第八十二話 デリラちゃん、もうすぐ六歳。
俺とナタリアさんは、夕涼みも兼ねて、町へ散歩に出てきてる。
エルシーは、デリラちゃんと甘いものを求めて王都をお散歩中。
ついでにお酒の補充をするんだってさ。
最近父さんもエルシーの飲み友達状態になったから、減りが早くなったんだろうね。
クレイテンベルグの建国以来、俺たちが住む城がある方を王都、父さんの城がある方を領都って呼ぶようになった。
開通当時、殺風景だった王都と領都を結ぶ街道も、両側に家がそれなり以上に建ち並んで賑やかになりつつある。
俺たち現場の人間は頑張ったよ、ほんとにさ……。
俺が中心になって、毎日毎日、土にまみれて。
父さんが『土まみれの国王陛下って、どこにもいないだろうね』って呆れるほどに。
勇者だった頃、雨の日に魔獣討伐に出ていた経験のある母さんは、『私も泥だらけになったこと、あったわね。懐かしいのはわかるけれど、ちゃんとお風呂に入りなさいよ?』とやっぱり呆れてた。
でもこれってさ、魔獣を倒すのと同じくらいに重要なこと。
皆さんが豊かに楽しく暮らしてもらうための一環なんだからさ。
汗だくになって帰ってきた俺を玄関で迎えてくれて、デリラちゃんもナタリアさんも、笑顔でお帰りなさいをしてくれる。
だから頑張れるってもんなんだよね。
そんな街道を渡って、父さんたちの城がある領都側へ。
ここは元々、手狭な領地だったからか、道もそんなに広くない。
沢山の人が行き交う、思ったよりも賑やかな城下町になってるんだよね。
俺とナタリアさんは、着慣れた鬼人族の民族衣装の姿で出てきてる。
ナタリアさんの髪の色と、彼女の美しい角の青色は隠しようがないから、変装とまではいかないけどさ。
ナタリアさんは部屋にいるとき、いつもの民族衣装を纏ってはいるんだけど、最近は母さんが用意したドレスも着るようになった。
そこはナタリアさんもデリラちゃんと同じ女の子だから、綺麗な服は嫌いじゃないらしい。
俺はほら、最近の土木仕事の関係上、鬼人族の作業着を着ることが多いけど、二人はそういうわけじゃないでしょ?
それに最近は、鬼人の若い女の子。
アレイラさんやジェミリオさんたちの間でも、旧領都にあった女性の服が流行り始めているらしいんだね。
その反面、鬼人族の民族衣装に似た服がさ、人間の女性に人気だったりするんだ。
だから俺とナタリアさんがこうして、鬼人族の服を着ててもさ、皆さんと混ざってしまってあまり目立たなくなったんだよね。
俺はほら、それなりに背があるから、たまに誰だかわかっちゃう人もいるみたいだけど。
ナタリアさんと二人きりだとわかると、見つけた人もなんとなく察してくれるんだ。
手を振ってくるから、俺も手を振って返すくらい。
普通の王族は、こんなことできないだろうけどさ。
今のうちだけなんだろうね、きっと。
ここクレイテンベルグの夏は、それほど暑いというわけじゃない。
それでも外に出たら、普通に日に焼けるほどの日差しがある。
その日差しも徐々に和らいでくると、あることが頭に浮かんでくる。
もちろん、忘れたらいけない大事なことだからさ。
「そういえばさ、ナタリアさん」
「はい。なんでしょう?」
迷子にならないように、俺の腕にぎゅっとしがみついてるナタリアさん。
彼女はゆっくり歩きながら、俺を見上げてくる。
「夏もそろそろ終わるじゃない?」
「はい。そうですね」
周りはそれなりに賑やかだけど、ぴったり寄り添ってる状態だからか、お互いの声は十分に聞こえてる。
「去年俺は、一緒じゃなかったからわからないけどさ。もうそろそろじゃないの?」
「あ、デリラが生まれた日ですか?」
「うん。それそれ」
「……そうですね。もう、六年近く前のことですから」
「うん」
「それに、あなたにもお話したかと思うのですが」
「そうだね。俺たちと習慣が違うんだったよね?」
「はい。あたしたちは家族の内だけで祝うんです。六歳になると強力を教える歳になりますから――」
それは俺が鬼人族の集落に来る前から決まってた。
冬に入ったら、デリラちゃんに強力を教える予定だったらしい。
そのときは節目にもなるから、イライザ義母さんと、ナタリアさんと三人で、ひっそりお祝いをするつもりだったんだってさ。
俺たち人間は、子供が誕生した日を憶えてるものだ。
毎年、家族で美味しいものを食べたりして、祝う習慣があったんだ。
俺の家は、王都へ行くために通る街道にある、宿場町の宿屋だった。
だから、毎日が忙しかったけれど、それでも忙しいなりに祝ってくれたっけ。
昔の学者さんが調べたかららしいけど。
ここの一年は三百十二回、日が昇る。
冬、春、夏、秋、四つの季節があって、月はその倍八つがある。
一月は三十九日あるんだ。
冬が四月、春は二月、夏は一月、秋は一月。
冬、冬、冬、冬、春、春、夏、秋という感じになる。
冬が長いのは、鬼人族の集落があったところとあまり変わらない。
基準になる冬から数えて、今は七月。
今日はその二十五日め。
そろそろ秋の月がくるところだね。
鬼人族の考え方とのすり合わせは結構大変だった。
イライザ義母さんとグレインさんたち重鎮と、若人衆を集めて父さんが説明してくれたっけ。
俺はほら、そういうのがあまり得意じゃないから、正直父さんがいてくれて助かったよ。
俺はさ、十五の時に母さんから教わったんだけどね。
おそらくデリラちゃんは、七月の終わりあたりの生まれかな?
