第五十二話 感謝の仕返し。
王城の内装が完成したと、グレインさんから報告があった。
家具なんかは、クレイテンベルグから直輸入。
実を言うと、俺達家族だけが住むには大きすぎて、鬼の勇者達の宿舎や、グレイさんの工房も、城内に作ってあるんだってさ。
なんせ、俺の住んでた屋敷の数十倍じゃ、効かない大きさだし。
ぽつんと、家族四人で住むには寂しすぎるって。
落成式を兼ねて、建国の宣言をする日。
俺はルオーラさんにお願いして、母さんと父さんを招待したんだ。
「いや、これは驚いた。僕の城そっくりじゃないか」
「そうね。間取りまで同じみたいだわ」
うんうん。
そりゃそうでしょう。
なんせ、『同じに作って欲しい』って、お願いしたんだし。
「そう言ってもらえると、こちらの職人達も、喜んでくれると思います」
「おばーちゃん、だっこー」
「はいはい。デリラちゃん、元気そうね」
母さんは、もう、デレッとした笑顔で、デリラちゃんを抱き上げた。
抱いてもらったデリラちゃんは、父さんを向いて笑顔を見せた。
「おじーちゃん、こんにちわー」
「嬉しいね。孫に歓迎してもらえるなんて。こんにちは。元気にしてたかい?」
「うんーっ」
さて、ここからが本番だ。
俺達は、鬼人族の皆が集まってくれてる、城の入り口まで出てきた。
エルシーは、俺の考え読んでるもんだから、さっきからニヤニヤしてるし。
駄目だよ、バラしちゃ。
「鬼人族の皆さん。こうして、王城もできあがりました。皆さんの家の建設も、始まっています。少々早いですが、母さんと父さんを迎え、お義母さんも、エルシーも見守る中、ある宣言をさせていただきたいと思います」
拍手で迎えられる俺達。
俺の横にはナタリアさん。
ニヤニヤしてるエルシー。
笑顔のお義母さん。
デリラちゃんを抱いた母さん。
横にデレ顔の父さん。
後ろに控える、ルオーラさんと、鬼の勇者の皆。
グレイさん、マレンさんを初めとする、鬼人族の重職の皆。
「――俺の名は、ウェル・クレイテンベルグ。愛する妻、ナタリア・クレイテンベルグと、愛娘、デリラ・クレイテンベルグ。エルシー、母さん、父さん、お義母さん。そして、鬼人族の皆さんに支えられて、今日まで来ました」
一層大きくなる拍手を、俺は手を上げて制する。
しんとした、空気の中、俺は言葉を続ける。
「俺を国王とし、ナタリアさんを王妃と、デリラちゃんを王女として、ここに宣言したいと思います。では、……鬼人族国家、クレイテンベルグの建国を宣言します」
母さんと父さんは唖然としてる。
エルシーはクスクスと笑ってるし。
ナタリアさんは緊張しまくって、デリラちゃんはいつのも愛らしい笑顔。
わぁっという、歓声と共に、鳴り止まない拍手。
もう一度、手で制して、更なる宣言を続ける。
「俺は皆のため、家族のために魔獣を狩りまくる。お金を稼いでみせる。安全で、豊かな生活をしてもらいたい。そのためには、俺は全力を尽くすつもりだ。鬼人族でもない、人でもない、こんな、新種の魔族、こんな訳の分からない化け物の俺。そんな俺だけど、付いてきて欲しい。どうかな?」
再び歓声が上がる。
拍手も。
「集落じゃない。もう、ここは、一つの国だ。これから、交易も定期的に始まるだろう。作物も良く育ってると報告がある。皆あってのこの国。ただね、俺は、鬼人族だけの国で終わらせるつもりはないんだ。皆も知ってる商隊、バラレックさんの商会も、ここにできる予定だ。他の魔族の人も、場合によっては受け入れるつもりだ。勿論、魔族じゃなくてもね。笑顔の絶えない、豊かで、過ごしやすい国にしたいと思ってる。頼むね、皆」
こうして、建国の宣言も終わり、俺の国、クレイテンベルグが始まったんだ。
▼▼
建国の宣言の後、俺達は城内に戻り、お茶を飲みながらゆったりとしてた。
今は、三階にある、王家だけの階層。
そこの食堂に皆で集まってたんだ。
「う、ウェル君。さっきのは、一体?」
父さんが言ってるのは、多分、国名の事だろうね。
「何かおかしいところ、ありましたっけ?」
「いや、クレイテンベルグ、って……」
「あれ? 俺の名前、ウェル・クレイテンベルグじゃないですか。家名が国名じゃないと、おかしくないですか? 王国も、そうですよね?」
珍しく、困惑してる表情の父さんの肩を優しく叩いた母さん。
俺の考えを理解してくれたんだろう。
「あなた。これはきっと、ウェルちゃんの感謝と、仕返しみたいなものなんでしょう。いいじゃないですか、これで、名実ともに、私達の息子となってくれたのですから」
「……そうだね。ウェル君の気持ちは嬉しい。けど、少しは相談して欲しかったのも、本音だけどね」
やっと、父さんの表情は、苦笑に戻ってくれた。
すると、何やら、母さんと耳打ちしてるんだけど。
