妙な空間を進んでいった。
もしもこの場所を一言で表現しろと言われたら僕は、螺旋を描く地下大空洞と答える。
中央には祭壇のようなものと、それと昇降機が置かれていて、それが遙か穴底の果てまで続いていた。
とても人間が作り出した場所とは思えない……。
頭上を見上げると魔法仕掛けの照明がまぶしいほどに真っ白な光を放っていて、けれどそれも螺旋の道を下ってゆくにつれて、徐々に徐々にと陰ってゆくのがわかった。
光が青白い岩盤に反射して、それがまた反射して、下れば下るほどに世界が蒼くなってゆく。
左手を見れば扉、扉、扉。その扉の全てに番号が振られていて、そのうちのいくつかに生徒たちが待機していた。
翡翠の飾りが掛けられている扉が下級迷宮の目印なら、あの孔雀石や瑠璃の飾りの扉はもっと危険な世界に続いているのだろう。
「わたくし、王都の地下にこんな場所があるだなんて、知りませんでしたわ……」
「うん、それになんだか不思議な場所だね……」
聖堂という大げさな名称にも半分だけ納得がいった。
というのも、厳かで神聖な雰囲気を持っていたのは上層部分に限った話で、螺旋を下れば下るほど、暗く蒼くなってゆく世界はただそれだけで不気味だった。
まるで聖なるものと、汚れたものが、同じ場所に重なって存在しているかのようだ。
やがて空の照明が闇を照らし切れなくなると、壁に白い魔法の照明が配置されるようになって、僕たちはその明かりにホッとした。
灯火の灯る場所が人の領域だ。
故郷の神父様は教義とは関係のない説法をするのが好きな人だった。
「恐らくは、この場所が元々持っていた性質を借りたのだろう。養殖場を建てるにしても、それに適した土地が必要になる。悔しいがここを作ったやつは天才だ」
「エドガー様……? ぁ……」
意識が急激に遠退いた。
頭に霧がかかったかのように認識力が落ちていって、それからふと気づいたら、僕の手は恐れ多くもはソフィーの頬に触れていた。
妙なのはそれだけじゃない。ソフィーが僕に潤んだ目を向けていて、またいつものようにほんの少しの時間が飛んでいた。
「わっ、ご、ごめんっ……」
「うふふっ……わたくし、少しずつエドガー様のことがわかってきましたわ。……ここを作った人は、とてつもない才覚の持ち主だったでしょうね」
「え? あ、うん、そうだろうね……」
扉の番号を目で追ってゆくと、螺旋を一巡するたびに扉の番号の3桁目が1つ増える。
今は5層目のようだ。僕たちに割り振られた番号は537番なので、もうすぐそこまできていた。
ここまでやってくると人影が少なく、天井の照明もほとんど届いていなくて、相応に不気味だ。
事前の説明によると今回の迷宮実習では、魔法科の生徒が1人、英雄科の生徒が3人の、4人編成で行うことになっている。
できればクラスメイトだと嬉しい。もしも嫌な人が僕たちのパーティメンバーだったらどうしようと、今さら不安になってきているからだ……。
ついリョースくんのことが頭にちらついて、人に頼りっぱなしの自分に自己嫌悪した。
リョースくんなら僕みたいなヘタレを受け入れてくれるけど、現実はああいう人ばかりではない。
成績が欲しい生徒ほど、僕と組むのを本気で嫌がるだろう。
そんな臆病風に吹かれているうちに、僕たちは537番の扉と、そこに待機している二人組を見つけてしまった。




