45話 A級5位
「珍しく小紫さんとダンジョンですれ違ったから、もしやと思ったが……。今回のは流石に研究だからって言い訳じゃ済まないだろ」
「ぐあっ……」
ボーパルホーンラビットのローキックを受け止めながら男性は辺りを見回した。余裕そうな表情だが、腕はプルプルと震えている。
ボーパルホーンラビットが未だに蹴りを決めようと、力を込めているのがよくわかる。
「頭が悪いのか、それとも毒状態で思考がまとまらないのか。どっちにしろ都合がいい」
男性はボーパルホーンラビットの足を両手で掴むとそのまま宙に放り投げた。
顔に力みは感じられない。
男性にとってこの程度訳のない事なのだろう。
「【バインドアース】」
男性が両手を正面で組むとボーパルホーンラビットの真下の地面が急激に隆起し、細くうねるように伸びた。
植物の弦のような形状。まるで生き物のような動きを見せるそれは、あっという間にボーパルホーンラビットの体に巻き付いた。
「ぐ、ぎゅ!」
「【バインドアース】の拘束時間は最大1時間。このモンスターなら40分そこそこは持ちそうかな」
「すごい……」
俺があれだけ苦戦していたボーパルホーンラビットをあっという間に拘束したその男性の姿に、感嘆の声が勝手に漏れた。
「すまん。ボス戦に割り込むのは探索者としてマナー違反だと思ったが、流石にこの状況じゃ……」
「いいえ。助かりました。ありがとうございます」
ボーパルホーンラビットはまだ生きているものの、最悪の状況から解放されたことで、一気に脱力する。
「そうか……取り敢えず俺はあっちで倒れてる男を……お姉さんの方はそっちで頼む」
「はい。よろしくお願いします」
俺と男性は二手に分かれた。
「桜井さん……。息はあるけど意識はない、か。ちょっと荒っぽいですけど」
俺はアイテム欄からポーションを取り出し、瓶の蓋を外すと、ちょっとずつちょっとずつ、桜井の口に流し込んだ。
喉が小さく動いている、意識はないがなんとか飲み込めてるようだ。
「……白、石君?」
「桜井さん、大丈夫ですか?」
HPが回復したおかげか、桜井さんの意識が戻った。
だが体を動かすのはまだ辛いのか、起き上がろうとしない。
「ごめんなさい。私が50階層に行こうだなんて言ったばっかりに……」
「桜井さんは悪くないです。悪いのはここのボスをおかしくさせた小紫って人で――」
「う、うぁぁあぁああ!! し、死にたくない! 死にたく!」
どすっ!
男性の方から灰人の叫び声が聞こえたと思ったら一瞬でその声は止んだ。
どうやら、錯乱状態の灰人を男性が無理やり、静かにさせたようだ。
「灰人……。私が無理やり、自分の我儘で、普通に話せる仲間が欲しいってだけで、探索者にして……」
桜井さんはそんな灰人の姿を見て目に涙を溜めた。
結局最後に決断したのは灰人。桜井さんは悪くない。だが、その言葉がなかなか口から出てきてくれない。
俺は桜井さんが憎いのか? それとも桜井さんと居た事を後悔しているのか?
そう思いたくない気持ちと、まるでそれを認めるように動いてくれない身体。
心と体がかみ合っていない。それが驚くほど気持ち悪く感じる。
「そっちは大丈夫そうだな。こっちは……まぁ、なんにせよ、命があっただけ良かった」
「はい」
言葉を濁す男性。
その表情からなんとなく俺は察した。
こうやって探索者を止めていく人をこの人は何人も見てきたのだろう。
「そう言えばボスに毒を入れたのは、君か?」
「はい」
「そうか。その腕前ならすぐに俺と同じA級に上がれるはずだ。今日の事に沈み過ぎず、前を向いて行けよ。因みにボスは処理せずこのまま残しておく。かなり経験値が貰えるだろうから、休憩ついでに力尽きるのを待つといい。じゃあ俺はこいつを上に連れていく。お姉さんはどうする?」
「私は、レベル40に、せめて出来るだけ早くレベル40になりませんと。それが今回の贖罪になるはずですから」
「うーん、よくわからんが、戻らないんだな。だったらこのまま俺はこいつを担いで帰る。あ、そうだ。こいつは2人の仲間だろ? こいつは探索者協会お抱えの病院に搬送してもらう予定ではあるが、どうなるか分からん。行き先を連絡する為に連絡先だけ交換してもいいか?」
「はい」
俺は力なく返事をすると、スマホを取り出した。
「俺はA級5位の橙谷譲。あの時は手荒で悪かった」
「俺は白石輝明っていいます。弟をよろしくお願いします」
俺はそう伝えると、橙谷さんに灰人を頼み。
拘束されるボーパルホーンラビットのHPが減るのをぼーっと眺めるのだった。
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