第百二十話 水の魔法とスキュラ族 その2
精霊、それってエルシーみたいな存在ってことか?
「エルシーちゃんみたいな?」
「噂では聞いていますのよぉ。エルシー様というとても珍しい精霊様がいるってぇ。マルテはまだお目にかかったことはぁ、ないんですけどねぇ」
嬉しそうな、ちょっと困ったようなマルテさん。
「『水の精霊様』もねぇ、感じることはできてもぉ、お目にかかったことはぁ、ないんですけどねぇ」
そっか、『思い描く』ことを『精霊様にお願いする』に置き換えてる。
おそらく、『そういうことなのかな?』、って思うんだけど。
この話、ナタリアさんか父さん、エルシーにも聞いてみようと思う。
「『水の精霊様お願いしますぅ。水を集めてくださいませんかぁ』ってねぇ」
「おー」
「おー」
マルテさんの手のひらに、まるで雨粒が集まっているかのような現象が起きる。
「『水の精霊様』もぉ、そうなんですけどぉ。そこにいるしぃ、どこにもいないのが精霊様でぇ」
感じられるけど、視認することはできない。
あれ?
ちょっとまて。
前に同じようなことを聞いたというか、似たようなものを知ってるというか――あ、エルシーがそれじゃない?
魔石や鉄はおそらく、精霊さんに近しいのかもしれない。
だから精霊じゃないかといわれてるエルシーは宿ることができた。
俺やナタリアさんは、エルシーにマナを分けることができてる。
もちろん、オルティアにもね。
色々絡み合って難しくなっちゃったけど、父さんに聞いてみよう。
俺だけじゃ無理だわ。
それにいくら鈍い俺にだって、マルテさんが言ったことは凄いことだと思うんだ。
もしかしたらさ、魔法の神髄のひとつだったりするんじゃないかなって。
俺が使ってるらしい、地の魔法は、地の精霊様に。ナタリアさんたちが使う火起こしの魔法は、火の精霊様に。
マルテさんが使う魔法は水の精霊様に、どこかにいると思われる風の魔法は、風の精霊様に、マナを渡すように強く願ってお願いをすることで、具体的に思い浮かべるものと同じことが……。
うん、わけわかんね。
駄目だ、鼻血でてきそう……
ほら、俺が難しいこと考えてるの、デリラちゃんにバレちゃってる。
俺の頭に上からのぞき込んで、デリラちゃんまで難しい表情始めちゃったし。
「――せいれいさん、デリラちゃんね、おねいがいなの。みずをあつめてほしいのっ」
デリラちゃんがカウンターの上に座り込んで、マルテさんの真似をしようとする。
「むー、うまくいかないのっ」
デリラちゃんは案外、俺や母さんんみたいに、負けず嫌いなんだろうか?
ナタリアさんもそんな感じが見受けられることもあるからね。
「デリラちゃん、できなくてもねぇ、仕方がないときがあるのよぉ。マルテはスキュラだしぃ、デリラちゃんは鬼人さんなのですからねぇ」
マルテさんは、悔しそうにしているデリラちゃんの頭を優しく撫でながら、そう言ってくれるんだ。
デリラちゃんは俺にするように、マルテさんの手に両手を添えて『もっと撫でて』という意思表示。
そうしているときだったんだよね。
「……あ」
「デリラちゃん、どうしたの?」
デリラちゃんが振り向いて、俺を見てにこっと笑う。
何かを思い出したかのような、ちょっと誇らしげな表情。
デリラちゃんは座ったまま、目を閉じた。
両手をお腹に――あ、そういうこと?
マルテさんも『何をするんでしょうねぇ?』という表情。
「――おなか」
あ、やっぱりね。
マルテさんはわからないだろうけけど。
デリラちゃんの両方の手のひら。
おへそあたりに添えられた状態から、すくっと持ち上げて、胸あたりに持ってくる。
「おむね」
うんうん。
そのまま腕を交差させるようにして自分の肩を手のひらで覆うように。
「かーた」
しっかり覚えてるもんだね。
ナタリアさんも集中したいときは、やってたっけ。
きっとこれが、鬼人族の基本なのかも。
そのまま手を滑らせて、腕組みをするように両方の肘に触れる。
「ひーじ」
マルテさんはいまだによくわからないみたいだけど、目が更に細くなってる気がする。
可愛いでしょう?
うちのデリラちゃんは、うんうん。
マナの流れを追うように、右手で左の手首を、左手で右の手首を軽く握る感じに。
「てくび」
デリラちゃんの手首には、俺が作った腕輪がある。
それでも発動しなかった水の魔法って、さっきマルテさんが言ってたとおり、種族的な相性があるんじゃないのかな?
