第百三十七話 魔剣と魔槍の話 その1
ちょいとばかり早起きしちまった。
ナタリアさんとデリラちゃんがまだ寝てるときに目が覚めるのは、珍しいんだよな。
こんなとき俺は、軽く王城内を散歩して、気分転換をしてから水飲んでもう一度寝ることにしてる。
本来なら、もう暫くしてから、ナタリアさんに起こされて、顔洗って一階へ。
朝食の時間までの短い間、勇者予備軍ともいえる若人衆たちが集まってくる詰め所。
その扉を超えた表にある、鍛錬場で一汗をかくことにしてるんだよ。
今朝はちょっと時間的に微妙だったから、これから少しだけ身体を動かそうかなと思った。
俺用に置いてある、剣とも太刀とも言えないただの持ち手のついただけで、本来刃があるべきところには『鈍器』ともいえる金属製の鉄塊がついたものがある。
それは俺が持ち手を両手で持ち、先についた鉄塊を持ち上げようとするには、二の腕、腕、腹に力を入れないと俺でも支えきれないほどに、もの凄く重たいだけの代物。
これは鬼人族の集落にいたころから、鍛錬用に使い続けて、時折グレインさんに増量してもらってるやつなんだ。
相変わらず、俺以外使う人はいないみたいなんだけどね。
これを使った鍛錬をするときは、『強力を使うべからず』というお約束がある。
自力だけで、これをゆっくりと地面に落とさないように振り回す。
それだけで十分、鍛錬になるんだよね。
父さんも受け継いでる、エルシーが勇者だったころよりも、もっと前から伝わる剣術の型を、ゆっくりとなぞるようにするだけ。
楽しいよ、人には『おばけ』って言われるけどね。
あ、エルシーだけか。
いや、最近は父さんにも母さんにも言われることがあったっけ。
封印のように『強力使うべからず』の文字が書かれた、持ち手に巻かれた布をほどいて肩に担ごうとしたときだった。
表から何やら、誰かが打ち合う音が聞こえてくるんだ。
俺はその『鈍器』を元の場所に置いて、扉を抜けて外へ出てみた。
「は?」
そこにいたのは、鬼人族の民族衣装をまとった、父さんと母さん。
父さんは、俺やグレインさんが着るような男性のものだし、母さんはナタリアさんと同じ物。
色味は、イライザさんやマレンさんが身につけてるものと同じ、落ち着いた感じのやつだね。
父さんが持つのは、俺が持って魔剣のときのエルスリングみたいなものじゃなく、もっと細身で片手で持つ部類の刀。
もちろん、刃は赤く真ん中には鈍色の鋼部分がない。
ということは、魔石だけで打たれてるやつだ。
母さんが持つのは、確か、鬼人族に古くから伝わる長刃というやつ。
形状は槍なんだけど穂先の代わりに、五十小金貨ほどの反りのある刃があるもの。
これも、鋼部分が見当たらなく、刃の部分は魔石だけで打たれてるみたいだ。
父さんが持つ刀と同じだね。
グレインさんが父さんと母さん専用に打った逸品なんだってさ。
数日前に、『どうして魔石だけの刃にしたのか』聞いたらさ、父さんは『僕はウェル君の父親なんだ。これくらい使いこなせないと、歴代の勇者様たちに笑われてしまうからね』って言ってた。
母さんもさ、『クリスエイルさんがそうするなら、勇者だった自分も同じにしないと笑われてしまうわ』って言うんだよ。
エルシーがさ『わたしは笑ったりしないわよ』って返事したら、二人ともなんか微妙な表情になっちゃってたね。
なんせ、エルシーも父さんが言う『歴代の勇者様』のひとりだから。
エルシーはさ、『ずっとみていたから、二人の努力も知ってるわ。それに最近二人とも、ナタリアちゃんの治療を受けて若々しくなってるのよ? マナの量も上がってるみたいだから、少し鍛錬したなら使いこなすでしょう』って言ってたっけな。
そんな刀と長刀を、つばぜり合いとか優しいものじゃなく、遠慮なくぶつけてる。
よく見ると魔石の制御はしていないようで、刃は薄くみえない。
いくら壊れる心配がないからといって、楽しそうに打ち合ってる二人の姿は、鍛錬する勇者そのものであって、夫婦のそれじゃない。
額に汗を浮かべながら、生き生きした表情になってるんだ。
父さんも身体の調子がいいのか?
母さんも本調子のころの身体の動きができているのか?
