第百四十九話 『遠慮しなくていいよ』。
「もしかしてあたしが教えていない魔法をね、使おうとしたんじゃないのかしら?」
「ごめんなさい……」
あ、しょんぼりしちゃった。
自覚あるんだ、やっぱり。
「別に、怒ってるわけじゃないのよ」
「はい」
あ、オルティアがデリラちゃんの背中を手のひらでぽんぽんと、優しく叩いてる。
慰めてくれてるんだろうな、なんとも微笑ましい。
ナタリアさんが、あのとき起きたことをデリラちゃんに説明っていうか、聞き出しながら納得させようとしてるんだと思うんだよ。
俺もよくわかんないけどさ。
「強力を止める方法は、なんとなく理解していたでしょう?」
「うん」
俺なんかは適当にやってるみたいだけどね。
「ママもそういうときがあるから、デリラの気持ちは十分わかっているのよ?」
「な、何をなの?」
「今日はね、『あの日』だったからでしょう?」
ナタリアさんのいう『あの日』は、王都と領都で『なるべく仕事をしないでいましょう』的な日のこと。
鬼人族の人たちは働き者で『あの日』のような習慣はなかったんだって。
俺もどちらかというと、休みをとらないほうだったから、鬼人族の皆さんと同じかもしれないね。
『あの日』は実をいうと、クレンラードにもなかった習慣。
俺たち以外の住む大陸でそうした習慣のある国の書かれた書物を参考にしたんだって。
試しにやってみて、これはいいと思って領都では続けてるものだって。
そう、父さんから聞いた覚えがあるんだ。
父さんと母さんの話からしか聞かなかった『あの日』。
実際は旧クレイテンベルグでしか取り入れてなかったんだって。
多分父さんがお隣を継いでいたら『あの日』がもっと広がっていたのかもしれないね、きっと。
「うん……」
「フォリシアちゃんも一生懸命頑張っていると聞いてるわ」
「うん」
「だからね、デリラがお手本になるように、いつもよりきちんとしてたのも知ってるのよ?」
「うん」
「それとね、眠れなくなっていたでしょう?」
「そんなことはないの」
「そうかしら? 強力だけでは使い切れなくなっているのも、なんとなくわかるのよ? ママがね、そうだったから」
なるほど、デリラちゃんのマナ総量の多さは、ナタリアさん譲りだったんだ。
「そうなの?」
「えぇ。今日が楽しみで、それでもなかなか眠れなくて」
「うん」
「強力を沢山使っても駄目だったのでしょう?」
「うん……」
デリラちゃん、下向いちゃった。
「あなた」
「ん?」
「先日ね、エルシー様から伺ったのだけれど」
「うん」
「デリラのマナは、同じ歳のころのあたしとは比べものにならないほど多いかもしれないって」
「やっぱりかー」
そういや前にエルシーが言ってたっけ。
俺ほどじゃないにしても、大人になったらあっさりとナタリアさんを超えるかもしれないって。
「強力だけではもう、デリラはマナを使い切れないのかも……」
「んー、ってことはさ」
「はい」
「オルティアがデリラちゃんのマナを全部食べてくれたわけじゃない?」
「えぇ、そうですね」
「一晩眠って、まだ立ち上がることができない程度しか回復してないわけでしょ?」
「えぇ、確かに」
あまり頭がよくない俺でも、何かが繋がりそうな気がするんだよ。
「――あ、そういやさ」
「何かしら?」
「昨日、ナタリアさんの番じゃなかった?」
「何がです?」
「オルティアにマナを食べてもらう番のこと」
「あ、……すっかり忘れてました」
俺とデリラちゃん、ナタリアさんはオルティアを見る。
デュラハンのオルティアは気をつけないと頭が落ちやすい。
だから彼女は、デリラちゃんの近くにちょこんと座ったまま、落ちない程度に右側へ小首を傾げてる。
「オルティア」
「はイ、なんでございましょウ?」
かくんと今度は左側へ傾げてる。
表情の乏しい彼女なりの、意思表示なのかもだね。
