第百三十三話 はじめてのおでかけ その3
ドアをノックする音がする。
「姫様、まもなくお昼になりますヨ」
オルティアの声で飛び起きるデリラちゃん。
「わかったのっ」
オルティアに起こされてぱっちりお目覚め。
使い切ったはずのマナは、思ったよりも戻っている。
ついでに着替えを手伝ってもらい、髪も直してもらう。
「ありがとうなの、オルティアおねえちゃん」
「い、いいエ、どういたしましテ」
オルティアは台所へ、デリラちゃんはウェルの工房へお昼を告げに行く。
お昼の後、若人衆詰め所の横にある、扉を通って堂々と外出。
デリラちゃんが手をふりふりすると、若人衆の女の子たちは元気よく、男の子たちは遠慮がちに手を振ってくれる。
オルティアに今日二回目のお見送りをしてもらう。
外へ出ると、今度はジェミリオの気配がないが、覚えのある温かな気配があった。
今度は誰がついてきてくれているのか、すぐにわかってしまう。
それはデリラちゃんの持つ『遠感知』のおかげなのだろう。
デリラちゃんも忘れるわけがない、その二つの気配に気づかないふりをするのが大変だったはずだ。
王城の裏口から、強力を使わずゆっくりと歩いて行く。
もちろんデリラちゃんの姿が見つかってしまうから、王都にいる皆さんが手を振ってくれる。
それでも、ウェルやナタリアのときのように、一生懸命『見ない振り』をしてくれるのは、デリラちゃんにも嬉しく思えただろう。
バラレック商会に到着、店先ではアレイラが待っていてくれた。
「姫さ――こほん、ご注文の商品はこちらです」
白を基調とした、花束が二つ用意されていた。
個数は言わなかったのだが、アレイラが『そう思った』からこうして用意していたのだろう。
「おいくらなのっ?」
デリラちゃんは首をこてんと傾げる。
回りの皆さんから、どよめきの声。
『お使いよ、お使い』
『す、すっごく可愛らしいわ』
『六歳でしょう? さすが、しっかりしてるのね』
『あの花、きっとあれよ。私たちもあとで、そうしようかしらね?』
当たり前と言えば当たり前。
それでも、王女がお忍びでお買い物をするのは、滅多に見ることができない希少なもの。
王都、領都のみなさんにとって、これはご褒美であり、催事のようなもの。
彼らにとって『これはいいものを拝ませてもらいました』的なものだったはずだ。
「そうですね、ひとつは私たちの気持ちなので、銅貨五枚、よろしいでしょうか?」
もちろん、支払えるくらい持たされていることも、アレイラは教えられている。
「えっと、いち、に、さん、よん、ご。はいなの」
「ありがとうございます。落とさないように、そっとお願いしますね」
「わかったの。ありがとうなの」
デリラちゃんが、バラレック商会を出ると、一輪ずつ花を買う人が沢山いたようだ。
デリラちゃんがなぜ、花を買ったかすぐに理解できてしまったのだろう。
王城の正面を経由して、西へぐるりと回っていく。
この先には、葉野菜、根野菜、果物などが収穫できる農園があり、その並びにひっそりと佇むのは、鬼人族の皆が眠るお墓と、ウェルの両親たちが眠るお墓。
毎日のように誰かが綺麗に掃除をしてくれており、毎日のように花が手向けられている。
もちろん、デリラちゃんが訪れる前に来ていた先客たちもいる。
それでも、手を振ってくれるだけで、声をかけてくるわけではない。
「あ」
デリラちゃんは何かを思い出したのだが、すぐにウェルの真似をしようと思った。
「えっとね、ルオーラちゃん、いる?」
デリラちゃんが感じた『温かな気配』のひとりは、ルオーラだった。
『はい、ここに』
「ほんとにいたのね」
『はい。若様の、若奥様の、もちろん姫様の執事でも、ございますので』
上空から音もなく降りてきて、周りの人も驚く結果となってしまう。
「あのね、デリラちゃんね」
『はい。お水でございますね? こちらにご用意してあります』
「さすがルオーラちゃんなの」
『はい。お褒めにあずかり光栄にございます』
水の入った、小さな桶。
それが二つ用意されていた。
デリラちゃんは、鬼人族の、人族の、両方のお墓に花束を置く。
ルオーラから受け取った、水桶も置く。
デリラちゃんは、汚れることをいとわずその場に両膝をつき、手を合わせて目を閉じる。
