第百五十一話 精霊さん?
「――うぁっ! 何? 誰か触った?」
「今のがですねぇ、水の精霊さんなんですよぉ」
びっくり。
いた。
誰かいた。
確かに俺の指を、誰かがぎゅっとつまんだというか掴んだというか、そうしたんだよ。
「この部屋にもねぇ、精霊さんがいるのよぉ?」
マルテさんは、エルシーを指さした。
うん、あそっか。
エルシーも精霊様だっけ?
「エルシー様とぉ」
次になんと、オルティアを指差すんだよ。
「厳密にはぁ、違うのかもしれないんですけどぉ、オルティアちゃんもぉ、精霊さんと同列なのよねぇ?」
「そうなのですカ? わたくしにはよくわかりませン」
元々表情の乏しいオルティアが、なんとなくきょとんとしてるように見える。
「あぁ、だからオルティアちゃんはマナの消費がわたしと同じように激しいのね?」
エルシーも納得したみたい。
言われてみたら確かにそうだわ。
「マルテもねぇ、そうだと思いますねぇ。あとぉ、こちらにぃ」
次はナタリアさんを差すんだ。
「え?」
「ナタリアちゃんにはねぇ、とっても珍しいぃ、聖の精霊さんがぁ、いるのですよぉ」
「あ、あたしにですか?」
「そうなのよぉ。噂には聞いていたのだけれどぉ、マルテもこの国に来てぇ、初めて出会ったくらいなのよねぇ」
「聖の精霊さんっていうのね?」
デリラちゃんがナタリアさんの右肩の上あたりを指差して言うんだ。
「え? そんなところにいるの? デリラ」
「うん。ふわふわ浮いてる、ように感じるのっ」
目に見えてるわけじゃないんだ。
遠感知を持ってるデリラちゃんだからそう感じるのかな?
たぶんだけど。
「だからあれだ。ナタリアさんの治癒の魔法は誰よりも強かった。そうですよね? マルテさん?」
「えぇそうですねぇ」
「ウェル君」
「はい」
「鬼人族の女性も、そうでないマリサさんも治癒の魔法を使うことができる。ということはだよ? 精霊さんがついていなくても、魔法は使える人もいるってことだよね?」
父さん、それ、俺に振るのは間違ってるってば。
母さん見ると、『知らない』というふうに横向いちゃうし。
「よくわからないけど、多分そうだと思います。でしょ? ナタリアさん」
助けを求めるようにナタリアさんを見ると、クスクス笑ってるし。
「えぇ。おそらくは」
「なるほど、奥が深いな……」
父さんがまた腕組みして考え込んじゃったよ。
「最後にねぇ、デリラちゃんの右手のあたりにぃ」
手というより、右腕あたりを指差したマルテさん。
「ずっといるのよねぇ。火の精霊さん」
「そうだったの? マルテちゃん」
「とても小さいぃ、生まれてあまり時が経ってない幼いぃ、精霊さんみたいなのよぉ」
「時が経っていないというと、どれくらいなのかな?」
父さんも興味あるみたいだね。
それも身を乗り出すくらいに。
「そうねぇ。マルテよりは年下だと思うのよねぇ。それくらいの大きさだとぉ、二百年くらいかしらねぇ?」
確かマルテさん、三百八十八歳だったっけか?
「二百年で生まれて間もない? ということはわたしもそうなのかしら?」
「そうですねぇ。エルシー様は上位の精霊様なのでぇ、一概には言えないとは思うのですけどねぇ」
さらっと上位の精霊って言った?
「上位の精霊? エルシーが?」
「そうですよぉ。加護をいただいてる精霊さん以外とぉ、お話をすることができる精霊さんにはぁ、出会ったことがないものですからぁ、おそらく上位精霊様だと思うのですよねぇ」
加護をいただいてる精霊さんとなら、話しができるってこと?
「あ、そういうことか。俺ってエルシーの加護をもらってたんだ。だから俺だけ話すことができたってことかな?」
「はい、よくできましたぁ」
また頭、撫でられたよ。
デリラちゃんも笑ってるし。
「もしかしたらエルシー様はぁ、上位精霊様よりもさらに上位かもしれませんけどねぇ。ただなにせぇ、上位精霊様にお目にかかったことがないものですからぁ、確証はないんですけどねぇ」
なるほど、そういう意味なんだ?
