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国に捨てられた烙印勇者、幼女に拾われて幸せなスローライフを始める  作者: はらくろ


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第百五十八話 マルテさんの先生。

 俺はさすがに『これはまずい』と思って、マルテさんから目を逸らしたんだ。


『正解よ。あなたたちがマルテさんにいくら子供に見られていても、その気遣いを忘れてしまうクリスエイルさんは、度々マリサちゃんに怒られてしまうのを知ってるでしょう?』


 うん。

 やっぱりそうだと思った。


『その点は、ウェルには沢山注意したもの』


 嫌ってほどに、教わりました。

 はい。


「あ、これは大変ですね。あちこち赤くなってきています。えっと」


 マルテさんの足のことだと思うんだ。水気が足りなくなるとそうなるって、前に彼女から直接聞いたから。


「あらあらぁ、これが治癒の魔法なんですねぇ。すごいすごいぃ、痛みがなくなってきましたねぇ」


 どんな感じに治っていくのか興味はあるよ?

 そりゃ見たいけど、そうは言ってられない。

 とにかく、ナタリアさんが痛みを和らげたってわけだ。


「あら? すぐにまた、赤みがさしてきて……」

「そうなんですよぉ。いつもならぁ、精霊さんにお願いしてぇ、水を呼び出してぇ、潤してあげないと駄目なんですよき。でもぉ、痛みが引くまで時間がかかるのですよねぇ……」


 これって俺がいる意味あるのかな?

 だってずっと後ろを向いてなきゃいけないんだよ?


「あなた」

「はい、なんでしょ?」

「この腕輪。まだありますか?」


 ナタリアさんこっちに来て、腕につけてる魔石の腕輪を俺に見せてる。


「あー、うん。ちょっと待って、ひとつあったはずだから持ってくる」


 俺は治癒の部屋を出て、同じ階にある俺の工房へ。

 ささっと魔石の腕輪を取ってまた戻ってくる。


「ナタリアさん、大丈夫?」

「はい。入ってもいいですよ」


 一応聞かないと駄目だね。

 あ、母さんが笑顔だわ。


 ナタリアさんに腕輪を渡して、また母さんの隣に座る。

 あ、マルテさんの足に大きな布がかけられてる。

 鬼人族の民族衣装と同じ柄の布だわ。


「なんていうか。助かります……」


 ナタリアさんは腕輪をマルテさんに手渡した。


「これぇ、もしかしてぇ」

「はい。俺が作った魔石の腕輪です」


 ナタリアさんが気づいたんだけど、これをすることでマナが節約できて、魔法の練習に役立つって言ってたんだ。


「はい。マルテさんに差し上げて、……いいんですよね? あなた」

「うん。大丈夫」

「これはぁ、ものすごぉく、お高いものではありませんかぁ?」

「いえ、その。俺が作った魔石の腕輪なのは間違いないんですけど、ね」


『あぁなるほど。元は空魔石だった腕輪なのね?』


 ご明察。

 けれどものは変わらないんだよ。

 実際、試してもらって同じ効果があることはナタリアさんで実証済みだからさ。


『それならば、失礼にはならないでしょうね』


 よかった。

 俺はナタリアさんに説明お願いという感じに目配せをした。

 軽く頷いて、苦笑するんだ。

 彼女はなんとなく察してくれたんだろうね。


「あたしもデリラも、お母様も同じものをもらったんです。それにですね、ウェルさんはあたしたちだけを特別扱いしていません。必要と思える人たち、例えば若い勇者の女の子たちにも贈っているんです」

「そうだったんですねぇ。それなら遠慮なくいただきますぅ」


 さっすがナタリアさん。

 背中の押し方が素晴らしいわ。


『あのねぇウェル』


 はい、なんでしょう?


『ナタリアちゃんが腕輪を取りに行かせた理由、まだ気づいていないの?』


 え?

 あ、もしかしてあの、マルテさんの足に被せてる布地のこと?


