第百二十二話 精霊様にお願いしてみよう。
あ、そうだ。
「父さん、ちょっと待って」
「どうしたのかな?」
「ルオーラさん、いる?」
俺はなんとなく、そう思った。
するとややあって。
『お呼びですか? 陛下』
「うわ、もしかして?」
『いえ、わたくしにはそのような技量はございません。オルティアさんに教えてもらいまして』
『あのねぇ、オルティアちゃんがルオーラさんを探しに行っちゃったじゃないの。あとで、ありがとうって言っておくのよ』
あぁ、やっぱり。
うん、わかった、あとで言うけど、とりあえずありがとうって伝えておいて。
『はいはい』
気を使って、ルオーラさんを呼ぶだけにしてくれたんだね。
というか、最近もの凄く精度の高い気遣いをしてくれるんだよな。
「あぁ、そういうことなんだ」
「なるほどね、オルティアちゃんが……」
「はい。わかるような気がします」
「あのさ、ルオーラさん」
『なんでしょうか?』
「グリフォン族の皆さんって、精霊様が見えるものなの?」
『わたくしのような男は見ることはできません』
「そうなんだ?」
『はい。「目の良い」一部の女性には、いらっしゃる場所がぼんやり光って見えるとのことです。わたくしたち男は、風の精霊様の存在は、なんとなくですが感じることはできます』
「なるほどね」
『家内のテトリーラは、ほかの精霊様の存在も、「そこにある」ように感じる程度。フォルーラ様は、光が見えるとおっしゃってました』
「それでエルシーのことがそう見えたんだね」
『わたしにはなんともご説明はできかねますが、少なくとも精霊様がいらっしゃることは、幼少のころから教えられていましたので』
「うん。忙しいところありがとう」
『はい、では、失礼いたします』
俺たち三人は、ルオーラさんの背中を見送った。
「ウェル君、いい判断だったと思うよ。これで、エルシー様以外にも、『精霊様がいる』という前提で話を進めることができるからね」
「そっか、よかった」
「では、さっきの話の続きだけど」
「はい」
「うん」
「僕もマリサさんも、ナタリアちゃんに幾度となく癒やしてもらったけれど、その説明が難しい治癒の魔法はいずれということにしてだね、まずは身近な『火起こしの魔法』、火の精霊様について考察するべきなんだろうけど、『できてしまって』いることは、試しても仕方がないんだ」
「はい、わかります」
ナタリアさんはすぐに納得できたみたいだけど……。
「え? どういうこと?」
「あのですねあなた。んー、……おてて」
すると、ナタリアさんは指先に火を灯してみせるんだ。
「あたしはこうして、火起こしの魔法が使えます」
「うん」
「火起こしの魔法と魔法回路で起こした火を比べたとして、それは課程が違うので違うと言えるでしょう。ですが、これからお父様が試そうとされている手法で魔法が起きたとしますよね?」
「うん」
「そのとき指先に灯る火は、あたしたちの知る火起こしの魔法とは違う。はたしてそう、言えるのでしょうか?」
「……あー、そういうことね。なんとなく理解したかも」
「はい。あたしの説明でわかってもらえて、嬉しいです」
本当に嬉しそうな表情をするナタリアさん。
「では、お父様」
「あ、うん。ありがとう。まずは、デリラちゃんが起こしたという、水の魔法について検証しようと思うんだ。デリラちゃんができたなら、ナタリアさんにも可能性はあるだろうからね」
ナタリアさんは、デリラちゃんに教えた一連の動作終えた。
「――おてて。……お父様準備できました」
「うん。そしたらね、どうなって欲しいか頭に思い浮かべたあとに、具体的に口に出して、水の精霊様にお願いしてみようか?」
「はい。……水の精霊様、どうか、この手のひらに、水を集めていただけないでしょうか?」
ナタリアさんの表情には、これといった変化がないように思えた。
デリラちゃんのときのように何か起きていないか?
手のひらの上をみたんだけど、何も変化はないみたい。
「あ、そういやさ、ナタリアさん」
「はい、なんでしょう?」
「腕輪、使ってみた?」
「……あ、忘れていました」
俺はデリラちゃんが無意識に使っている可能性を話した。
普段の飛び跳ね具合を考えると、使っているんだろうと、父さんもナタリアさんも同意してくれる。
「――おてて。……んー。はい。いきます」
ナタリアさんはひとつ深く息を吸って、ゆっくり履いて、準備完了。
「水の精霊様、どうか、この手のひらに、水を集めていただけないでしょうか?」
するとふた呼吸くらいの間があって、変化が訪れたんだ。
ナタリアさん、こっちに力なく倒れてくるんだよ。
「だ、大丈夫?」
「……大丈夫、じゃないです」
俺は慌ててナタリアさんを抱き留める。
そんな彼女の手のひらには、小金貨数枚分の変化が現れている。
テーブルの上にも少し水が垂れてしまっていた。
大丈夫じゃないと言いながらも、何やらナタリアさんの表情はすっきりした感じになってるし。
「あの、……あなた、ごめんなさい。お願いが……」
「何? 何でも言って?」
「オルティアちゃんの、マナ。あたし今日、無理みたいです」
そういや、今日はナタリアさんの番だっけ。
彼女もマナを使い切るのが毎日大変だって言ってたはず。
「大丈夫だから、売るくらい余裕あるから」
そっか、久しぶりにマナを使い切れたんだね。
俺はマナを使い切らないと辛くなるわけじゃないから、羨ましいとは思わないけど。
ナタリアさんそれ、マナが増えるかもしれないって、父さん言ってなかったっけ?
