第百三十四話 ふぉりしあちゃんがきた。その1
今日は、五月最後の日、あと七十八日でデリラちゃんは七歳になる。
デリラちゃんは、六歳を過ぎたあたりから、ぐんぐんお姉さんになった感じはあるんだ。
俺と始めて出会ったときは、人見知りが激しかったって聞いた。
実際、外へ散歩に出ても、俺に抱きついて外を見ようとしなかったから、なんとなく察したこともあったよ。
けどね、おはようを言うたびに、言葉も増えていったり。
散歩をするたびに、外側へ目を向けてくれるようになったんだ。
領都へ遊びにきたときはもう、ナタリアさん、母さんと一緒にお店を回れるまでになったって聞いてる。
そのあと、デリラちゃんの六歳の誕生日。
勇者だったときの俺なんかよりも、皆さんに気持ちを伝えるのが上手だったから。
俺は嬉しかったし、感動したし、驚きもしたよ。
ナタリアさんも、喜んでくれてた。
最近は毎日じゃないけど、数日に一度くらいの頻度で『お忍び』するようになった。
デリラちゃんの鞄に入ってるお小遣いも、ナタリアさんが補充してくれてるんだ。
減り方が思ったよりも少ないって、ナタリアさんが言ってたっけ。
鬼人族のお墓と、移転させた宿場町の慰霊碑の周りには、王都と領都の皆さんのおかげでね、普段から供えられてる花は絶えないんだ。
デリラちゃん『お忍び』した日は、いつもよりもお花がいっぱいになるんだってさ。
バラレック商会にいるアレイラさんが『お花の仕入れが間に合わないときがあるんです』って報告してくれたよ。
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お昼も終わり、父さんから『お茶でも飲みながら、七月の話でもどうだろうか?』とのお誘いがあった。
今抱えてる宝飾品の注文数は、それなりの数はあったけど、今日中に仕上げなきゃならないほど作業は忙しいものじゃない。
だから、俺は父さんのお誘いを受けることにしたんだ。
おそらくは、七月の終わりにあるデリラちゃんの誕生日のことだと思ったら大当たり。
昨年がそうだったから、今年もフォルーラさんのところの、フォリシアちゃんと一緒に祝うんだと思うよ、きっと。
俺も楽しみにしてるんだよね、毎日お姉さんになっていくデリラちゃんの成長がさ。
デリラちゃんの話のあとは、やっぱり俺たちのことだった。
相変わらずの娘大好きの父さん、ナタリアさんにはどうしたら喜んでもらえるかだって。
十分、満足してくれてると思うんだけど、どうだろう?
ナタリアさんは、あまり物を欲しがらない人だからなぁ。
俺も何を贈ったらいいか、悩むんだよね。
あ、そうそう。
父さんさ、俺に誕生日教えてくれないんだ。
母さんもそう、聞いても教えてくれないんだよ。
なんでも、父さんと母さん二人だけで祝いたいからって、そう言ってたんだけど。
娘大好き父さんに、ナタリアさんが聞いても、ダメなんだってさ。
そういや、勇者だった母さんへ感謝を告げるのは、俺へがそうだったように毎年最初の日だったっけ。
それでも、国を挙げて母さんの誕生日を祝う事って、なかったんだよな。
俺のもなかったんだよ、実際。
エルシーは母さんの誕生日を知ってるはずなんだけど、やっぱり教えてくれない。
なぜかって聞いたら『ある年齢を超えるとね、歳を数えるのが辛くなるものなのよ』だってさ。
でもおかしくない?
ナタリアさんから治療を受けるようになってからさ、父さんも母さんも、ロードヴァット兄さんより若く見えるんだよ。
母さんも、フェリアシエル姉さんより若く見える。
お世辞じゃなくて、真面目な話。
それこそさ、イライザさんと並んでも、どっちが年上かわからないくらいに。
イライザさんってさ、始めて会ったとき、ナタリアさんのお姉さんかと思ったくらいに、年齢不詳なんだよ。
デリラちゃんが、日に日にお姉さんになっていくのとは逆に、日に日に若々しくなっていく父さんと母さん。
だから、気にすることないと思うんだ。
そのうち、俺より若くなったりしたら、困るっちゃ困るんだけど。
明日からは六月になるからか、日差しは暖かいけれど、まだまだ汗ばむようなことがないんだ。
俺はぼうっと、目が覚めるくらいに青い空を眺めてたんだ。
クレイテンベルグでは、日常的に上空を飛ぶグリフォン族さんたちが見られるようになった。
こうして空を見上げると、何人かが飛ぶ姿も珍しくはないんだ。
上空から巡回してくれている、グリフォン族の勇者だったり、彼らの里とここを行き来して物資の運搬や配達をする人だったり。
鬼人族とグリフォン族の若き勇者たちが頑張ってくれているから、俺はここしばらく魔獣討伐に出たことがないんだよね。
父さんも同じ勇者としての資格を持ってはいるけど、無駄に魔獣討伐に出てみたいなんて言わないからね。
俺も父さんも、出番がないのはいいことだって、そう言ってたっけ。
「平和だね、ウェル君」
父さんは相変わらず俺のことをこう呼ぶ。
母さんは相変わらず『ウェルちゃん』だけど。
「平和ですよね。俺の仕事が減るわけ――ありゃ?」
さっきまでこのテラスにいなかったはずのデリラちゃんが、俺の膝の上によじ登ってくるんだ。
そりゃ前に比べたら、力強くはなってるけれど、強力を使ってる感じじゃない。
ここ最近のデリラちゃんなら強力を使って、ジャンプして飛び乗って、着地まで綺麗に決めてくるところなんだけど。
どうしたんだ?