最後に、拝むように両手を合わせる。
「おてて」
声と同時に、まるで花が咲くかのような感じで、手のひらを上に向けて開いた。
「むーっ、……せいれいさん、デリラちゃんおねがいなのっ、みずをあつめてほしいのっ」
その瞬間、デリラちゃんの頰から耳にかけて、もの凄く赤く染まったんだ。
まだ外は涼しい、ここも同じような感じなのに。
「ぱーぱ」
俺を振り向いたデリラちゃん。
何かをやり遂げたような、遊びまくって満足したような、そんな表情。
ふらっと、こっちに倒れそうになったデリラちゃんを俺は抱き留める。
あぁ、もしかしたら、腕輪の魔石がデリラちゃんのマナを吸い上げて増幅。
そのうえ、目一杯使っちゃったとかかもしれないわ。
慌てて俺は、デリラちゃんの額に手をやる。
うん、変に冷たくないし、熱くもない。
「大丈夫?」
「だいじょぶよ、ぱぱ。ほらっ」
デリラちゃんの右手の手のひらに、よく見ないとわからないくらいだけど。
小金貨一枚あるかないかの薄さで、水が溜まってたんだ。
「すご――」
「嘘でしょぉ?」
俺が『凄いね』と褒めようとしたとき、俺の声に被せるような感じで、マルテさんが驚いた声が。
マルテさんは、デリラちゃんの手のひらを、前のめりになって食い入るように見てるんだよ。
水の精霊様が本当にいて、デリラちゃんの願いを聞き入れてくれたのかはわからない。
でもデリラちゃんは結果的に、水の魔法を発動させることに成功した。
けれど、その代償として身体の中にあったマナを、ほとんど使い切ったようにも見える。
確か俺がマナを枯渇させたときが、ちょうどこんな感じだったから。
デリラちゃんはナタリアさんや俺を心配させるようなことはしない。
『だいじょぶよ』と言うんだから、大丈夫なんだろう。
デリラちゃんのこと、ぱぱが信じないわけにいかないからね。
デリラちゃんは俺の腕の中でお昼寝中。
お昼ご飯前にこうして眠っちゃうのは、珍しいことなんだ。
「たしかこう、だったかしらねぇ」
マルテさんはデリラちゃんがやってみせたように、自分のお腹に手のひらをあててた。
「おなかぁ、……おむねぇ」
あ、見たら生暖かい眼差しで見られちゃうやつだ。
俺はそう思って、明後日の方向を見ざるを得ない状態になる。
そんな間も、マルテさんの声は続く。
「かーたぁ、……ひーじぃ」
そろそろ見ても、うん、やめとこう。
「てくびぃ、……おててぇ、……水水水――あぁああああっ!」
何があったのかと、俺は振り向いてマルテさんを見たんだ。
「うあ、ちょ――」
マルテさんは、自分の目の前に大きな水の珠を出していたんだ。
その大きさときたら、破れたらまず……、あ。
そう思った瞬間、水の珠を覆っていた何かが破けて、辺りは水浸し。
「やってしまいましたぁ……」
舌をちょろっと出して、照れるような表情のマルテさん。
▼
受付には、濡れちゃまずいようなものも沢山あったんだけど、あっという間に水分が抜けてた。
紙なんかは、ちょっとよれよれになってたけど、実に驚いたよ。
水の勢いで端に追いやられた備品は、片付ける必要があったんだけどね。
あのあと、水浸しになった受付所は、マルテさんの水の魔法であっさりと解決。
水の珠を作り直して、外へ運んで終わりだった。
眠ってしまったデリラちゃんを、アレイラさんにお願いして、俺は後片付けを手伝っていた間、ちょっとした質問をしていたんだ。
「――長さんに聞いたらですねぇ、教えてくれたと思うんですけどねぇ」
「あ、そうか。マルテさんに水の魔法を聞きたくて、すっかり頭から抜けてたかも」
「可愛らしいですねぇ、陛下もぉ」
「可愛らしい?」
「だってぇ、まだ生まれてまだ五十年も経っていない、若い子なんですからぁ」
『五十年も経ってない』って、……やっぱりそう思われてたんだ。
俺もデリラちゃんも、バラレックさんだって一緒くたに子供扱い。
「あはは。……あ」
「なんでしょぉ?」
「まだ答えてもらってませんけど」
「あらぁ、忘れてましたぁ。……そうですねぇ」
俺がした質問は『ここの商人さんで、クァーラさんとマルテさん以外にも、魔族の人はいるのかな?』ってこと。
グリフォン族、スキュラ。
スキュラは自分たちを『族』って言い方しないんだってさ。
人間だって『人族』って言わないから、そういう感じなんだろうね。
「森の種族さんとぉ、山の種族さん、あとはぁ、草原の種族さんだったかしらねぇ?」
魔族と呼ばれてる人がまだ三人はいるってことなんだ。
「マルテみたいな海の種族はぁ、マルテ以外いないのよねぇ」
なるほど、海の種族のスキュラって意味なんだ。
前に行った羊魔族の皆さんがいた大陸も、歩いて行ったらどれくらいかかるかわからないほど遠い場所。
魔族領には、俺たち人間が知らない種族の人が沢山いるんだろうな。
きっと。
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