第百五十五話 精霊さんと属性と人族と魔族。
「マルテたちスキュラ族もですねぇ、魔獣を追い払うことはできてもぉ、倒すことはできないんですよぉ」
「スキュラ族でもそうなんすか?」
「そうなんですよぉ。水の魔法で時間を稼いでぇ、なんとか海へ逃げるんですねぇ」
マルテさんが言うには、魔獣を直接倒せる種族はそれほど多くはないんだって。
グリフォン族は珍しいんだって、教えてくれるんだ。
「僕たちの先祖、いえ、エルシー様がまだ人族だったときも、人族と魔族の交流はなかったと先日聞きました」
『そういえば、クリスエイルさんに聞かれて話したわね。そう、わたしがまだ人間だったときも、魔族は噂話で聞く程度。まぁ、魔獣の相手で精一杯だったから、それどころじゃなかったんでしょうけどね』
エルシーのいた時代から何百年も時間が経っても結局、魔獣被害の心配がない平穏な生活を取り戻すことなんてできなかったわけだ。
俺がクレンラードを追い出されなければきっと、こんなときが来るなんて思えなかったのも事実だと思うよ。
俺だって毎日魔獣の相手だけ考えてたのは間違いないことだからね。
「そうなのですよねぇ。マルテも少し前にぃ、バラレックちゃんとお話をして、『ちょっとなら手伝ってもいいかなぁ?』と思っただけなのよねぇ」
バラレックさんも子供扱いなんだ。
それよりなにより、マルテさんが住むところまで行ったんだ。
すごい行動力だよね、実際。
「人族に協力してくれる気持ちになったのは、きっとバラレックさんの人徳みたいなものなのかな?」
「バラレックは嘘だけは言わないものね。それだけが取り柄だったのよ」
バラレックさんに対する父さんの質問に、実の姉だからって母さん言いたい放題だよ。
「人族とか魔族とかぁ、別に関係ないとマルテは思うわけなのねぇ。もとはといえばぁ、人族もマルテたち魔族もぉ、地の属性を持って生まれた生き物なんですからぁ。」
「それってどういうことですか?」
身を乗り出して質問した父さんの表情をを見る限りだけど、マルテさんはとんでもないことを言ったんだろうね。
俺にはその、程度がわからないけどさ。
マルテさんは、『人族もマルテさんたち魔族も、地の属性を持って生まれた生き物』だと言ってる。
その話を聞いて、父さんは凄く驚いてた。
これまでで一番、マルテさんに詰め寄って質問してるように見えるんだ。
父さんにとってきっと、ものすごい事実を教えられたんだと思うんだけど。
前にさ、俺は鬼人族のことを教わったときに聞いたんだ。
彼らは、恐ろしく固い魔石と同じ性質の角や骨を持っている。
家族を守って亡くなった人たちの亡骸もまた魔石と同じだけど、弔われたあと長い時間をかけて土へ還っていくんだって。
そういや、エルシーが言ってたよ。
それって、俺の亡くなった父や母も同じなんだ。
結局人族も魔族も、土へ帰っていくんだってね。
だからなんとなくだけど、マルテさんのさっきの話は『そうなんだ』くらいにしか思わなかったんだよね。
こんな身体になった元人族の俺も、鬼人族のナタリアさんもデリラちゃんも、見た目が多少違うだけで同じだと思ってる。
それはスキュラ族のマルテさんだって、グリフォン族のルオーラさんたちだって、デュラハン族のオルティアだって。
親から生まれて、最後は土へ還っていくんだから同じなんだよ、きっとね。
「ここにいるマルテのぉ、水の精霊さんから教えていただいたぁ、受け売りなんですけどねぇ」
マルテさんはそう前置きをして、話し続けてくれたんだ。
「守護をしてくれている精霊さんでもぉ、マルテに全部をぉ、教えてくれるわけではないんですぅ」
マルテさんの言うとおり、水の精霊さんはすべてを語ってくれたわけではないんだって。
「マルテがねぇ、みなさんに話していることはぁ、精霊さんが『いいよ』と言ってくれたことなんですねぇ」
マルテさんに知識として教えても大丈夫だと、精霊さんが判断した事柄しか話してくれないらしい。
なるほどね。
さっきのことも、マルテさんが水の精霊さんから許可をもらった内容だってこと。
『それはそうよ。わたしだって話せないことは、あるんだもの』
え?
そうなの?