「昨日はオルティア的に言うならさ、『おなかすいてる』状態だったわけでしょう?」
「えェ、そうでございますネ」
「それでデリラちゃんのマナを食べたあとさ、おなかいっぱいになってる?」
「そういえバ、……『おなかすいてます』ネ」
これでなんとなくわかったよ。
デリラちゃんのマナ総量と、ナタリアさんのマナ総量の差っていうか。
「あのさ、ナタリアさん」
「はい」
「とりあえず、オルティアにマナあげてくれる?」
「はい、いいですけど……」
ナタリアさんは両手の手のひらを上にして、いわゆる『おてて』の状態。
そこには俺の目に見えないくらいに、マナが溢れそうになってるのかもだね。
「はい。オルティアちゃん」
「いいのですカ?」
「あたしも食べてもらわないと眠れないのです」
本当かもしれないけど、ちょっとだけ違うんだろうな。
デリラちゃんのことが心配で、あまり寝られなかったはずなんだけどな。
オルティアは首の装具の隙間から黒いもやを出して、両肩から両肘、両手に伝わるようにして、ナタリアさんの手をそっと包んだんだ。
「オルティアお姉ちゃん」
「なんでございましょウ? 姫様」
「ママのマナ、美味しい?」
「えェ、果実のようなすっきりとした甘さがとてモ」
「そうなんだー」
デリラちゃんは、オルティアがマナを食べている姿をとても楽しそうに見てる。
嘘は言ってないはずだよ。
オルティアの口角の両側が、可愛らしく持ち上がってるからね。
俺は何度も見てるから、別に珍しくは思わないけど。
俺のときは首から直接あのもやがぎゅーっと伸びてきて、手を包んでぎゅるぎゅる吸い尽くそうとしる感じなんだよな。
遠慮いらないって言ってるからかもだけどね。
「これでなんとなくわかったんじゃない?」
「何がですか?」
ナタリアさん、父さんと討論できるくらいに頭がいいのに、こういう『なんとなく』な部分ってデリラちゃんそっくりな感じなんだよね。
俺と母さんがこう感覚的に鋭いんだけど、感じたことを論理的に説明するのは苦手なんだけどさ。
魔石の操作法なんていい例だけどね。
「あノ、あとどれくらいいただいてもよろしいのですカ?」
「やっぱりね。ナタリアさん、どんな感じ?」
「えっと、……これ以上は今日の治療に支障が出るかと」
「それならはい。俺からお代わりするといいよ」
「え? いいのですか?」
あ、オルティアの口調が変だ。
素直に驚いてるっぽいよ。
俺も両手を出して『おてて』状態にした。
「はい。『好きなだけ食べていいよ』」
「い、いただきますっ」
オルティアは俺の両手を黒いもやで包んだ。
おぉ、これこれ――この吸い尽くされそうになる感じ。
初めてあの、青い刀身の大太刀を握ってマナを注いだときと同じ感じ。
「オルティアお姉ちゃん」
「はイ、なんでございましょウ?」
「美味しい?」
「はイ。煮詰めた糖蜜をいただいているような、とても濃厚な甘さでございまス」
「すっごいね。パパ」
「さすが、エルシー様が言うだけありますね」
「『おばけ』だって言いたいんでしょ?」
「いいえ、あたしはそこまで言ってませんけど?」
「あははは」
ナタリアさんがとぼけて、デリラちゃんが笑う。
「ま、いっか。あのさ、ナタリアさん」
「はい」
「オルティアはね、いつも遠慮してたんだ」
「そうだったんですか?」
「俺も遠慮しなくていいよって、言ってたんだけど。今朝のは本当に遠慮がないわ」
色の白いオルティアの頬に赤みがさしてるように見えるんだよ。
「あ、ご、ごめんなさイ……」
黒いもやが手から離れようとするんだけど。
「いいから。『好きなだけ食べていいんだから』ね?」
「あ、ありがとうございまス」
ややあって、すぅっと黒いもやが俺の手から離れていったんだ。
別に辛く感じないから、半分はなくなってないと思うんだけどね。
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