「ぱーぱ、あれみて、あれみてっ」
俺が見ていた空とは違う場所。
かなり右側の空を指さしてるんだ。
「どうしたの?」
「あれ、あれ」
小さな点が、徐々に大きくなってるように見える。
あれって、誰かがこっちに飛んできてるってこと?
ん?
何やら一人じゃないっぽい。
「ぱーぱ。あれ、ふぉり――」
『若様、姫様。ご歓談中申し訳ございません』
「ん?」
「ん?」
俺と同じタイミングで、声の主を見るデリラちゃん。
聞き覚えのある声の主はルオーラさんだった。
彼の師匠でもある、父さんの執事エリオットさんのように、俺のことを『若様』と呼ぶようになったんだ。
もちろん、父さんたちがいる場合だけどね。
普段は『ウェル様』だからさ。
「僕が思うに、本当にそういうところは、血の繋がっている父娘そのものだね」
俺とデリラちゃんが、同じ拍子でルオーラさんを振り向いたことを言ってるんだろうけど。
「そうかな? あははは」
「そなの? えへーっ」
父さんから褒められたような気がして、俺とデリラちゃんは照れたような受け答えになるんだ。
このあたりもさ、『あなたとデリラの間に、血のつながりがないのは不思議でしかたない、そう思えるときがよくあるんです』みたいなことをナタリアさんからよく言われるんだ。
『あの……』
「あぁごめん。どうしたの? ルオーラさん」
「どしたの? ルオーラちゃん」
『はい。大変申し訳ありませんが若様、姫様、そのお召し物で構いませんので、急ぎ謁見の間へお願いしたいのでございます』
「『謁見の間』?」
「えっけんのま?」
俺が腕組みして首を傾げるように、デリラちゃんも無意識にかな?
腕組みして首を傾げてるんだ。
デリラちゃんは前からよく、俺の仕草を真似てるときがあったけどさ。
こう、まねするような感じじゃなく、ほぼ同時なんだよね。
自然と似てくるとかってあるのかな?
ま、それよりも『謁見の間』だよ。
そんなところって、あったっけか?
『そのような仕草。ほんとうに、「父娘」で――はっ、こんな場合ではありませんでした。急ぎでございます、ここはご勘弁を』
ルオーラさんがそう言うと、俺とデリラちゃんはいつの間にか、彼の背中に乗せられていたんだ。
俺は多分、くちばしで襟首を咥えられたんだろう。
デリラちゃんも同じだと思うんだけど、あまりの早業でわからなかったんだよ。
気がついたらもう、背中にいたからさ。
「おぉー、ルオーラちゃんのせなかー」
「え? あぁ、いつの間に」
ルオーラさんは飛ぶわけでもなく、俺たちを乗せて走り始めたんだよ。
そりゃ、飛んだら通路の天井にぶつかるからね。
あぁなるほど、そういうことか。
いつも飛んでる姿しか見たことがないから、こうして走ることもできたのを忘れてたよ。
揺れる揺れる。
めちゃくちゃ揺れる。
いつも乗せてもらって空飛んでるけど、あのときは揺れないからね。
こりゃめっちゃ揺れるわ。
ルオーラさんも俺たち乗せて、走ることには慣れてないのかも。
それにしても、謁見ってなんでまた?
「謁見ってなんでまた?」
「ぱーぱ」
「ん?」
「デリラちゃん、おひめさまでしょ? ぱーぱは、おうさま、わすれたの?」
「デリラちゃんはお姫様だよね――あ、そうだった。俺、王様だった」
そっか、王様、だから謁見か。
ルオーラさん、さっきより背中から妙な、まるで軽く咳き込んだときのような感じに似た、振動のようなものが伝わってくるんだけど。
きっと、笑うのを堪えてるんだろうな……。
結構こんなこと多いんだよ。
執事だからって、我慢しなくてもいいんだけどね。
あれ?
謁見って誰が来るんだ?
そういやさっき、空見てるときにデリラちゃんが言いかけてた『ふぉり』ってなんだろう?
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