口角が両方持ち上がっていて、間違いなく微笑んでいるんだけど。
それでいて二人とも、目が若干笑ってない。
それでも、刀身が当たる瞬間、力をやや抜いてるみたい。
それはお互いへの思いやりや、優しさなんかじゃなく、音が大きくならないように、気をつかってるのかもしれないね。
まだ時間が早くて、寝てる人もいるからさ。
打ち合って刃が重なって、そのとき見つめ合う父さんと母さんの目。
それはまるで、たまに城下に買い物に出る、ナタリアさんやデリラちゃんの笑顔のようだ。
あまりにも、楽しそうな父さんと母さんの表情。
二人だけの時間を邪魔しちゃいけないと思ったからさ、声をかけずに退散することにしたんだよ。
▼
「ウェル君」
「なんです?」
「この後少し、相談があるんだけど、いいかな?」
朝食が終わって、『お茶を一緒にどうかな?』なら先日もあったけど。
あのときは、デリラちゃんの誕生日、ナタリアさんの誕生日のことだったっけ?
父さんから『相談』というのは珍しいかも。
何やら、複雑な表情をしてる父さん。
言いづらそうというかなんというか。
母さんを見ると、同じようになんだか申し訳なさそうな表情。
エルシーは寝てるし、どうしたもんかな?
作業自体は急ぎというのは別にないし。
ここは父さんをたてることにしますか。
母さんを見て、ひとつ頷くと、『ごめんなさいね』という感じの笑みを浮かべた。
「いいですよ」
「そう、助かるよ。それなら場所を変えて――」
あれ?
ここで相談じゃないんだ。
俺は父さんについていくと、そこは俺の工房のすぐ近く。
並びにある、グレインさんの鍛冶工房。
「グレインさん、いるかな?」
「おう、お館様、すぐにいく」
奥から聞こえてくるのはここの主で、この国唯一の鍛冶職人グレインさん。
俺に初めてできた鬼人族の友人で、父さんとも友人関係を結んでると聞く。
父さんはほら、刀剣の類いが大好きで、グレインさんの鍛冶屋としての腕に惚れ込んでるって聞いてるよ。
ま、グレインさんの腕に惚れ込んでるのは、俺もなんだけどね。
最近は、父さんの飲み友達でもあるらしいよ。
母さんがそう、呆れた感じに話してくれるからさ。
「おぉ、ウェル族長も来てくれたか。朝から申し訳ないな。ささ、入ってくれ」
グレインさんは、父さんのことを『お館様』。
俺のことは『若様』じゃなく、相変わらず『ウェルさん』と呼んでくれる。
「おい」
「なんだい?」
グレインさんはマレンさんのことを呼ぶ。
知ってるよ?
二人のときは『おい』だなんて呼ばない。
『マレン』ってちゃんと呼ぶってことをね。
グレインさんもこう見えて愛妻家で、ものすごく大事にしてるって、マレンさんから聞いたことがあるから。
「悪いが茶を出してくれるか?」
「おや? お館様と族長さんじゃないか?」
マレンさんも父さんを『お館様』、俺を『族長さん』と呼んでくれる。
陛下、じゃないから気が楽でいいんだ。
「あぁ、ちょっと待っておくれ」
「助かる。こっちだ、お館様。ウェルさん」
俺たちは、奥にあるグレインさんの工房へ。
最奥には、炉のある部屋。
その手前には、大きなテーブルがある部屋。
よくここで、打ってもらう武具の打ち合わせをしたもん――だ?
「あれ?」
「あぁ、さすがに気づくか」
「うん。なんでヴェンニルとエルスリングがここにあんの?」
テーブルの上に置かれていたのは、俺がかつて魔石でできた刃を溶かしてしまった、魔剣と魔槍だったもの。
今は、外側にあった赤い刃がない、鋼部分だけが残った二振り。
「はい、ちょっとごめんなさいね」
マレンさんが、俺たちの前、グレインさんの前にお茶を出してくれる。
これは、鬼人族の集落にいたときから、よく飲んでたやつなんだ。
香りがよくて、少し甘い感じがする。
なんて言ったか忘れたけど、茎部分を煎って作ってるって話。
確か、バラレック商会でも売ってる、というよりうちの厨房にもあるんだよね。
ただ、食前食後に飲むお茶は、元々領都にあったものを使ってるから。
ひといきつきたいときなんかに、飲むことが多いかな?
「とりあえず、座ろうか?」
「あ、はい」
俺は父さんに促されて、座ることにした。
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