第百三十六話 ふぉりしあちゃんがきた。その3
「そ、それで何かしら?」
『はい、実はですね――』
フォルーラさんは、族長でありながら、自らも卓越した木工職人だ。
娘のフォリシアちゃんに木工職人として育って欲しいと思っていたらしいんだけど、そうはうまくいかなったんだって。
グリフォン族の人々は、技の男、技の女、力の男、力の女がいるとのこと。
男性はどちらかというと、力寄りで、少数だけど技寄り、いわゆる木工職人さんがいるとのこと。
ごく希に力と技を兼ね備えた、男性や女性が育つらしいんだ。
例えば、フォルーラさんは技の女。
彼女の夫ルファーマさんは力の男。
ルオーラさんは力の男で、奥さんのテトリーラさんは技の女。
アレイラさんやジェミリオさん、勇者の女の子のパートナーをしてくれている女の子たちも、力の女なんだそうだ。
なるほどね、俺みたいなヤツがグリフォン族だったら、両方を備えて珍しい人とということになるんだろうね。
『(あのねぇウェル。あなたは人じゃなく、「おばけ」でしょう?)』
いや、そういうツッコミはいらないから。
ちなみに、目の前にいるリボンをつけて成長したフォリシアちゃんは、力の女だったらしい。
あくまでも今の段階では『らしい』ということ。
フォルーラさんがフォリシアちゃんに、木材加工を教えてみたはよかったけれど、こらえ性がなくてすぐに注意散漫な状態になってしまうことから、力が強い傾向があるのではないか、と判断されたらしいんだ。
過去に、力の女と表現される人が、木工職人になれたという前例はほぼほぼない。
「なるほどねぇ……」
フォルーラさんの話を聞いて、頭を抱えるエルシー。
きょとんとするフォリシアちゃん。
小さな声で『ぱーぱ』と急かすように俺を呼ぶデリラちゃん。
きっと、フォリシアちゃんと遊びたいんだろうけど、ちょっとだけ待っててね。
『この子を、ルオーラとテトリーラに預けようと思っています。女性らしさと言葉使いをテトリーラに、人を支える尊さをルオーラから学ぶ予定になっています』
「なるほどね。いいことだと思うわ」
『エルシー様、ありがとうございます。……姫様、よろしいでしょうか?』
「デリラちゃん?」
『はい。姫様にもお願いがございます』
「だいじょぶよ」
まだ説明していないのに、デリラちゃんは『だいじょぶ』を言ってしまう。
『それはどのような意味でございますか?』
逆にきょとんとした目をしてるフォルーラさん。
もちろん、フォリシアちゃんはわかってないみたいだね。
「フォリシアちゃんとあそぶのは、じゅうさんにちにいちどなのよね?」
デリラちゃんの答えを聞いたフォルーラさん、目を軽く見開いて驚いてるよ。
「え?」
俺だってデリラちゃんが何を言ってるのかわからないんだ。
だからつい、声が出ちゃったんだよ。
『(これがおそらく、「遠感知」なんだと思うわ)』
え?
ってことは、フォルーラさんが何かを言おうとしたのを察したってこと?
ナタリアさんを見たら、呆れたような表情をしてるんだよ。
知ってたんだ、ここまでの子だってことを。
『(そうね。恐ろしい子だと思うわ……)』
きょとん状態から復帰したフォルーラさん。
『はい。この国では三十九日の区切りがあり、十三日に一度、仕事を忘れてもよい日があるとエルシー様から聞いておりました』
あー、そんなのがあったね。
勇者だった俺には、関係なかったけどさ。
必死にやって、年に一度作るのが精一杯だったなー。
『普段より言葉使いをしっかりと矯正し、精霊様のお孫さんである姫様に寄り添えるよう、ふさわしい女子となったあかつきには、姫様付の侍女としてお側へおいてほしいのです』
「あー、そういう意味だったのね。うんうん、考えてあげるわ。いいわね? ウェル」
「あ、俺は構わないけど。でもさ、フォリシアちゃんって、族長になるんじゃないの? 普通に考えたら」
「だいじょぶよ」
またデリラちゃんの『だいじょぶ』が出た。
「あのねぱぱ」
「うん」
「フォルーラちゃんね、ぞくちょうさんになったのは、フォルーラちゃんのぱぱがなんさいくらい?」
フォルーラさんの父親は、寿命で亡くなったって聞いたし、そのときの年齢は……。
「あ、そっか五百歳。それくらいは長生きするってことか」
「ぱぱ」
「うん?」
「よくできました」
俺の頭を撫でてくれるデリラちゃん。
最近思うんだけどさ、この子案外、年齢以上にしっかりしてるのかもしれないわ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
俺とデリラちゃんは笑い合う。
