第五十九話 道を作るだけの地味なお仕事。
近い将来、このクレイテンベルグ旧領都は、クレンラード王国の公爵領でなくなることが決まっている。
国王のロードヴァット兄さんは、父さんの意向だからきっと断れないと思う。
いやでも驚いた。
まさか母さんも勇者としての報酬をもらってなかったとはね。
それっておそらく、討伐した魔獣の魔石のことだろうし。
その話になったら、クレンラード王国は何も言えないと思うんだ。
そうなると、早急に必要になってくるのは、俺たちが今住む新王都とこの旧領都を結ぶ道の敷設。
旧領都とクレンラード王国の間に、新しく国境を整備しなくてはいけない。
「でもさ父さん。早いところ、道を作らなきゃならないでしょ? 城から旧領都に来るのも、今は空を飛んでるからさ」
俺は父さんにそう言う。
前はさ、バラレックさんが、自分の商隊で来てくれた。
商隊はさ、道が荒くても普通に馬車で来てくれる。
国と国を渡って、鬼人族の集落まで来られたのは凄いと思う。
ただ今は、マリサ母さんとクリスエイル父さんがうちに来るためには、俺たちが空で迎えに行かなきゃならない。
間に魔獣がいなくなったからといって、地続きじゃないんだよね。
そういう意味ではね、うちの国は陸の孤島状態。
旧領都にいる皆さんも、気軽に来るのは不可能なんだよ。
「そうですね。確かに私たちは、それほど不便とは思いません。慣れてしまっているからでしょうけどね」
魔獣の気配も恐れない、珍しい種の馬が引く馬車。
前にも見たが、体躯のがっしりとした漆黒の馬。
まるで魔獣かと思うほど、大きな馬。
それはそれで、凄いと思う。
「でもね、街道を作るための資材は、お金かけちゃ駄目だと思うんだ。なにせほら」
クレイテンベルグの財政から言えば、資材を調達するくらいのお金はあるといえばある。
魔石を換金すればいいだけのこと。
けれど資材は、旧領都に全てあるわけじゃない。
結局、どこからか調達しなければならない。
俺は旧領都まで、完全に守り切れていない。
それこそ、クレンラード王国以外からも、交易を考えなきゃ。
バラレックさんに頼めばなんとかしてくれるだろうけど。
それは国の準備が終わってからだよな。
「確かに。馬車がすれ違うだけの幅でとったとしても、領都の敷地を軽く越えるだろうからね」
父さんも納得してくれてるみたいだ。
どこからか無理に調達しようと思わなかったみたいだ。
正直助かったよ。
「そこなんだよね……」
俺は頭を抱えた。
勇者だったときからさ、頭脳労働じゃなく肉体労働だったから。
国の舵取りがこんなに頭を使うなんて、思ってなかったんだよ。
鬼人族の集落はさ、広い敷地じゃなかったから。
新しく作る必要はなくて、守ることだけ考えたらよかったんだよ。
「そう。そこで提案なのですが」
うつむきながら、何かを思い出したかのようにバラレックさんが言う。
「うん」
「何だろう?」
俺はクレンラードしか知らない。
父さんは、身体が弱くて領都を出ることがなかった。
だから、他国を渡ってきたバラレックさんの知識はもの凄い。
俺たちが知らないことを、沢山知ってる。
「ある国で、こんな敷設の方法があったんです――」
バラレックさんは、ひとつひとつ説明をしてくれる。
道を作る際は、まず整地をして。
次に上から叩いて固めるらしい。
ここまでは、この旧領都と同じらしい。
「なるほどね」
「それで――」
「ふんふん」
「そのあとに、こう上から――」
旧領都の道は確か。
石切場から切ってきた石材を、馬車の通る部分だけ敷いて道を作ってる。
そうすれば、壊れた部分だけの補修がやりやすいから。
似たような方法だったけど。
バラレックさんの提案した方法は、ある意味画期的だ。
「よし、その方法でやっていくよ。石材はほら、俺たちで岩山から切り出してくればいいんだし。輸送はグリフォン族の皆さんが力を貸してくれるから」
「そういう意味で、僕の息子は末恐ろしいよね」
「えぇ。全くです」
「そうかな?」
いくら俺が、エルシーから酷い言われ様をしてるからってさ。
別に俺一人でやるわけじゃないんだよ?