そもそも、エルシーが自分自身よくわかんないって言ってたくらいだからなぁ。
「おそらくですけどぉ、マルテの精霊さんもぉ、ナタリアちゃんの精霊さんもぉ、千年以上は生きてると思うのですよねぇ」
「なるほど」
「だからぁ、デリラちゃんの精霊さんはぁ、魔法に慣れていないのかもしれないんですよねぇ」
「あぁ、だからあんなことが?」
「一度に沢山のマナを渡しちゃ駄目なのよぉ。ちょっとずつ、ちょっとずつ慣れてもらわないとぉ、暴発することもあるのよねぇ」
あのときの状況、マルテさんから教えられた精霊のことなど。
そのおかげで、デリラちゃんの身に起きたことはある意味結論が出てしまったんだ。
「そうなの? マルテちゃん?」
「そうよぉ。マルテもね、子供のころはよく体中水浸しになったのですからぁ」
このマルテさんですら、そういう時期を経て立派な魔法使いになったってことなんだね。
「あれ? そういえばさ、マルテさんがいないときにナタリアさんも例の方法で水の魔法を使ったじゃない? あれってわざわざマルテさんのところから水の精霊さんが来てくれてたってことなの?」
「そう。僕も疑問に思ったんだ」
あれ?
父さんも?
あ、やっぱり。
俺だけが疑問に思ったわけじゃないんだ。
「あのですねぇ。精霊さんはマルテのところだけじゃなくてぇ、あちらこちらにいるんですよぉ」
「どういうこと? 俺さっぱりわからなくなってきたかも……」
マルテさん、俺を見てふにゃりと笑ってくれる。
「あのですねぇ。特定の人についてくれている精霊さんとぉ、そうでない精霊さんがいるんですねぇ」
「……あ、そういうことなんですね?」
父さんは納得できたみたいだけど、俺は未だによくわかんない。
「んっとねぇ、ウェルちゃん。いいですかぁ?」
「はい」
「グラスに水を注ぐとですねぇ、水が『流れる』わけじゃないですかぁ?」
「はい。それくらいはわかりますけど」
「水が流れるぅ。火が灯るぅ。土から生まれてぇ、土へ戻るぅ。精霊さんはですねぇ、そういう『現象』が起きやすい場所に、近寄ってくるわけなんですねぇ」
『土から生まれるは「草木の芽が出る」、生命が生まれること。土へ戻るは例えるなら「お墓に眠る人たちが還っていく」、死を意味するの。そういえばわかるわよね?』
うん、よくわかったよ。
ありがとう、エルシー。
『いいえ、どういたしまして』
「ということは、俺たちが集まってる場所には様々なことが起きてる。だから精霊さんが集まってくる。そういうことなんですか?」
「はいぃ、よくできましたぁ」
マルテさん、身を乗り出して俺の頭を撫でてくれるんだよ。
うわ、恥ずかしい。
まるで子供扱い、……あ、そういうことか。
マルテさんから見たら、俺ってデリラちゃんと変わらない子供なんだっけ。
「そうなんだよウェル君。ここには、火の精霊さんも、水の精霊さんも、数多くの精霊さんが集まってる。だからといって無闇に力を貸してくれるんじゃなくて、貸してもいいと思ってくれた人にだけ貸してくれる。おそらくはそうなんじゃないかな?」
「よくできましたぁ」
あははは。
父さんも頭を撫でられてるし。
すっごく恥ずかしそう。
「パパもおじいちゃんも、よくできましたなのね」
「そうよぉ」
「ときにマルテさん」
「はいぃ、なんでしょぉ? クリスエイルくん」
あ、父さんは『くん』なんだ。
確かに今、見た目は俺より若々しい父さんだけど、なんで俺が『ちゃん』なのに……?
「あははは。いえ、すみません。精霊さんは、どのような方々がいるのでしょう?」
「そうねぇ。マルテたちと縁の深い水の精霊さん。エルシー様たちのようなぁ、地の精霊さん」
あ、今さらっとエルシーのことを地の精霊って言った?
「わたし、地の精霊だったのかしら?」
「えぇ。マルテにはそう感じますけどねぇ。『地のもの』に宿る精霊様ですからぁ」
「あぁ、なるほど。エルシー様は魔石、金属に宿ることができる。確かに説得力のある話ですね」
父さん、覚え書きを始めちゃったよ。
こういうの好きだからなぁ。
俺も嫌いじゃないけど、父さんとナタリアさんにはついていけなくなるから。
「あとはですねぇ、風の精霊さんは最近多いですよぉ」
「と、いいますと?」
「グリフォン族さんたちと一緒ですからねぇ」
「あぁ、なるほど」
「他にはぁ、デリラちゃんのところのぉ、火の精霊さん。ナタリアちゃんのところのぉ、聖の精霊さん。マルテが見たのはこれくらいかしらぁ」
「そんなに少ないんですね」
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