『そうよ。いい奥さんもらったわねぇ』


 そうだったんだ。

 俺がいづらくならないように……。

 ありがとう、ナタリアさん。


「では、マルテさん」


 ナタリアさんはマルテさんに両手を差し伸べたんだ。

 彼女のその手にそっと、マルテさんも手を乗せてくれる。


「ではあたし、もう一度治癒をかけますね」

「はぁい」


 ナタリアさんは目を閉じて口元で何かをつぶやいてる。


「あれはきっとね。『痛いの痛いの弱くなってください』とマルテさんにも聞こえるように、心を込めて唱えてるんだと思うの」

「そうなんだ。母さん」


 マルテさんが驚いた表情になってる。


「あらあらあらぁ」


 それでも口調は変わらない。

 あれがマルテさんなんだろうね、きっと。


「わかりますか?」

「はいはいぃ」

「これを覚えていてくださいね。この感覚が、治癒の発動したものなんです」

「……わかりましたぁ」


 なるべくマルテさんのほうを見ないようにするとさ、必然的にナタリアさんをじっと見ることになるんだ。

 もう何年もこうして見守ってきたみたいに感じるけど、実はまだそんなに経ってない。

 そのうえデリラちゃんみたいに毎日少しずつ変化があって新鮮な感じもする。

 つくづく思うけどさ、ナタリアさんってやっぱり、綺麗だよなぁ。


「亡くなった母があたしに教えてくれたことをそのまま、鬼人族の子たちにも、もちろんここにいるお母様にも同じように説明しているんです」

「そうなんですねぇ」

「そうなの?」


 俺もナタリアさんも、マルテさんも母さんを見たんだけど、ひとつ頷いて言うんだよ。


「えぇ、そうなんですよ」


 母さんは『続けて続けて』という感じに右手でナタリアさんを促す。


「はい。では本題に入りますね」

「はいぃ、お願いしますぅ」

「マルテさんもご存じかと思うのですが」

「はいぃ」

「初めて子供を宿せる身体になったとき、痛みを伴ったかと思うのです」

「はいぃ、とてもとてもぉ、痛かったですねぇ……」


 そうなんだ。

 ナタリアさんや母さんから『痛い』としか聞いたことがなかったし。

 俺たち男にはわからない痛みだって教えてもらったから。

 どういうものか、わからないんだよね。


「あたしたち大人の女がですね、治癒の魔法をかけてあげたのなら、痛みは一時的に和らぐでしょう」

「だと思いますぅ」

「ですがすぐに、痛みは戻ってきます。おおよそ五日から七日続きますよね?」

「そうですねぇ……」


 マルテさんを見てないけど、声がいつもみたいに明るくないんだ。

 話す早さは変わらないけれど、なんていうのかな?

 とても辛いっていうか、残念って感じが伝わってくるんだよ。


「怪我をしている子を癒やすときにはそれでいいのですが、魔法を教えるときは違うんですね」

「なるほどなるほどぉ」

「いつか生まれてくる自分の子供が怪我をしたら、その痛みを和らげて、傷を癒やしてあげたい」

「えぇそうですねぇ」

「『痛いの痛いの、弱くなれ』。そう祈った優しさが治癒の魔法に変わると、母から教えてもらったんです」

「よぉくわかりましたぁ」

「はい。それではあたしと同じようにお願いします」


 マルテさんは『ナタリアさん式マナ増幅法』を知ってるって言ってた。

 デリラちゃんがそうしていたのを見て、覚えたって言ってたっけ。

 それでも今は、ナタリアさんがマルテさんの先生なんだ。

 デリラちゃんに魔法を教えたときのように、ナタリアさんは両手の手の指を揃えておへその下あたりに添える。


 俺が知ってるあのときのように。


「おなか」


 ナタリアさんの優しい声に、マルテさんの柔らかい声が続く。

 あ、これはつられて見たら怒られるやつだ。

 俺はナタリアさんから目を反らさないように気をつけることにした。


「おなかぁ」


 ナタリアさんは両手をゆっくり持ち上げる。


「おむね」

「おむねぇ」


 身体の中心、正中線と呼ばれるところを通って、みぞおちあたりで手を止めた。

 そのあとは喉の手前で腕を交差させて、両方の鎖骨へ沿うように。

 右手を左肩に、左手を右肩に被せるように、そっとつかむような仕草をする。


「かーた」

「かぁたぁ」


 うんうん、俺も覚えてる。

 ナタリアさんは腕を交差させたまま、両手を少し前に移動させた。

 胸の前で、腕を組むような仕草をする。


「ひーじ」

「ひぃじぃ」


 そのまま両手を腕に沿わせて右の手で左の手首を、左の手で右の手首を軽く握る仕草。


「てくび」

「てくびぃ」


 ナタリアさんは手首と手首をくっつけたまま、軸にしてくるりと回す。

 鬼人族の人がお祈りをするときの仕草で手を合わせる。

 最後に両手をゆっくり。花が咲くかのように開いていく。


「おてて」

「おててぇ」


 するとナタリアさんは、両手のひらをくるりと下に向ける。

 彼女の太ももあたりに手のひらを添える形になった。


「『痛いの痛いの、弱くなれ』」

「『痛いの痛いのぉ、弱くなれぇ』」


 確かマルテさんは、足の水気が少なくなると、乾いて痛くなるって言ってた。

 だから『それを癒やすのが、マルテさんには治癒の魔法の鍛錬になる』、そう思ったんだね。


 俺には魔法は見えない。

 けれどナタリアさんの治癒の魔法は絶対に効く。


「……あらあらぁ?」

「どうでしょうか?」

「少しだけぇ、ナタリア先生のぉ、魔法のような感じがしてぇ」

「そ、そんな、先生だなんて……」


 あ、なんとなく聞き覚えのあるナタリアさんの言葉(これ)

 照れてる照れてる。


「次はですね。おててのあと更に、この腕輪へマナを通してみてください。そのあとに、魔法を発動させるんですね」

「なるほどなるほどぉ。そうして使うんですねぇ」

「はい。お願いします」


 マルテさんの『おなか』からの声がゆっくり続いて。


「――おててぇ。ここからこうしてぇ、『痛いの痛いのぉ、弱くなれぇ』」

「はい。それでいいと思います」

「……あらあらあらあらぁ」


 マルテさん、ちょっとだけさっきより早口になった感じがするよ。


「赤くなっているのがぁ、痛みがひいてきたのねぇ」

「はい。この腕輪はそのように使うんです。あとは練習を重ねて」

「でもぉ。乾いているのをどうにかしないとぉ、駄目みたいなのですねぇ」


「あらら」


 俺のとなりから母さんの声。

 振り向いたらちょっとだけ苦笑してるんだ。


「傷や怪我じゃないから、駄目ってことなのね。きっと」

「そうみたいだね、母さん」


お読みいただきありがとうございます。

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異世界転移ものです

興味を持たれたかたは、下記のタイトルがURLリンクになっています。
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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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