▼▼
新クレイテンベルグ王都(まだ城しかないけどね)と、旧クレイテンベルグ領都を繋ぐ、街道の整備が始まった。
まずは整地からだね。
ルオーラさんたち、グリフォン族の出番。
クレイテンベルグ王城を真上から見て、旧領都までの道を曲がらないように指示してくれる。
それに合わせて、きちっと方向を決めて、目印になる杭を打っていく。
ここからは俺の出番なんだよね。
鍛冶屋のグレインさんが打った、丈夫な鍬。
この鍬、よく掘れるんだよ。
さすがはグレインさんの逸品だ。
岩山を剣で切り出すことができる俺にとって、多少の固い土は、砂浜で砂をすくい上げるようなもの。
多少の根っこがあろうがなかろうが、ひたすら前に進んでいける。
これで、体力が続く限りひたすら掘っていく。
後ろから、鬼人族の皆が道から土を両側に除けてくれる。
邪魔になった土は、グリフォン族の皆さんが農園へ持って行ってくれた。
『相変わらずほんと、化け物よねぇ』
そんなエルシーのつぶやきは無視して、ひたすら肉体労働。
額に汗して働くのは、やっぱり性に合ってるかもね。
「皆さん~。そろそろお昼にされてはいかがですか?」
「ぱぱー、おひるー」
「はいよー。ありがとー」
朝、デリラちゃんに見送られて、こうしてお昼を持ってきてくれる。
俺たちは、ナタリアさんたちが作ってくれた、お弁当で英気を養った。
午後からも水分をきっちり摂りながら、消耗を考えつつ作業を続けていく。
この繰り返しで一日が終わっていった。
馬車二台ちょっとの幅で、旧領都までそれでも三日かかった。
領都の職人さんたちは、呆れてたよ。
俺は笑って誤魔化したけどね。
次は路面を、槌で叩いたり踏んだりして固める。
簡単に言えば、大岩を平らに切り出したものを、上から落として固めた。
これはグリフォン族の人たちに手伝ってもらったよ。
俺たちがやったら、いつ終わるかわかんないからね。
次は海や川から砂を持ってくる。
海の物は水で洗って塩分を落とすらしいね。
そうしないと、周りの木々が枯れてしまうからだそうだ。
そうして持ってきた砂を、道に撒いていく。
深さはそうだね、手首くらいかな?
それを平らに均していく。
ここまでで結構、道っぽくなってきた感じがするよ。
次は石材の確保だ。
鬼人族の集落でやったように、岩山から石材を切り出してくる。
厚さはこれも手首くらい。
大きさは馬車一台分ほど。
輸送はグリフォン族の人たちに手伝ってもらった。
四人くらいで簡単に吊り上げるんだよ。
凄いわ。
ほんと、感謝してます。
それを道に並べていく。
これが一番時間がかかった。
俺と鬼人族の若い人たち。
グリフォン族の人たち全員でやったよ。
それでも十日かかった。
大変だったわ……。
みんなもありがとう。
最後に、石と石の隙間を砂で埋めていく。
こうすると、壊れた部分だけ交換が効くらしい。
力任せの作業だったけど、半月ほどで新王都予定地と、旧領都を結ぶ道が出来上がった。
道の両側はまだ荒れ地だけど、土は結構肥えてるとのこと。
施設を建てたり、農園にしたりと色々できそうだ。
明日はこの道の開通式。
もちろん主賓は、母さんと父さん。
父さんも何やらやることがあるって、忙しそうにしてたな。
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