23. 嫌々ながらも
「ジョバンニ! これはどういうことだ!?」
ユルグ辺境伯から届けられた書面を確認するや否や、グレゴール侯爵はジョバンニを呼びつけ、問い質した。
「宿なら王都にいくらでもあるだろう。何なら、こちらで手配してもよい。なぜ我が屋敷に泊まる必要があるんだ!?」
「先日の視察で、クルシュと友誼を結んだのです」
ジョバンニは書面に目を通し、嬉しそうに語りはじめた。
「詳しくはお伝えできませんが、サリード伯の馬車襲撃事件……ウルド殿下は事態をかなり重く見ており、場合によっては国家を揺るがす大事件になりかねないと危惧しております」
遊興混じりの宿泊であれば、四の五の言わず撥ね付けようと思っていたが、どうも王族がらみの案件らしい。
何かしら理由を付けて断ろうと画策していたグレゴール侯爵は、ウッと言葉に詰まった。
「危険性を鑑みての滞在依頼かと存じます。滞りなく彼等に任務を全うして頂くため、当屋敷への滞在を何卒お許し願えませんでしょうか」
ひいては国のため、王家のため。
そう言われると、何も言えなくなってしまう。
先日ユルグ辺境伯領へ視察に行ってからというもの、ここ数年の怠惰な雰囲気が一変した。
日々の職務に真摯に取り組むのは勿論のこと、食事が終わると部屋にこもり、何やら熱心に書を認めているらしい。
あまりの変わり様に何があったか問い質したいところだが、藪から蛇が出てきそうなため、突くに突けない。
「それでだな、令嬢も一人来ると書いてある。お前がその……婚約を結びたいと言っていた相手か?」
婚約話をすべて断っていたあのジョバンニが、グレゴール侯爵の執務室を訪れ、フレデリカとの婚約を願い出たのは記憶に新しい。
あまりのことに驚き、碌に話も聞かず部屋から追い出してしまったのだが……。
そこで話が立ち消えになるかと思いきや、それから毎日のように執務室を訪れ、婚約相手の令嬢がいかに素晴らしいかを切々と説いてくる。
このまま一生独身かと懸念していた息子の心を、これ程までに捉えた娘であれば仕方ないと思う反面、学生時代に何度も煮え湯を飲まされたユルグ辺境伯夫人、ノーラ・ユルグの顔が頭をよぎってしまう。
ノーラの娘でさえなければ、すぐにでも許可するのに。
「父上、今回来訪するのは、嫡男クルシュと次女パトリシア嬢。私が婚約を申し出たのは、長女のフレデリカ嬢です」
グレゴール侯爵が勘違いしてはいけないと、ジョバンニが訂正する。
「いらぬ心配をされているようですが、人となりをしっかりと御覧頂いた上で、彼らがいかに素晴らしいかを改めてお話しさせてください」
ユルグ辺境伯家と思うだけで身構え、つい色眼鏡で見てしまうが、確かにジョバンニの言うとおり、一度先入観を捨てて接してみるべきかもしれない。
「いいだろう。滞在中は邸内であっても信頼できる護衛をつけ、安全に過ごせるよう取り計ろう」
「父上、ありがとうございます!」
ジョバンニの熱意に押し負け、グレゴール侯爵は嫌々ながらも滞在を許可したのである。
***
その頃、サリード伯爵邸とルアーノ子爵邸にも、王宮からの使者が到着していた。
「本調査が片付くまで身分保留の上、ユルグ辺境伯領で保護するだと!?」
サリード伯爵は手元にあった花瓶を投げつけ、使者を怒鳴りつける。
領地で産出される鉄鉱石等の原石を、宝飾品や武具に加工し卸すことで代々利益を得てきたが、昨今は産出量が減り、それに変わる特産品もないため、年々収益が減っているのが悩みの種だった。
だが一度覚えた贅沢はやめられず、支出が増える一方で財政は年々逼迫し、数年前破綻寸前になったところへゴルドッド商会から儲け話を持ち掛けられた。
「若い娘を奴隷に欲しがる貴族がいる」
王国で奴隷が禁止されているのを承知で、平民出身の使用人を数名融通し、高額の謝礼を受け取った。
誰がどのような用途で奴隷を使用するのか気にはなったが、これだけの金を動かせる人間が絡んでいるとなると、詮索しないのが身のためだろう。
何度か謝礼を受け取り、味をせしめてもう一人と思っていた矢先、貴族に引き渡した娘の内二人が遺体で発見された。
調査官が動き出し、これは危ないと早々に手を引くつもりが、ここにきてゴルドッド商会から新たな儲け話を打診される。
――ラウラを商会長に嫁がせるだけで、領地収入の五年分にあたる謝礼を支払うというのだ。
婚家への慰謝料も立替えてくれる上、結納金も必要ないというのだから至れり尽くせりである。その後、ゴルドッド商会からの使者が偶々訪れていたアマンダを気に入り、妾として囲えないかと追加の打診を受けた。
ジョバンニの元婚約者という目新しさが無くなり、アマンダに飽きていた婚約者……サリード伯爵家の嫡男グランもまた、二つ返事で承諾する。
ゴルドッド商会の会長は、平民出身。
高位貴族の令嬢が嫁ぐとはいえ、婚約破棄された傷物ならば周囲の理解も得やすいというもの。
アマンダの父であるルアーノ子爵も共謀出来れば、もっと話が早かったのだが、彼は貴族主義者なので首を縦に振らないだろう。
「もう少しだったのに……」
あともう少しで、すべてが滞りなく終わるはずだったのに。
身分保留ということは、貴族院への申請書類がすべて差止めになってしまう。
つまり貴族として新たな婚約を結ぶことは出来ず、申請をしても受理されず、保留処分が解除されるまでひたすら待たなくてはならないのだ。
「よりによって、ユルグ辺境伯領だと……?」
サリード伯爵はギリリと歯噛みし、何か良い方法はないかと思案に暮れたのである――。