気がつけば、周りにいた人も同じように祈っている。
「ぱぱのおじーちゃん、おばーちゃん。ままのおじーちゃん、おばーちゃん。ここにいるみなさん。デリラちゃんね、またきたの。だからね、いつもね、ありがとお」
デリラちゃんは、ここに眠る皆さんに、またくると約束していた。
その約束が叶ったから、少し安心してしまった。
挨拶を終えると、目がしょぼしょぼしはじめる。
それでも、思ったことをルオーラに言う。
「あのね、ルオーラちゃん」
『はい、なんでございましょう?』
「デリラちゃんね、フォリシアちゃんの家にね、また、いきたいのね」
『姫様、それは明日にいたしませんか? もう、限界のように思えます。今夜わたくしが戻りましたら、テトリーラに伝えておきます。それでいかがでしょうか?』
「んー、わかったのっ。……エルシーちゃん」
「あら? 知ってたのね?」
気配を断っていたエルシーが姿を現す。
髪の結い方、身にまとう鬼人族の民族衣装、その仕草。
ぱっと見、彼女の姿は、鬼人族の女性にしか見えない。
だから、ここにいても違和感がなかったはずだ。
『エルシー』という名前だけは、鬼人族の間に伝わっている。
あまり人前に姿を現すことがなかったからか、彼女が誰だか知っている者も、ここにはわずかしかいないのだろう。
「うんっ。エルシーちゃんもね、ルオーラちゃんもね、ずっといたの、しってるのよ」
エルシーは目を覚ましたあと、暇を持て余していたのか、午後からジェミリオと交代していたようだ。
「デリラちゃんね、ちょっとつかれちゃったの」
「はいはい、いらっしゃい」
エルシーは両手を広げる。
「うんっ」
デリラちゃんは、最後の気力を振り絞って、エルシーに抱きつく。
「少し大きくなったわね」
「デリラちゃん、ろくさいなのよ?」
「はいはい」
「『はい』はいっかいなの」
「はい、ごめんなさいね。……うふふ、ウェルとのやりとりを聞いていたのね?」
「うんなのっ」
デリラちゃんはそのまま、エルシーの腕の中で今日二度目のお昼寝。
歩くエルシー、後を歩くルオーラ。
グリフォン族が歩く姿は、とても珍しい。
だが、そこに王女がいるからか、周りにいる皆は察してしまうことだろう。
同時に領都の人たちも、デリラちゃんを抱くエルシーのことも、王城関係者だと勝手に思ってくれているはずだ。
そういえばエルシーも、ナタリアから聞いている。
デリラちゃんは寝付いてしまうと、簡単には起きない。
素直な子だから、寝たふりをするようなこともないと。
「デリラちゃん、生まれて初めてのおでかけだったから」
『はい』
「きっと、楽しかったんでしょうね」
『左様でございますね』
「そういえばルオーラさん」
『なんでございますか? エルシー様』
「フォルーラさんの『あの話』、そろそろじゃなかったかしら?」
『……はい、「あのこと」でございますね? 最近フォリシア様の身体も安定してきたようで、普通に言葉も話せるようになったとのことです。おそらく近日中には、姫様の傍で勉強させるという話を聞いております』
「そう、でもいいのかしら? 族長になるのでしょう?」
族長のフォルーラの一人娘だから、いずれフォリシアが族長になるのは決定している。
『わたくしたちは長命ですし、フォルーラ様もまだお若いですから。フォリシア様のことは、テトリーラが見ることになるとのことですし』
「前にフォルーラちゃんが言ってたけれど、デリラちゃんを見て育ってほしいだなんて、思い切ったことをするわよね」
『フォルーラ様はきっと、ウェル様とわたくしの間柄のようにしたいのでしょうね』
「そう。それはデリラちゃんにも、フォリシアちゃんにも良いことかもしれないわね」
『それにですね。フォリシア様がいたなら、お酒を飲みに来る口実にもなりますので』
「あらら、そうだったのね」
『はい、テトリーラから聞いておりますから』
「きっとデリラちゃんも喜ぶわ」
『そうだとわたくしも嬉しいです』
気持ちよさそうに眠るデリラちゃんを見て、そう言う二人だった。
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