『私たちにはまだまだ、時間はたっぷりあるのです。それこそ、姫様がこの国を継ぐことになるよりももっと先までですね』
「なるほど、理解しました。俺は構いませんよ」
「えぇ。ウェルがいいと言うなら、わたしも構わないわ」
『ありがとうございます、エルシー様』
『ありがとうございま、す?』
あぁ、間違いなくこの子、フォリシアちゃんだね。
前もこんな感じだったから。
身体は大きくなったけど、デリラちゃんよりひとつ年下の女の子。
デリラちゃんは、年齢以上にお姉さんかもしれないけど、フォリシアちゃんは年相応なのかもしれない。
ルオーラさんみたら、苦笑してるような感じ。
『これから大変なんだろうな』って、俺はそう思ったんだ。
▼
エルシーとフォルーラさんは、マレンさんたちおかみさん連中と昼から酒盛りしてるってさ。
もちろん、酒の肴はデリラちゃんとフォリシアちゃんたちの成長のお話。
今晩からしばらくは、ルオーラさんとテトリーラさんの部屋に下宿というかたちで住み込みになるとのこと。
この王城にはまだまだ部屋が余っているというのもあるけど、工房やお店が開けるようにと、広めに作ったんだよね。
だから二人の住むところは、テトリーラさんの工房、二人の寝室、あと、木材加工の素材を選別するためのもう一つ部屋がある。
このつくりは、並びにあるグレインさんのところも同じなんだよね。
テトリーラさんとルオーラさんが合格を出したあと、いずれはデリラちゃんの部屋の隣が空いてるから、そこに部屋を用意しようということになってる。
基本的な仕草や言葉使いはテトリーラさんが、王城のおつとめに関してはルオーラさんが教えるらしいよ。
見学して学べるくらいに、人の邪魔をしないという許可が出たら、オルティアも仕事を教えるようになるんだってさ。
言葉使いを覚えきれなかったり、だらしない生活をするようになったら、里へ強制送還される約束になってるんだって。
その上で、フォルーラさんの夫、フォリシアちゃんのお父さん、ルファーマさんの調査を手伝うしか仕事がなくなるんだと。
フォリシアちゃんは『ぜったいにいや』とのことだったらしい。
どれだけなのよ、ルファーマさん……。
エルシーと俺たちに対しての、フォルーラさんの儀式のような申し入れが終わったあとね。
しばらく会ってなかったということもあってさ、デリラちゃんとフォリシアちゃんたちに、今日だけは一緒にいてもいいと許可が出たんだよ。
そしたらデリラちゃん、嬉しくてフォリシアちゃんを持ち上げたんだ。
自分の身体の倍以上はある彼女を軽々と、まるであの日俺を抱き上げたナタリアさんみたいにね。
そのままデリラちゃんは、走り出したんだ。
向かった先はきっと、厨房にいるはずのオルティアの元だろうね。
フォリシアちゃんを紹介するんだと思うよ、きっと。
日中、目一杯遊んで、目一杯お昼寝した二人。
食事は別々、デリラちゃんとフォリシアちゃんとでは、食べる量も違うからね。
ナタリアさんの弟子のひとりでもある、テトリーラさんの料理だから。
きっと美味しいお昼と晩ご飯だったと思うんだ。
晩ご飯が終わったあと、デリラちゃんにも約束させた。
「いいかしら? デリラ」
「あいっ」
ナタリアさんはいたって真面目。
さすがはデリラちゃんのお母さんだ。
フォリシアちゃんに乗せてもらって、国の外へ行かないこと。
もし約束破ったら、外出許可を取り消す。
あまいもの、ひと月なし。
外出許可の取り消しよりも、あまいもの取り上げられる方が、デリラちゃんにとって衝撃の大きいおしおきになるみたいだね。
翌朝から、同じ王城内にいるんだけど、別々の生活を送ってるふたり。
デリラちゃんは六歳、フォリシアちゃんはまだ五歳。
成長期の二人とも、お昼寝は必須なんだよね。
だから、遊べるお昼寝のときは一緒に、寝ることが多くなった。
もちろん、オルティアが見守りながらね。
けれど、案外オルティアも厳しいようだね。
一緒に寝てもいいけど、寝ないでお話ししたりすると、何気に怒られるみたいだよ。
そんなことがオルティア本人から、その都度報告が入るんだ。
不思議に思って聞いてみたら、『わたくしハ、若様と若奥様の侍女ですかラ』ときたもんだ。
いつもデリラちゃんの側にいてくれるのも、俺のためらしい。
デリラちゃんの侍女は、いずれフォリシアちゃんに任せるんだって。
こういうところはさ、養父のエリオットさんに似てる感じがする。
それとルオーラさんにもね。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。




