20. 元凶はアマンダ
「昨夜はお疲れ様でした。冬になれば魔物の数は減るのですか?」
「そうですね。グレゴール卿の仰るとおり、雪が降れば冬眠する魔物もおりますので、大分楽になります」
のんびりと会話に花を咲かせていると、夫人は妙に口数の少ないフレデリカが気になり、視線を向けた。
いつもならば率先して会話に加わる彼女が、今日は何故か居心地悪そうに目を伏せている。
よくよく見るとジョバンニを気にしているのか、彼が話す度にチラチラと視線を送っている。
ジョバンニは至って普通だが、クルシュがそれを面白そうに見ているのも気になった。
森の視察へ行ったはずが、なぜか解体所に転移していたジョバンニ。
夫人が訝しげにクルシュを見ると、目が合い、彼はニッコリと上機嫌に微笑んでくる。
何かやらかしたのではと、嫌な汗が背中を伝う。
普段飄々としているクルシュがこういう反応をする時は、大抵ロクなことにならないのだ。
「そういえばグレゴール卿。今日は森へ入ると伺っておりましたが、なぜ解体所へ?」
「それがよく分からないのです。フレデリカ嬢がオーガを倒した後、誤って解体所に転移してしまったのかと思っていました」
「……それは大変失礼を致しました」
夫人がギリリと睨み付けると、兄妹はサッと目を逸らした。
「失礼だなんてとんでもない。魔物解体の現場を見ることができて幸運でした。作業員も皆親切で、むしろ御礼を言いたいくらいです」
嬉しそうに話すジョバンニだが、解体所の作業員は余所者を嫌う。
どういった経緯で歓迎されたのかは疑問だが、日が落ちるまで放り出されなかったところを見ると、本当に仲良く過ごせていたようだ。
だが次の一言で、その場にいたすべての者が動きを止めた。
「実は解体所に転移する直前、フレデリカ嬢に求婚をしまして」
「……は!?」
一瞬の静寂。
俯き、笑いを堪えて震え始めたクルシュ以外の面々が、一斉にフレデリカへと視線を向ける。
「王都でクルシュの聴取に随行した際、彼女への想いを自覚したばかりなのですが」
想いがあふれ我慢出来ませんでしたと、照れ臭そうに頬をかくジョバンニの隣で、フレデリカが真っ赤になって俯いている。
「ジョバンニの元婚約者、ルアーノ子爵令嬢の聴取ですよ。アマンダ嬢がジョバンニでなければ話したくないと駄々をこねるので、お願いした次第です。正規のルートで許可も得ているので、問題はありません。な、ジョバンニ」
「ああ、そうだな。それでアマンダ嬢に『これからの人生を共に歩みたい』と言われた時、フレデリカ嬢の顔が思い浮かんだのです」
熱のこもった声で朗々と語るジョバンニ。
元凶はアマンダ、元凶はアマンダ、とフレデリカが小さく呟き、いつか目にもの見せてやろうと復讐リストに名を連ねた。
「フレデリカ嬢と共に過ごし、彼女の無邪気な可愛さや強さに惹かれました」
そろそろ笑いを堪えきれなくなったクルシュから、くぐもった声が聞こえる。
フレデリカは恥ずかしさで潤んだ目で、ギリギリとクルシュを睨み付けた。
「戻りましたら両親を説得し、正式に婚約を申し込むつもりです。ですが俺は以前、婚約破棄をされた一件があります」
婚約破棄は決して彼だけの責任ではないのだが、結果として元婚約者のアマンダは、二度も婚約破棄をする羽目になってしまったのだ。
「フレデリカ嬢が望まないのであれば、御断り頂いても構いません。出来れば家同士ではなく、彼女に望まれて妻に娶りたいと考えているのです」
「まぁ!」
フレデリカの気持ちを優先したいと告げるジョバンニに、夫人とパトリシアが感嘆の声をあげる。
男性優位、何より家柄を重視する貴族社会で恋愛結婚など夢のまた夢。
ましてや、上位貴族に望まれるだけで女性の幸せとされるこの御時世で、破格の申し出である。
「……現に本日一度、断られてしまったのですが」
情けない限りです、と力なく笑うジョバンニ。
解体所への転移が、居た堪れなくなったフレデリカの指示によるものと一同納得がいったところで、夫人が声を掛けた。
「もしフレデリカが他の男性を選んだ場合、どうされるおつもりですか?」
貴族にしては珍しく純な恋愛観を持つ美青年に、フレデリカを除く女性陣の好感度が爆上がり中である。
我が家にはもう一人娘がおりますのよ、と暗に匂わすと、ジョバンニは力強く拳を握りしめた。
「パトリシア嬢もとても可愛らしく素敵な女性だと思います。ですが、俺が心を奪われたのはフレデリカ嬢です。代わりはおりません」
この素晴らしい青年が、うちのフレデリカを?
