31. 我慢するのはもうやめだ
「殿下の一件で気分を害してしまったのではないか?」
心配するグレゴール侯爵家の人々と、終始物思いにふけるジョバンニ。
結局フレデリカはあれから体調不良ということにし、部屋で過ごさせてもらった。
ジョバンニが御見舞いを申し出てくれたが丁重に断り、出立の時間まで部屋でゆっくりと休ませてもらうことにしたのだ。
「フレデリカ、最後にジョバンニと話をしなくていいのか?」
今日は王宮で一時的に保護されている二人の令嬢を迎え入れるため、早々にグレゴール侯爵領を発つ必要がある。
最後に話をしたほうがいいのではと何度もクルシュに問われるが、平手打ちをした上、何を話したら良いかも分からない。
グレゴール侯爵夫妻に礼を述べるなり俯き、ジョバンニとは言葉を交わさず、フレデリカは逃げるように馬車へと乗り込んだ。
「お世話になりました。ユルグ辺境伯領にも、是非遊びにいらしてください」
深々と一礼し、フレデリカに続いて馬車に乗り込もうとしたその時、クルシュの肩を後ろからジョバンニが力強く掴んだ。
「すまん、クルシュ。少し話をさせてくれ」
強引に後ろへ下げると、ジョバンニは扉に手をかけ、そのままフレデリカの乗る馬車へと上半身を割り込ませる。
「何をしているんだ、ジョバンニ!!」
「お兄様!?」
このような無作法をする男ではなかったはずなのに。
一体どうしたんだと、グレゴール侯爵家の人々が驚きの声をあげた。
「失礼する。フレデリカ、少し話がしたい」
「グレゴール卿!?」
「……ジョバンニだ」
またもやフレデリカを呼び捨て。
さらに真摯な彼らしくもない無作法に、馬車内に座していたフレデリカは思わず身を固くする。
「グレゴー……ッ」
「ちがう。ジョバンニ、だ。言ってごらん」
「……ッ!?」
扉を掴んでさらに中へと身を乗り出すと、ジョバンニの体重が片側にかかり、馬車がギシリと揺れた。
昨日に引き続き、押しが……押しが強すぎる。
「ジ、ジョバンニ様……」
「うん」
フレデリカを見下ろし、指で顎を持ち上げると、二人の視線が交差する。
愛おしさ全開、気持ちを隠そうともせず、魅惑的な微笑みを浮かべる白銀の貴公子。
ジョバンニが女性に言い寄る姿など初めて見たグレゴール侯爵邸のメイド達から、キャーッと黄色い声が上がった。
「昨夜は眠れた?」
「少しだけ、夜更かしをしてしまいました」
自分でもビックリするほど小さな声が出てしまう。
目も合わせず、避けるように馬車に乗り込んだのに、こうやって追いかけて来てくれた……。
フレデリカへの視線はそのままに、そうか、と相好を崩すジョバンニがなんだか眩しくて、逃げてばかりの自分が情けなくて堪らなくなってしまう。
知らないうちにこんなに好きになってしまっていたのだと、嫌でも思い知らされてしまうのだ。
「父上から今朝、前向きな回答をもらった。君さえ良ければ、婚約を進めさせてもらいたい」
「……!!」
これまではジョバンニ個人として婚約の話をされていたため、のらりくらりと躱していたが、グレゴール侯爵家として申入れをされるとなると、こちらも早々に回答をしなければならない。
領地から出られないフレデリカの結婚相手は、どうしたって命の危険が伴う辺境の地に留め置かれる。
たった数日魔物が襲来しただけで、目の下にクマを作っていたジョバンニには酷な話だし、いつ死んでもおかしくない危険の中に、身を置かせたくはない。
両親はフレデリカに領地を出ても構わないと言うが、現実問題としてそれは難しいだろう。
……しかもこんな、引く手あまたの御令息である。
このまま自分と結婚したら、きっと後で後悔するに決まっている。
自分の気持ちはどうであれ、この婚約の話は無かったことにするのが一番丸く収まる良い方法なのだと、フレデリカには分かっていた。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、申し訳ありません。ジョバンニ様とは、結婚できません」
相手が本気なら尚更、中途半端に気を持たせず早く返事をしなければならない。
それでもやっぱり、思ってもいないことを言うのはつらかった。
「……そうか」
