Ep 5/7 二人のティアとアーモンドクッキー with カステラ 6/6 - 魔力のカステラ -
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今日は特に介入する必要がなかった。
戦いと研究にしか能がない俺が出ても、かえって邪魔でしかないからな。
しかし大人しくしていたかいもあって、今日は支配権に余裕がある。
そこでエドガーが就寝するのを待つと、俺は身を起こして自室から酒場の方へと降りていった。
エドガーが寝た隙に鍛錬や、肉体改造のための調合をするなど、昔は日常茶飯事だった。
「おや、寝れませんでしたか?」
「いや、起きているように見えて、これで今も寝ている状態なのだ」
まだ14歳の身体で、さも当然とカウンターに腰掛けた。
ここは冒険者と、その連ればかりの酒場だ。仕事柄が近いせいか、傭兵や軍人の姿もあった。
「フフ、謎かけか何かでしょうか。ああそうそう、あのアーモンドクッキーはお客様に出せませんが、カステラの方はおかげさまで大好評です」
「そうか。異国の食い物だが、ここの連中の舌に合ったようで良かった」
ベルートの目配せを追うと、魔法使い風の姉さんがラム酒と一緒に黄色いカステラをつついていた。
チビチビと大切そうに塊を崩し、薄笑いを浮かべながら口へと運ぶその姿は、酒で出来上がっているのもあいまってか、誰がどう見ても幸せを噛みしめていた。
賢者アルクトゥルスの来世は軟弱だが、傲慢だった俺が持とうとはしなかった強い力を持っていた。
言わばそれは『人を幸せにする力』と言えるのかもしれない。エドガーは俺とは志向そのものが異なるのだ。
「ステラさん、こちらがうちのお菓子職人のエドガーです」
「待て、職人の顔などどうでもいいだろうっ!?」
ステラと呼ばれたでかい乳の女魔法使いは、酔っているのもあってか最初こそ鈍かった。
だが言葉の意味を頭が理解するなり、皿を抱えて俺の隣にわざわざ席を移動してきて、好意を隠そうともせずに笑った。
「アンタのコレ気に入ったよ! この前のラングドシャも口の中でポロポロと崩れて美味しかったけどね……。でもこのカステラは別格と言ってもいいよ! メープルシロップだけでこんなに甘くなるなんて、あたしにはとても信じられないよ!」
「ま、待て、酒臭い女がくっつく――ムギュゥッッ?!」
エドガーは小柄な14歳だ。おまけに少年として顔が整っているので、どうしても若く見られるところがある。
大人のお姉さんとしては、そんな少年を胸の谷間に埋めることなどなんということはないらしいな。
「ステラさん、その子はもう14だそうです。そんなことをしたら、エドガーくんがこの後に眠れなくなってしまいますよ」
「そうだぞ、これは立派なセクハラだ! お前みたいな酒臭い女がこの俺を――ンブゥゥッッ?!」
下手に暴れると、エドガーがたっぷんたっぷんの谷間で目覚めることになる……。
そうしたらそれこそ、エドガーは一睡も出来ずに翌朝を迎えることになるだろう。……それはそれで、少し興味深い結末だがな。
「こんなにかわいい子が作ってるなんて、あたしゃますます食べるのが惜しくなってきたよ。なぁ、エドガー坊や、よかったらあたしの部屋に泊まってかないかい……?」
「ステラさん、わたしが娘と妻にはっ倒されかねないので、そういった誘惑は遠慮して下さると」
「いい加減離せっ、この酒臭おっぱい!」
俺は女ったらしを自覚しているが、こういうのは趣味ではない。
つまらん性癖語りになるが、俺は狩られるよりも狩る側が好きだ。食われるのは趣味ではない!