『例えば、魔剣を制御する方法』
あ、そか。
『誰彼構わず教えていいものではないのは、あなたもわかるでしょう?」
そりゃまぁ、そうだね。
うん。
『それにね、ウェルにだって言ってないことはあるのよ。わたしがこの目で実際に見てきたこととか。マリサちゃんを見てきたわたしにしか、わからないこともあるの』
そうだね。
うん。
『もちろん、ウェルのこともそうよ』
どういうこと?
『そうね。……ウェルが何歳までおねしょをしたかとか、ほかの人に話をしていいのかしら?』
え?
『わたしが見たことだけじゃなくて。あなたが夢をみたことや思ったことも、わたしに筒抜けなの、忘れちゃったかしら? 子供たちに聞かれて、思わず言いそうになったときでもね。それはウェルが思い浮かべたことだから、わたしにはしっかり聞こえてたのよね』
うあ、そうだった……。
『大丈夫。誰にも言ったりしてないわよ。特に、ナタリアちゃんにはね』
ありがとう、ございます……。
さておき、精霊さんは長命な魔族、例えば鬼人族やグリフォン族なども比べものにならないほど、長生きなんだそうだ。
だから、長く生きてる精霊さんは、それだけ沢山のことを知ってる。
もちろん、精霊さんが精霊さんに教えてもらったことなんかも含めると、魔族や人族には想像もつかないほどなんだって。
けれど、何でも教えてくれるわけじゃない。
マルテさんが言ってくれたのがその部分なんだろうね。
「それでねぇ、ウェルちゃんー」
「は、はい?」
急に俺へ話を振ってくれたもんだから、焦ったよ。
「焦らなくてもぉ、心配しなくてもねぇ。ナタリアちゃんとの間にねぇ、間違いなく子供はできるわよぉ」
「へ?」
「そのうちぃ、いつかぁ、ですけどねぇ」
確かに俺もナタリアさんも、種族が違うから。
俺が元人族で、ナタリアさんは鬼人族で。
あの集落ができてから今まで、鬼人族と人族の間に子供を授かったという話は残ってないんだって、ナタリアさんから聞いてる。
そりゃ、鬼人族はここにいる人たちで全員じゃない。
この世界のどこかにいて、人族と一緒になった男性、女性もいると思う。
でも、元族長のイライザさんも知らないって言ってたっけ。
俺だってナタリアさんだって子供はほしいよ。
でもさ、鬼人族は長命だし、俺もエルシーが言うには長生きするって話だから。
慌てないで待つことにしたんだよ、ナタリアさんも俺もね。
「魔族と人族の間にねぇ、子供ができたことはぁ、珍しくないって精霊さんがぁ、教えてくれたんですよねぇ」
ナタリアさん、俺のほうを向いて、頬を真っ赤に染めちゃった。
「あぁなるほど。そういうことなんですね」
うつむいたままだけど、父さんが驚いてた俺たちの代わりにマルテさんに応えてくれた。
「僕たち人族と、魔族の間に子供を授かることは過去、普通にあった。それが魔族と人族が同じ属性を持っているという証拠でもある。すべてというわけではないんでしょう。それでも、根底にあるものは同じなんですね」
「はいぃ。クリスエイルちゃんー、よくできましたぁ」
マルテさんはいつの間にか音もなく父さんに近づいて、頭を撫でてるんだ。
あれってきっと、姿を消して近寄ったんだろうな。
それにしても、俺も気づかないくらい足が速い。
あの綺麗な沢山ある足をどう動かして――いやいや、余計なことは考えない。
またエルシーに怒られるだろうから。
『よーくわかったわね。駄目よ。女性の足をじっと見たりしたら、ね』
はい。
重々承知、よーくわかってます。
あ、いつの間にかまた俺たちの前の椅子に座ってる。
俺、右にナタリアさん、そのまた右に父さん、さっき来た母さんが座ってて。
向かいにお客さんとしてマルテさんが座ってるんだけど、父さんまでかなりの距離があるは、……うん。
これはもうやめとこう。
『よろしい』
あははは。
「あたしたち鬼人族も、お父様もお母様も、同じ人。もちろん、マルテさんもそう。肌の色や見た目が違っていても、そこに住む場所へ適応するべく、長い時間をかけて『育った』だけ。そういうことですよね?」
「はい。ナタリアちゃんもよくできましたぁ」
うわっ、俺の右後ろからマルテさんの声。
振り向いたら笑顔があって、ナタリアさんの頭を撫でてる。
これ、俺は敵わない動きなんじゃないの?
もしかしたら。
『ウェルがそうならね、マリサちゃんもきっと同じことを思ってるわよ』
うん、そうかもしんない。
ほら母さん、複雑そうな難しい表情してる。
エルシーに鍛えられるようになってさ、ある日俺が急に強くなったとき、あんな表情してたんだよ。
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