『本当、ナタリアちゃんったら、お父さん子になってしまったのね。こんなところまで、デリラちゃんそっくりなのは、微笑ましいというか何というかだわ』
うん、そのまま伝えるよ。
「――ってエルシーも言ってる」
「そんな……、でも一番はあなたなので」
「はいはい」
「ウェル君、娘って、……いいよね」
「それはよーくわかります」
血は繋がっていなくても、ここでも父娘なんだなと――
『思っちゃうわよね』
全くだよ。
俺もある意味、母さんそっくりだし。
俺はそのあと、ナタリアさんを抱き上げて、デリラちゃんの隣に寝かせて戻ってくる。
「父さん、エルシーから伝言」
「何です?」
「ナタリアさんに無理をさせた罰として、あとでお酒つきあいなさいねだって」
「謹んでお受けいたしますって、伝えってくれるかな?」
――だってさ。
『わかったわ。マリサちゃんがちょっとだけ、困った表情してるって伝えてちょうだい』
うん。
「母さんがね、困った表情してるってさ」
「うん。マリサさんには、飲み過ぎないからと」
「うん」
母さんにさ。
『わかってるわ。飲み過ぎないように、しっかり注意してるって伝えるわよ』
ありがとう。
「ごちそうさまでス、若様」
「いえいえ、どういたしまして」
二日に一度、オルティアの食事として、マナを分ける約束。
今夜はナタリアさんの番だったけど、俺が代わりにあげることになった。
日に日に成長しているデリラちゃんのように、オルティアも成長してるみたいだ。
その証拠に、毎回、マナを食べる時間が増えてる感じがする。
食べ尽くされることはないけどね、俺もナタリアさんもそういう意味では、底なしに多い方だから。
「ウェル、わたしまで済まないわねぇ」
「いえいえ、どういたしまして」
そういや、数日に一度、エルシーにも分けてたってナタリアさんが言ってたっけ。
まさか今日がそうだったなんてね。
エルシーに分けてあげたけど、枯渇する感じは全くないんだ。
俺もまさか、成長し続けてるんかね?
▼
翌日、ナタリアさんは回復していつも通りだった。
デリラちゃんも、駆け回り、跳ね回って元気なもんだ。
昼後からも、魔法への検証の続き。
そこでわかったのは、こうだったんだ。
「そうだね。種族によって、相性というか適性というか。そういうのがあるのは間違いないと思う。ナタリアちゃんのように、マナの多い人でも枯渇するほど、無理な『お願い』が起きてしまう」
「そうね。私もこれを使ってもさっぱり無理だったもの」
今日は母さんが一緒。
俺が作った魔石の腕輪を通しても、水の魔法は発動させることはできなかったんだ。
おそらくは、人族としての限界か、そうでなければあとひとつ、父さんが立てた仮説がある。
「マリサさんは、人間――人族の中では、マナの総量は多い方。僕は別だよ? エルシー様の話では――」
人族の中では多いという父さんでも、ライラットさんたち若い人と比べたら、少ないって言ってた。
それに父さんは男だから、外へ向けたマナの使い方ができない。
鍛錬したら、もしかしたら俺みたいなことができるかもだけど、それはいつになるかわかんないし。
俺はほら、父さんと違って十九年と一年ほど、魔石を制御してきたからさ。
『あなたは「お化け」だから、クリスエイルちゃんと比べたら駄目でしょう?』
はい、わかってますよ。
ちなみに、火起こしの魔法は、火の精霊様にお願いすることで、倍どころの話ではないくらい、火力が上がったんだ。
しばらくは、色々調べないと駄目だし、火力を上げる必要性も今のところ感じないことから、皆さんには公開するのはやめておくんだって。
「ウェル君も思うだろう? 危ないからね」
デリラちゃんが目を覚ましたあと、聞いてみたんだ。
「うんっ、いるのよっ、せいれいさまはねっ」
とのこと。
デリラちゃんには感じられるらしい。
それが遠感知のおかげなのかもしれないけど。
余談だけど、数日後からなんだけど、マルテさんが仕事終わってから、ナタリアさんに会いに来た。
晩ご飯を一緒して、そのとき俺は、不思議に思ってたことを聞いてみたんだ。
するとね。
「陛下、いえ、ウェル様も奥様もですねぇ、マルテから見たらデリラちゃんと同じ小さい子なんですねぇ」
とのことだった。
翌日から、マルテさんもなぜか、ナタリアさんのことを先生と呼ぶようになったんだ。
ナタリアさんは困ってると俺に言ってきたんだよね。
ついでに、マルテさん用に腕輪をつくることになりましたとさ。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。




