45. 欲しいものは力尽くで奪う主義
思い起こせば出会いは最悪だった。
事故といえば事故なのだが、とてもじゃないが恋に落ちる雰囲気ではなく、二度と会うこともないだろうと思っていたのに。
領地視察と称してユルグ辺境伯領に滞在したのはいいが、中央貴族のくせにあっという間に辺境伯家に溶け込んでしまった。
のんびりしているように見えて一癖ある兄のクルシュとも、いつの間にか親友になっており、両親からの評価もすこぶる高い。
「私だって素敵だと思ってるもの」
女子会でも言ったが、何不自由なく育ったジョバンニを、魔物が多発する辺境の地に留め置くことは憚られた。
空気を読まず思い立ったら所嫌わず迫ってくるのは困りものだが、一緒にいるととても楽しく、少し会えなかっただけでこんなにも寂しい気持ちになってしまう。
「なんだかすごく、モヤモヤする」
困ったことがあれば、いつも力尽くで解決してきた。
駆け引きができず、脳筋を素でいく性格なため、良い考えが何も思い浮かばない。
王太子ウルドの命で、次期侯爵として突然結婚をすることになったとクルシュに聞いた。
従わざるを得ない状況だったのか、それともフレデリカに愛想が尽きたのか……。
「もう、ダメなのかな……?」
ユルグ辺境伯家にも是非ご出席いただきたいと、先日グレゴール侯爵家から招待状が届いたのだ。
「諦めないって、言ってたのに」
ジョバンニに貰った短剣をポンと投げる。
クルクルと弧を描きながら落ちてくる刃先を、二本の指の間に挟むようにして受け止め、またポンと投げた。
「……ジョバンニ様の、嘘つき」
クルクルと宙を舞いながら落ちる様子を眺めながら、フレデリカは悲しげに目を閉じた。
結婚式にはユルグ辺境伯が代表として出席することとなり、昨夜領地を発ったのだが……。
一晩中眠れず、明け方、けたたましく警報音が鳴り響く。
夜番だったフレデリカが大剣を片手に自室のバルコニーから飛び出すと、ジョバンニが初めて泊まった日同様、パトリシアに射られたワイバーンが藻掻きながら突っ込んで来る。
「また中途半端に射て……ちゃんとトドメを刺さないと駄目じゃない」
すべてに於いて、まだまだ半人前のパトリシア。
やはりこのまま自分が領地を出るわけにはいかないと、フレデリカは溜息を吐いた。
バルコニーの手すりに足をかけ、屋上へ飛び移ると、ワイバーンへと一目散に駆けていく。
力任せに大剣を振り下ろし、ワイバーンの首を一刀両断する。
動かなくなった身体の上で、何かに吹っ切れたように昇る朝陽を見上げた。
「いくら考えても答えが出ないなら、考えるだけ無駄だわ」
――ユルグ辺境伯家は力がすべて。
欲しいものは力尽くで奪えと、敬愛する母ノーラが言っているのを聞いたことがある。
「もし駄目なら、その時に考えればいいじゃない」
母も含め、うちの女性達はどうしていつも考え無しの行き当たりばったりなんだと、おおらかな父が愚痴を漏らす姿を、そういえば幼い頃に見たことがある。
「遺伝だもの、仕方ないわね!」
よし、と一つ頷いて、フレデリカはその足でクルシュの部屋へ向かい、扉を蹴破ると、胸倉を掴んでガクガクと揺さぶり叩き起こした。
「お兄様、行きたい場所があるの!」
「んんん……お前もう少し起こし方というものが……」
「警報が鳴っているのに、のんびり寝ているお兄様もどうかと思うわ!!」
むにゃむにゃと寝ぼけるクルシュを無理矢理立たせ、まずは腹ごしらえだと食堂に引きずるフレデリカを、ノーラとパトリシアが呆れ顔で眺めている。
「フレデリカ、今度は何なの?」
「お母様、本日は午後から、お兄様とお出掛けをしてきます!」
うじうじ悩むなんて自分らしくない。
ここしばらくの暗い顔が嘘のように、明るい表情でフレデリカは宣言する。
「そうそう、大きなお土産を持ち帰る予定だから、部屋を一つ空けておいてください!」
フレデリカの言葉に、その場にいた皆が顔を見合わせた。
グレゴール侯爵家の結婚式は本日の午後。
身内や親交の深い貴族だけで挙式し、後ほど別日程で大々的に披露宴を行うと聞いている。
つまり、まだギリギリ間に合うということ。
「式場はグレゴール侯爵邸から、走ればニ十分程度の距離。お兄様、グレゴール侯爵邸まで送ってください!」
「お前、僕をなんだと……まぁそうなると思っていたけど」
だから僕は領内に残っていたんだと付け足すと、クルシュはフレデリカの頭をくしゃりと撫でた。
「後のことは何とかするから、好きにやりなさい」
面白くなってきたと頬を緩めるノーラ。
「後で話を聞かせてください!」
パトリシアとラウラは、目を輝かせて嬉しそうにしている。
「駄目なら女子会で愚痴を聞いてあげるわ」
ちょっぴり偉そうに……でも口元を綻ばせて背中を押してくれるアマンダ。
「さぁお兄様、急ぎ準備をするわよ!!」
力尽くで奪って、それでもダメなら後から考えればいいじゃない!
……そんな自分を、ジョバンニは好きだと言ってくれたのだから。







