第九十三話 男性と女性の違い その2
ナタリアさんが、父さんと母さんの治癒を終えたその晩。
俺たちは二人の寝室で、二人きり。
俺は彼女に背を向けて、テーブルの上に置いた石塊にマナを流して、形を変えながら色々遊んでいたんだ。
四角い状態から、球体へ。
球体から、円錐状にして。
また球体へ戻して、表面をつるつるにしたり、ざらざらにしたり。
薄くして、剣の形してみて、恐る恐る持ち上げてみると、……あ、やっぱり割れるわ。
強度が保てないわけだ、なるほどね。
魔石みたいにはならない。
魔石ってとんでもない物質だったんだな。
ま、割れてボロボロになっても、また結合できるし。
結構便利だな、この魔法って。
ナタリアさんはといえば、難しそうな表情して、自分のお腹に手を当てて、何やら色々と治癒の魔法を検証してるみたいなんだ。
そういえばなんだけど、後ろを見ないように背中を向けた際に、ちらっと見えた彼女は、手ぬぐいを重ねて折ったものを口に咥えてたんだ。
時折『ふっ』とか、『んっ』とか、何やらなまめかしい声が聞こえてくるんだ。
『あなた。これから暫くは、後ろを向いていてほしいんです。それとですね、あたしから聞こえる声は、なるべく気になさらないでください』
ちょっと真剣な表情でそう言うもんだから、俺は『うん。約束する』としか言えなかったんだよ。
だから気にしないように、集中できそうなこの作業に没頭してたわけ。
「──あなた」
「ん?」
「……こっち向いてもいいですよ」
「あ、うん」
そう言ってくれたナタリアさんの表情、何やら上気していて、とても色っぽい。
呼吸も荒く、まるでついさっきまで運動でもしてきたばかりのよう。
俺が彼女の方を向いたのが確認できたからか。
ナタリアさんは珍しく、ちょっと自虐的な苦笑いというか、落ち込んだようなちょっとしょんぼりした表情してるんだよ。
何か、失敗でもしたのかな?
「お父様とお母様のあの声。そ、『そういう意味』だったのですね……」
ナタリアさんはそう言うと、両手のひらで頬をぎゅっと押さえて、耳まで真っ赤に染めちゃったんだ。
あー、……そういうことね。
「あぁ。やっぱり気づいてなかったんだね」
「はい。今しがた自分で試してみて、初めて『いけないこと』だって認識できたんです。始めはとても幸せな感じがしたのですが。そのうちその、……とんでもない状況になってきてですね。だってその。あたしその……」
わかってる。
俺はそれこそ十代のころから、その『いけないこと』には興味はある方だったよ。
男だもんね。
でもナタリアさんは女性だから、俺よりは更に疎かったはず。
流石に俺も察するってばよ……。
「うん。わかってるって。ごめんね」
「いえ、あなたが悪いんじゃないです。あたしが無知だっただけです」
ナタリアさんの身体に何が起きたか?
そりゃある程度は推察できたんだけど。
かといって、本当のことを知らないで、知ったふりして口を挟むのもなんだかなと思ったんだ。
「あのさ、ナタリアさん」
「はい、何です?」
「めいっぱいの、治癒の魔法さ。俺にもかけてみてくれるかな?」
「あなた、……どうしたんですか?」
「いやさ、俺、何も知らないで、ナタリアさんに困らせるだけなのは、ちょっと間違ってると思っちゃったんだよ。別にほら、どうなるわけでもないだろうからさ。俺のことはほら、実験台だと思って。思い切りやっちゃっていいよ。その方が、加減とかわかるようになるでしょう?」
「その、……いいんですか?」
ちらりちらりと遠慮がちに俺を見るナタリアさん。
俺が一番丈夫だって知ってるだろうし。
目一杯治癒の魔法をかけてみたいって、衝動がないわけでもないだろうし。
「うん。……そうだね」
『マリサちゃんから聞いたわよ。ウェル。また何か企んでるんでしょう?』
いやいやいやエルシーさん。
企むだなんてそんな。
魔法のこともまだまだ検証が必要だし。
あくまでもナタリアさんの役に立てたらって思ってるだけだって。
俺はほら、『あれ』なんでしょう?