「そのくらいあたしが感動してるってことだよ、坊や」
「坊やは止めろ……!」
こんな小娘に、このアルクトゥルスが坊や扱いを受けるなど屈辱だ。
たぷんたぷんとした感触が頬にまだ残っている。この肉体の、若さが憎い。たぷんたぷんが頭から消えない……。
「とにかくさ、坊やのこのカステラは凄いよ。なんだか魔力が回復してゆくような、そんな感じさえするほどだよ」
「んな都合の良い食い物がわけあるか! そんな物があったら俺の方が――いや、だが、実際に見たところ、ふむ……」
失礼な女魔法使いがラム酒をカステラにたらして、木のフォークでそれを口に運んだ。
俺は目を凝らしてその姿を観察して、本当に魔力が回復しているらしい事実に、眉を険しくしかめた。
「そんな歳でそんな顔しても、ちっとも恐くないよ、坊や。むしろかわいくてニヤケちゃうくらいさ!」
「ベルート、どう思う?」
「ええ、よく観察してみると、これは本当に回復していますね」
魔法の素養がなければ判別など付かない。
口を合わせただけでなければ、ベルートにも魔法の才能があるのかもしれん。まあそこはいい。
「また作っておくれよ」
「わかった。昼間の俺にそう伝えておいてくれ、ベルート」
エドガーについてだが、前からどこかおかしいとは思っていた。
どういうわけか、俺がそれとなく魔法を覚えさせようとしても、エドガーは術を全く使いこなすことが出来なかった。
アルクトゥルスの巨大な魂を継承した時点で、使えて当たり前だというのに、全く才能の片鱗すら見せなかったのだ。
自分は平民だから、魔法が使えないと本人が思い込んでいるせいだ。そう思ってきたが――本当に才能がないのかもしれない。
そしてその代わりが、この力という可能性もある。
どちらにしろだ。最果ての賢者として、再びやり直すための才能とは言えん。それこそ宿を開いて、人と共に平和に暮らすための才能だった。
「ベルート、俺もラム酒が飲みたい」
「それは大人になってからです。妻に知れたらわたしがお説教されてしまいます」
「男が尻にしかれて喜ぶな! それに俺の精神は既に成人している!」
「屁理屈を言わないで下さい。精神が大人でも、身体がお子様なら酒など出せるわけがないでしょう」
「マセたお子様だねぇ。ベルート、酒気のないカクテルを奢ってやんな」
返事の代わりに出された酒は、青白く、澄んでいて、わずかな光を放っていた。
特定の材料を使うとこうなると、前に聞いたことがある。これは酒と言うよりもジュースの匂いだ。
試しにあおってみると、やはり奇妙だった。
「どうだい、エドガー坊や?」
「酒の味がするのに酒ではない。不思議な飲み物だな……」
「皆さん、最初はこぞってそう言いますよ」
飲んでも酔えない酒か。なんのために存在しているのやらわからん。
それにおっぱい女に絡まれて疲れた。もう戻って寝るとするかな……。この女にこれ以上からまれると、エドガーが起きてしまいかねない。
明日は――まあよしとして、来週の金曜にソフィーとエドガーが迷宮で実習か。
魔法の使えないエドガーに、ソフィーをそのまま任せるのは少し不安だな……。ならばそうだな……。
「ベルート、悪いがティアに伝言を頼む。木曜にまたアーモンドクッキーをごちそうするので、材料の用意が出来たら声をかけてくれ、とな」
「わたしの口からそれを伝える権利を下さいますか。ええ、喜んでお伝えしましょう。……わたしがあなたにお願いしたことにしてもいいですか?」
エドガーの就寝中に酒場に下りるのは、一度や二度目ではない。
ベルートはとっくに俺とエドガーが別の人格であることに気づいていたが、仕事柄か詮索しようとはしなかった。
「好きにしろ」
「とはいえ、あまりティアが怪力になると、何かしでかさないかと、わたしの方は心配になるのですがね……。まあ、あのクッキーは副業の方でも重宝しそうですし、必ず伝えておきましょう」
「なんだい、エドガー坊や、あたしの部屋には来てくれないのかい……?」
「行くわけがないな。俺は食うのは好きだが、食われるのは嫌いなんだ」
「あっはっはっ、わがままなお子様だねぇ! ならあたしを食ってごらんよ?」
「その手には乗らん」
さて、これでどんな結果になってくれるかな……。
あの怪力をもたらすクッキーで、エドガーが活躍してくれると、後ろから見ている俺はなかなか楽しめるのだが。