「マリサ、これなら、あれを言っても驚かないかな?」
「そうね。……あ、そうそう、ウェルちゃん。クリスエイルさんから、話があるんですって」
「はい?」
「あのね。クレイテンベルグは、王国から離別しようと思ってるんだ」
「は?」
俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
してやったりという感じの、父さん。
母さんとエルシーは知ってたのか、並んで笑顔で俺を見てる。
「ウェル国王陛下」
「は、はいっ」
「私達、クレイテンベルグは、領民と共に、御国に亡命を求めます」
「はいーーーーーっ?」
驚かせるつもりが、逆に驚いたわ。
そんなこと、考えてたんだ。
「クレイテンベルグ領とこの国へ、街道を設置して欲しい。旧クレイテンベルグ領で、王国との折衝をし、防壁となって、王国より、人の流入を防ぐ役割をしようと思ってるんだ」
「はい」
「どうかな? 受けてくれるかな?」
「どうしよう。エルシー」
「あなたねぇ。もう、国王なのよ? 自分で考えなさい」
そりゃそうだけど。
こんなこと、予想してなかったから。
いや、ナタリアさんも、デリラちゃんも見てるんだ。
しっかりしないと。
「わかりました。その、申し出、受けさせていただきます。クレイテンベルグ城下の皆さんとも、約束をしましたし。鬼人族の皆とも、仲良くしてくれるのを知ってますから」
「……よかった。断られたらどうしようと思ってたんだ」
「あなた。本当に小心よね」
「仕方ないだろう? まだ、宣言してる訳じゃないけど、近いうちに、僕は、王国の公爵を返上する。マリサの勇者時代の報酬として、領民と土地をもらい受けるつもりだ。文句は言わせない。なにせ、王国を危機に陥れようとしてたのは、王国なんだからね。それが済めば、やっと僕も、マリサも引退できる。孫や娘と仲良く暮らせるんだ」
「えぇ。私達の夢でしたね」
「でも、そんな簡単にできますか?」
「僕はね、身体さえ丈夫だったら、今頃国王だったんだよ。それくらいできなきゃ、笑われちゃうからね。勿論、もし、国王だったとしても、マリサを妻にしてたと思うけどね」
「あなたったら……」
「僕が、マリサが、ウェル君の無実を信じてたと同様、領民の皆も、同じように信じてくれた。だから、鬼人族の皆さんが来る時も、笑顔で迎えてくれたんだと思うんだ」
「そうね。もし、領民の皆さんが信じてくれなかったら、私とあなただけでも、国外に出ようという話もしてましたけど、そんなことにならなくて、良かったと思うわ」
こういう、温かい気持ちを、デリラちゃんは受け取ったんだろう。
だから、俺は、母さんと父さんを信じることができた。
そのとき、ベランダの方から、音が聞こえてきた。
「ウェル様。お客様がお付きになりました」
ルオーラさんが、教えてくれる。
誰だろう?
ベランダの大窓が開いて、そこから姿を現したのは、思ってなかった人だった。
「建国、おめでとうございます。私は、グリフォン族の長、フォルーラ。この子は――」
小さなグリフォンが羽ばたいて、デリラちゃんに抱きついた。
「デリラちゃん、ひさしぶりー」
「あ、フォリシアちゃんー」
フォリシアちゃん、話せるようになったんだ。
デリラちゃんも、成長と共に、言葉数が増えてるし。
そんな二人を見て、苦笑してるような目をしながら、フォルーラさんは続ける。
「すみません。お転婆な娘で。娘のフォリシアです。鬼人族さんと結んでいただいた、変らぬ縁がございますので、建国のお祝いを申し上げに来た次第でございます」
「フォルーラさん、お久しぶりです。ここ、遠くなかったですか?」
「ウェルさん、私達グリフォンにとって、この程度の距離は無意味です。大陸の果てまで、一瞬で飛べと言われたら、無理と言いますけどね」
よかった。
だから、フォリシアちゃんを連れてこれたんだろう。
フォルーラさんとフォリシアちゃんの、突然の訪問には、ルオーラさん達を知ってる母さんと父さんも、流石に驚いただろうね。
グリフォン族の長は言わば女王で、フォリシアちゃんは王女みたいな立場だから。
そんな人達が、ここに来るとは思ってなかっただろう。
少し大きくなったフォリシアちゃんの背に乗って、デリラちゃんはこの部屋をぐるぐると飛んでもらってる。
フォルーラさんは、外に一人で出ちゃ駄目だと念を押してたね。
今でも、勝手に散歩しちゃうんだろうなぁ。
そんな微笑ましい光景の中、グリフォン族との縁を、どうやって結んだか、そんな話をしながら、今後の話をしていく。
クレイテンベルグの離脱は、慌てないで行うとのこと。
俺達鬼人族の存在が、王国になくてはならない存在になったら、宣言するそうだ。
父さんも、案外辛辣な方法を思いつくもんだね。