何があっても多少のことでは壊れそうもないんだし。
実験台としては最適だと思った訳よ。
『邪なことは考えないように、いいわね?』
あ、はい。
わかっています。
『ならいいわ。おやすみなさい』
はい。
おやすみ。
エルシー。
ふぅ……。
「それで、どう、しましょう?」
「あ、そうだね。父さんのときみたいに背中なのかな? それならんー、うつ伏せのが良いのかな?」
「あの、……仰向けに寝てもらえます? その、やりづらくてですね」
「あ、はい。ごめんなさい」
俺はしょんぼりしながら、寝っ転がる。
いや、はずかしいわ……。
そりゃそうだ、実験台とはいえ一応患者の扱いだし。
「手加減は、いらない。……で、間違いありませんね?」
「うん。どんとこい。好きなだけやっちゃってちょうだい」
俺は両腕を広げて、ナタリアさんに意思表示。
「あなた、いきますよ?」
「う、うん……」
ナタリアさんは、両手で彼女のお腹に手をかざす。
胸、腕を交差させて両肩。
そのまま、肘、手首。
デリラちゃんに教えてた、魔法の正しい発動方法なんだろうね。
「――おてて。このまま一度、腕輪に戻して……」
両手を合わせて。
普通の治癒の魔法なら、ここまで慎重になることはないんだろうね。
幾度となく繰り返し作用させてきたんだろうから。
「──おてて。……いきます」
「うん。どうぞどうぞ」
うわ、状況的にみても、こりゃやばそうだ。
薄暗いこの部屋の中、ナタリアさんの綺麗な角から、煌々と光が発せられて明るさが増してる。
今日、父さんに治癒をしたとき、……いや、それ以上だよ。
本当に、手加減なしみたい。
これは、どうなっちゃうんだろう。
俺……。
ナタリアさんは、両手の手のひらを俺のお腹に置いた。
「……こう。かしら? ううん、多分ここ。えいっ!」
えいっ、ってあのね。
そんなに気合い入れなくても。
最初は、ナタリアさんが触れてるあたりが少し温かくなった。
彼女の手のひらの熱だろうか?
そのあとすぐに、もの凄い気持ちの良い感じが、お腹から外へ、全身を包んでいくような感覚を覚える。
おそらく、父さんと母さんには、一生懸命『手加減』してたんだと思う。
手加減は大事だよね、俺もエルシーにそう教えられたし。
お腹から徐々に下がって、元々、マナが湧くと言われてる臍の下あたり。
いわゆる下腹部へ、ナタリアさんの聖の属性を持つマナが集まってくる。
何この多幸感。
同時に何この、不快と快楽の紙一重みたいな感覚。
やばい。
これはやば――そう思った瞬間『うぎゃっ!』っと声が出て、俺の意識はぶつっと途絶えたんだ。
▼
「――あなた。あなた……」
ん?
あぁ、ナタリアさんが呼んでる。
もう、朝?
俺、寝坊したのかな?
やけに目蓋が軽い。
あれ?
回りに湯気が……、どこだここ?
あぁ、ここ、小浴場だわ。
この城にはさ、大浴場と小浴場があるんだ。
元々父さんの城を真似て作ったこの城。
父さんの方には、大浴場しかなくて。
鬼人族の様式な風呂がなかったんだよね。
だから無理矢理、小浴場を作ったってわけ。
その中央にある、腰から下がゆっくりと浸かれる、湯船に俺は入ってたんだ。
でもなんで俺、……風呂に入ってんだ?
それとも湯船に浸かって、疲れて寝ちゃったのか?
「よかったです。あの、あなた」
「ん? あぁ、ナタリアさん。俺、寝ちゃって──」
「その。ごめんなさい」
「へ?」
「こんなことになるなんてあたし、思っていなかったので……」
あぁ、そっか。
俺、ナタリアさん全力の治癒の魔法の、実験台になったんだっけ。
それも、魔石の腕輪で増幅させた方をね。
そこで俺、ナタリアさんの話では、ある意味粗相をしてしまったらしい。
慌ててナタリアさんは俺を抱き上げて、この小浴場へ。
身体を綺麗に洗ってくれて、俺をそのまま湯船へ、ということらしい。
「粗相ってどんな、……あ、もしやそういうこと?」
「はい。その、……すみません」
うん。
おねしょじゃない方の、男の子的な粗相の方ね。
デリラちゃんが寝た後で。
みんなが寝静まった、深夜でよかった、んだと思うよ……。
ナタリアさん、耳まで真っ赤にしてる。
彼女の格好は、俺の背中を初めて流してくれたときと同じ。
「うんうん。ここまで危険いものだとは、俺も思ってなかったよ。……父さんと母さんへはさ、今度から気をつけようね?」
「はい。そうします……」
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