77話 鶯川の力
「白石君。その格好……もしかしてあれからずっとダンジョンに?」
「はい。でも、強制帰還させられちゃって……本当はもっと潜っていようと思ってたんですけど……。それより鶯川さんはどうしてここへ? もしかしてあの時の蕾は目的のものではなかったんですか?」
「いえ。鑑定の結果、あれはまさしく『妖精の花』になる『妖精の花の蕾』でした。ただ……」
「ただ?」
鶯川さんは困ったような表情を見せるとため息を1つ溢した。
「蕾を開かせるにはそれ用のアイテムが必要で……。鑑定の結果それの名前までしか分からないんだけど、おそらく蕾のあったこのダンジョンにそれがあると思って、探索者協会に依頼を頼もうとしてたんだよ」
「依頼ってここで頼むことも出来るんですか?」
「いや、普通は探索者協会に申請書を送って、探索者協会で依頼をチェック、その後に報酬の送付をして、やっと完了。そもそも探索者は不正防止の為依頼を出す事も出来ないんだけど……」
「そういえばそんな事言ってましたね」
探索者が都合のいい依頼を出して、それを仲間が不正に達成。
こういったグループでの評価操作は探索者の正確な実績、強さ、信頼に繋がらない為禁止事項になっているのだろう。
だとしたら何故鶯川さんはチェックも無しに、しかも探索者という立場で依頼を受理してもらえるのだろうか……。
よくよく考えるとそんなイレギュラーな事が通じるのなんて……。これだから『権力』っていうのは……。
「白石君もなんとなく察してるかと思うんだけど、俺の親と探索者協会が深く繋がってて、ある程度の融通が利くんだ。普段はフェアじゃないからそこを利用しないようにしてはいるんだけど、今回はそうも言ってられなくてね」
「そんなに必要なんですか、その『妖精の花』が」
「ああ。なんでも『妖精の花』はポーションと違い、ダンジョン外で生まれる難病にも効果があるらしいんだ。まぁこの情報もちょっと前にあるS級探索者がダンジョン内の壁画から読み取った情報ってだけで、未だにその真意を確かめられていないんだけど」
「……難病」
俺がぽつりと言葉を吐くと鶯川さんの顔が明らかに暗くなった。
早急に治したい誰かが鶯川さんにはいる。たぶんその人の事を思うと今みたいな顔になってしまうのだろう。
「そう。現代医療では治せない病にかかった人がいるんだ。俺はその人を治してあげたい。死なせたくないんだ。だから、どれだけお金を積んでもズルをしても『妖精の花』が欲しい。その為に『金虹ボトル』と『妖精の雫』が……でもそれの手掛かりがな――」
「えっ! もしかしてそれって……。」
俺は鶯川さんの言っていたアイテムにハッとして、慌ててアイテム欄から『錬金』のレシピと虹光石を取り出した。
「白石君、それは?」
「これは、『金虹ボトル』と『妖精の雫』のレシピ、それにこっちは『金虹ボトル』の素材です」
「なっ!?」
鶯川さんは目を見開いて驚くと、俺の手元に視線を移した。
すると次第に鶯川さんの手がわなわなと震え出し、そのまま俺の服を縋るようにして両手で掴んだ。
「なんでもする! それを俺に譲ってくれ! いや、譲ってください!」
「それは構いませんが……」
「本当かい? 白石君、今俺には君が神様に見えるよ! 何か感謝がしたい! 俺に何かして欲しいことはないか?」
「そんな、急に言われても……。それにここで何かを要求するのは気が引けるっていうか――」
「いや、それじゃあ俺の気持ちが収まらない! 何かお礼をさせてくれ」
別にやましい気持ちがあるわけじゃない。
ただ、このまま押し問答しててもしょうがないし……。
「じゃあ、Bランクになれる位の評価が欲しいです」
「うーん。評価への直接関与は流石にバレると何を言われるか……。そうだ! もともと白石君が受けていた依頼の評価価値を底上げしよう! それで急にランクが上がっても、白石君は元々かなりの数を一気にこなしてるみたいだし、不自然に思う人もいないはずだ」
「えっ!? 俺冗談のつもりで……」
「まぁ大船に乗ったつもりで明日の更新を楽しみにしててくれよ! あ、受付のお姉さん、ちょっと上の人に取り次いでもらいたいんですが……」
鶯川さんは誰かに連絡をしている受付の女性からPHSを渡されると、少し話し込み出した。
「ふぁ……」
「はい。じゃあお願いします。はい。ありがとうございます。……ごめんごめん、ちょっと待たせ過ぎちゃったね。よし、じゃあ報告と納品を済ませようか」
話が終わると俺は欠伸を隠し、鶯川さんの指示に従って依頼の達成報告、納品を済ませた。
正直なところこれで本当にBランクになれるのか疑心暗鬼だが、とにかくアイテムは鶯川さんに渡してしまおう。
「ありがとうございます。それじゃあこれを……」
「いいのかい? まだランクの上昇が確認出来てないのに……」
「ええ。そもそも俺にはこれは必要ないものなので」
「そ、そうかい? それじゃあ遠慮なく。本当にありがとう」
鶯川さんはレシピと虹光石を受け取ると、俺の手を固く握った。
その手は少しだが震えている。
「こっちこそ、いろいろしてもらっ――」
「白石君? 白石君!!」
報告と納品、いや、その前の鶯川さんが電話をしている時からか。
気が抜けた体にちょうどいい室温が染みて、俺の頭は既に思考能力を低下させ、ついには足元をふらつかせていた。
そう、とうとう俺は睡魔に負けてしまったのだ。
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