今の父さんも母さんも、俺の誕生した日を知ってくれてる。
俺は八月の三十九日だった。
ナタリアさんと俺は、同じくらいの季節に生まれたらしいから。
俺と同じ日に祝おうってことになってたんだ。
そう考えると俺たち二人は、デリラちゃんが生まれた日と、あまり変わらないのかもしれないんだよね。
「それでね」
「はい」
「父さん、母さん。エルシーが話し合って決めたそうだけど」
「はい」
「デリラちゃんの誕生日をさ、わかりやすい七月の最後の日。十四日後にしようよってことになったんだって。それでいいかな?」
デリラちゃんはお姫様だから、国を挙げて祝うって、父さんも母さんも張り切っちゃってる。
だから俺はナタリアさんに、生まれた日、誕生日の重要性は話したことがあったんだ。
「えぇ。かまわないと思います」
「俺とナタリアさんはさ、デリラちゃんの三十九日後」
「え、えぇ。あたしはそれでいいです、……よ。あなたと一緒ですもの」
あ、ナタリアさんが下向いちゃった。
俺と一緒ということが、嬉しいって前に言ってくれたから。
それに父さんがさ、実はデリラちゃんの誕生日よりも張り切ってるって知ってるんだよね。
ナタリアさんから、定期的に治癒を受けてるからか、父さんと母さんは見た目も少し若返ってる。
父さんは凜々しく、母さんは綺麗になった。
毎月、父さんと母さんが直接、クレンラードへ『魔獣討伐の報酬』を受け取りに行ってるんだけど。
そのとき、ロードヴァット兄さんとフェリアシエル姉さん。
すっごく驚いてたらしいんだ。
それを面白おかしく母さんが、話してくれたっけ。
なんせ俺よりも、父さん母さんの方が貫禄あるし。
だからどっちが国王王妃か、わからなくなったんだよね、正直言うとさ。
俺は未だに領都の皆さんから、『若様』って呼ばれてるくらいだからね。
「今夜はさ」
「はい」
「デリラちゃんのプレゼント、選ぼうかなって思ってたんだ」
「そうですね」
「母さんはドレスをまた選んでたみたいだし。父さんは読みやすい書物をって思ってるらしいよ」
「……ですが、デリラは」
「あ、大丈夫だよ。父さんが読み書き教えるって、張り切ってたから」
デリラちゃんは、『父さんも大好き』だから
「そうなんですね。それはその、助かります」
実はナタリアさんも、人間の国の読み書きを父さんから教わったらしくてさ。
話しに聞くと、二、三日で覚えちゃったらしいんだ。
元々鬼人族の集落で、小さな子たちに読み書きを教える立場だったみたいで。
そういうのは得意なんだって。
凄いよね、実際……。
俺は宿屋の息子だったけど、読み書きはまだ教わってなかったからさ、十五の時、母さんから教わったんだ。
それもかなーり厳しく。
「母さん、厳しかったんだよなー。『勇者は読み書き出来ないなんて知られたら、恥どころではありませんよ?』って」
「ふふふ。なんだかその場面が、思い浮かんでしまいますね」
「あれ? 母さんの厳しいところ、知ってたっけ?」
母さんは、ナタリアさんにそんな面、見せてないはずだけど。
「だって、あなたから沢山聞いてたではありませんか?」
「そうだったっけか?」
「えぇ。そうですよ――あ、あなた、あれ」
俺の腕を引っ張るナタリアさん。
「ん? どれどれ?」
彼女は思ったよりも、力が強い。
いや、真面目に強いよこれ。
鬼人族の女性は、子供を産むと強力を使えなくなるって聞いてたけど。
前にナタリアさん、俺のこと楽々抱えて歩いたこともあったじゃない?
今もこれって、自然にマナを使って、強力に近いことをやってのけてるんじゃ?
「おや? 若様、いらっしゃい。奥様も一緒なんだね」
ここは雑貨屋なのかな?
色々な布が沢山扱われてるみたいだから、俺が寄るような店じゃないんだよ。
それでもこのおかみさんは、俺の顔を知ってる。
そりゃそうか。
俺は勇者だったんだから。
「はいっ。この布ですが。見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「これはまたご丁寧に。いくらでも見ていってくださいね」
「はいっ、ありがとうございます」
ナタリアさんは布を手に取って、ぶつぶつ呟きながら物色を始めた。
「うん。これがいいです。あなた、これ、デリラの髪に合うと思いませんか?」
それは、俺の髪の色に似た地色と、白く色を抜いてある布地。
「あぁ。なるほど。リボンを作るんだ?」
「はい。この色ならデリラ、気に入ると思うんです」
「いいと思うよ。きっと似合うだろうね」
「ではおかみさん。これをいただけますか?」
「はいよ。ちょっと待っておくれ」
「はいっ」
良い買い物をしたんだろうね。
可愛らしい布の入った麻袋を胸に抱いて、ほくほく顔で微笑むナタリアさん。
俺たちはそのあと、王都にはないお洒落な内装のお店で甘いものを食べたり。
二人っきりの散歩を楽しんだんだ。
俺からのプレゼント?
それはもちろん、甘いものの詰め合わせだよ。
当日にバラレックさんの商会から、あちこちから集められた珍しい、保存の利く菓子が届く予定。
デリラちゃんは、甘いものに目がないからね。
ナタリアさんには秘密だけどさ。
俺が怒られちゃうからね。
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