俯きながら、フレデリカが呟くように告げると、ジョバンニは一瞬目を瞠り……それから小さく溜息を吐いた。
婚約を断れば、もう領地に遊びに来ることもない。
きっと、これが最後だ。
そう思ったのも束の間、ジョバンニはさらに馬車の奥へと身を乗り出し、フレデリカを腕に閉じ込めるように手をついた。
「一夜明け、避けられてからずっと考えていた」
「何をですか!?」
「王太子の誘いにすら手を振り払う君のことだ。いくら酩酊していたとしても、俺のことが嫌いなら、頬に口付けされた時点で怒り狂うだろう?」
図星を突かれ、ギシリと動きを止めたフレデリカの耳元へ、囁くように告げる。
「諦めが悪くてみっともないが、我慢するのはもうやめだ」
ジョバンニは熱のこもる瞳で困ったように微笑むと、フレデリカの手を取り、甲に優しくキスを落とした。
「言っただろう? 君に惹かれていると。俺を嫌いじゃないのなら、まだ望みはあると思ってていいかな?」
優しい口調とは裏腹に、触れるジョバンニの手が強張っているのが分かる。
自分で断っておきながら、この手を拒否したら本当に終わるのだ思うと、どうしても振り払うことが出来なかった。
拒否されなかったことにホッとしたのか強張った手が弛み、そのまま屈むと、フレデリカの額にそっと口付ける。
「フレデリカ、好きだよ」
「……ひぇ!?」
反射的にジョバンニを押し退け、口付けられた額に手を当てながら、フレデリカはわなわなと震え出した。
「やっぱりお断りです!!」
真っ赤な顔で震えるフレデリカを瞳に映し、ジョバンニは楽しそうに声をあげて笑うと、颯爽と馬車を降りる。
吹っ切れたようなジョバンニの言動に、呆れ顔のグレゴール侯爵一家。
向けられた視線に改めて気付き、フレデリカは恥ずかしさのあまり目を伏せた。
「ああ、そういえば馬車の扉を開けたままだったな」
「ジョバンニ、相変わらずだな……。多くは伝えられないが、本気でフレデリカが欲しいなら、死ぬ気で鍛えてこい」
「勿論そのつもりだ」
馬車を囲むギャラリーに今のやり取りが筒抜けだったのだが、ジョバンニは気に留める様子もない。
笑を堪えながらその肩にポンと手を置き、ジョバンニと入れ替わるようにクルシュが乗り込み、馬車が出発した。
膝を抱えて丸くなるフレデリカの正面に腰掛け、クルシュは馬車の窓からグレゴール侯爵家の人々へと手を振ったのである。
***
「本日は遠方よりご足労いただきまして、ありがとうございます」
王宮入口の広間でクルシュとフレデリカが待っていると、厳重な護衛に囲まれ、二人の令嬢が姿を現した。
さすがは中央貴族。
美しいカーテシーで挨拶をする。
「聴取の際はありがとうございました。こちらは妹のフレデリカです」
「まあ、貴女がフレデリカ様。わたくしはラウラ・サリードと申します。こちらの御令嬢はアマンダ・ルアーノ様です」
自己紹介が終わったところで、王太子ウルドが遅れて到着した。
ウルドの庇護を受け、王宮に滞在を許されていた二人の令嬢が深々と頭を下げる。
「昨日ぶりだな」
ウルドは軽く会釈をし、そのままフレデリカに歩み寄ると気安く声をかけた。
「気は変わったか?」
「……変わりませんし、今後も変わる予定はございません」
眉間に皺を寄せながら、フレデリカはそっけなく返答する。
そうかそれは残念だと微笑む王太子を、ラウラは驚いて見詰めていた。
王妃直属の筆頭侍女を務めている間、ウルドとは何度も話す機会があったが、こんなに自然体で普通の青年のような姿を見るのは初めてである。
と、フレデリカの首元に気付いたウルドが、面白そうに口端を歪ませた。
「はは……ジョバンニめ、早速牽制してきたか。本当に分かりやすい男だ」
「?」
何を言われているのか分からず、キョトンとするフレデリカ。
面倒臭いことになりそうな予感がしたクルシュは、フレデリカの手を引き、身体の後ろへササッと隠した。
「ご想像のとおりです」
「なるほど、これは先手を取られたな」
一瞬目を丸くし、「一足遅かったか」とウルドは楽しそうに声をあげて笑う。
何の話だとクルシュに詰め寄るフレデリカに目を向け、ラウラはひとり物思いに耽っていた。