……だが何故よりによってフレデリカを!?
いや、もっと他にいるだろう。
皆の想いが一つになり、ついに堪えきれずユルグ辺境伯が吹き出してしまった。
「うん、分かった分かった。私としてはグレゴール卿なら異存はないが、娘の意志を汲んでくれるというのなら、婚約への回答はフレデリカ自身にさせよう。……我々は黙って見守らせてもらうことにするよ」
嬉しそうに頭を下げるジョバンニの肩を、クルシュが嬉しそうにガシリと組んだ。
「ジョバンニ、フレデリカのことは一旦置いて、また時間がある時に飲みに行こう!」
「それは嬉しい。良い店を知っているから、俺からも誘うよ」
友情を確かめ合う男達。
そんな二人を尻目に、フレデリカはいち早く食事を終え、気まずげにそそくさと退室した。
ユルグ辺境伯家の楽しい晩餐はその後、有志による宴会へと移行し、賑やかな席は深夜にまで及んだのだった。
***
翌朝。
クルシュの魔力が回復したため、グレゴール侯爵邸まで転移で戻る。
見送りにきてくれた辺境伯家の皆に挨拶を済ませると、ジョバンニは最後にフレデリカへと向き直った。
「グレゴール卿、ちょ、ちょっと近すぎるのでは」
「そうか?」
後退るフレデリカと距離を詰めるように一歩前へ出たジョバンニは、そのままニコリと微笑んだ。
「会えなくなるのが残念だ」
「……!?」
「君に忘れられないうちに、また来るよ」
魔物からの攻撃は得意とするところだが、昨日の今日で、これは無理。
「う、うわぁぁああん」
恥ずかしくて目を合わせることが出来ず、フレデリカは叫ぶなり猛スピードで逃走した。
「ジョバンニ、お前……」
「ん? ああ、時間を空けると無かったことにされそうだなと、ふと思った次第だ」
「ふと思った結果、アレなのか!? その顔で無自覚とか、恐ろしいなお前は。いや、その顔だからこそか」
二人の様子を眺めていたクルシュが、呆れ顔で嘆息する。
ジョバンニが屋敷を振り返ると、二階にあるフレデリカの部屋でカーテンが微かに動いた。
恥ずかしいので部屋に引っ込んだものの、窓から覗いているらしい。
「まったくあんな無作法を……申し訳ございません」
頭を下げる夫人に会釈し、フレデリカがいるであろう部屋に向かって、ジョバンニは大きく手を振った。
「手紙を書くから!」
そう叫ぶと、慌てたのかカーテンがまた揺れる。
最後に顔を見られなかったのは残念だが、また会いにくればいい。
「それでは、お世話になりました」
「いつでも遊びに来て下さいね」
「ありがとう。パトリシア嬢にも手紙を書くよ」
挨拶を終えると、クルシュが起動した転移の魔法陣が、青白く輝き始める。
ユルグ辺境伯領にはおよそ存在しないタイプの貴公子は、未だかつてないほど爪痕を残して、去っていったのである。







