第百十九話 水の魔法とスキュラ族 その1
デリラちゃんが膝というか、マルテさんの複数ある足の上に座らせてもらってる。
そんなデリラちゃんを、まるで子か孫でもあやすかのようにしてくれるマルテさん。
なんていうか、まるでイライザさんみたいな落ち着きようなんだ。
一体何歳くらいなんだろう?
ま、エルシーがいたら『女性に年齢を尋ねるなんて、失礼なことをするもんじゃないわよ』って怒られるところなんだろうけどさ。
「デリラちゃんね、六歳なの。マルテちゃん、いくつなの?」
ありゃ?
デリラちゃんが、俺の疑問に気づいたわけじゃないだろうけど。
直接聞いてくれちゃってる。
「姫様。マルテはですねぇ。三百と八十八歳なのですよぉ」
「さんびゃくはちじゅうはっさい?」
「はい、そうですぅ。よくできましたぁ。マルテはまだまだ若いのですよぉ」
まじか。
三百八十八歳で若い概念なのか。
スキュラ族って、もの凄く長寿な種族なんだな。
そっか、そりゃ俺なんか、彼女からみたらデリラちゃんと変わらないのか?
だから俺がマルテさんの胸元見ても、なんとも思わないのかもしれないわ。
小さな子供が見てたって、いちいち気にしても仕方ない、……ってそう思われてるのかもだわ。
「あ、そうだ。マルテさん」
「はい、なんでしょぉ?」
「さっきの水の魔法。詳しく説明してもらえませんかね?」
「別にぃ、いいですよぉ」
「じゃ、デリラちゃん、こっちおいで」
「あいっ。マルテちゃん、ありがとぉ」
あ、マルテさんの真似してる。
きっとお気に入りになったんだろうね。
「いいえ、どういたしましてぇ」
柔らかい表情、柔らかい笑顔。
なるほどこれは、本当の意味で大人の表情なんだろうな。
デリラちゃんはマルテさんの膝の上から地面に降りると、ジャンプ一番カウンターを飛び越して、俺の肩の上。
指定席とも言える肩車の状態になって、俺の頭に顎を乗せてマルテさんを見てる。
「もう少しぉ、こちらへ寄ってくださいねぇ」
俺はデリラちゃんを乗せたまま、半歩前に出てみた。
「では、いいですかぁ?」
「はい」
「あいっ」
マルテさんは、カウンターの上に右手の手のひらを広げて見せる。
「――んー、はいっ。どうですかぁ?」
手のひらを凹ませて、そこにさっきまではなかった水が徐々に溜まっていくのが見えるんだ。
「おー」
「おー」
俺とデリラちゃんは、驚きの声を漏らしてしまった。
「親子、ですねぇ」
同じタイミングでだったね。
だから、デリラちゃんは俺の真似をしたわけじゃない。
「そりゃね」
「ねー」
俺の頭の上から、俺の顔をのぞき込むデリラちゃん。
「これからですよぉ。よく見ててくださいねぇ」
「はい」
「あいっ」
「んー、むむむむ」
多分、『どうなってほしい』みたいに頭の中で念じてるのを、デリラちゃんにもわかりやすいようにやってくれてるんだろうね。
――と思っていたら、なんと、水が手袋みたいに手全体を覆ってしまったんだ。
「おぉ」
「おぉー」
マルテさんにとって、俺たちが驚いてるのが、拍手なんかと同じなんだろう。
目がとろんとしたように、細くなって笑顔になるんだよ。
「あ、ちょっとまっててくださいねぇ」
マルテさんは何かを思い出したのかな?
裏手にひっこんでしまった。
けれどすぐ戻ってきた。
彼女の手には、グラスが握られてるんだ。
「これをですねぇ、ここに置いて、むむむむー」
グラスの上に手のひらをかざすようにして、魔法を行使してくれる。
ぽたり、ぽたりと水の雫が落ち、徐々に勢いは強くなって、あっという間に七分目くらい溜まっていた
「おー」
「おー」
三度同じ反応を見せてしまった。
だからだろう。
「血よりも育ちなんでしょうねぇ」
知ってるんだ、いや、調べたんだろうねきっと、マルテさん。
俺とデリラちゃんが本当の父娘じゃないことも。
「陛下と姫様はぁ、そっくりなのですよぉ」
「ありがとぉ」
「いいえぇ、どういたしましてぇ」
デリラちゃんは、俺とそっくりと言われて嬉しかったんだろう。
俺がお礼を言う前に、先に言っちゃったからね。
「まずですねぇ、魔力はですねぇ、マルテの中から使ってますぅ」
魔力、なるほど。
出身はこの大陸じゃないっぽいね。
「ぱぱ、まりょくって、マナのことよね?」
「そうだね」
羊魔族の皆さんや、オルティアも同じことを言ってた。
オルティアが魔力と言ってたのをデリラちゃんも聞いたことがあるからね。
「マルテちゃん、デリラちゃんね、まりょくね、だいじょぶよ」
「ありがとぉ」
マルテさん、俺を見て頷いてる。
俺も同じように頷いてみる。
デリラちゃんが理解できてるから、俺も大丈夫だよという意味でね。
「このあたり海ないからぁ、川で説明するねぇ。マルテはねぇ、魔力は中からだけどぉ、水は外から集めてるのねぇ」
デリラちゃんが俺の頭の上から、『ぱぱわかる?』という感じに、何やら難しそうな表情をしてるんだ。
俺はマルテさんに、肩をすくめて見せる。
マルテさんは、『デリラちゃんが理解できてないみたい』とわかってくれたみたいだ。
「そうねぇ。マルテたちがこうして」
マルテさん、胸に両手をあてて、わざと音が聞こえるように深呼吸をするんだ。
「――すぅっ、……ふぅ。こうしないとぉ、死んじゃうのはわかるかなぁ?」
「うんっ」
この声の感じ。
大丈夫みたいだよ、そうひとつ頷く俺。
「マルテたちがね、吸ってる『これ』はね、『空気』とか『エア』とも言うのねぇ。マルテの集落ではねぇ、『空気』って言うのぉ、だいじょうぶぅ?」
「うんっ、だいじょぶっ」
あ、もしかしたら、父さんから教わったのか?
確かに両方使うかな?
人間が生きていくのに必要なものの中に、食料なんかの他に、『マナ』と『エア』があるって教わるんだよね。
「この『空気』を吸い込むときにねぇ、『吸気』って呼んでぇ、吐くときに『呼気』でぇ、一連の動きをねぇ、『呼吸』って言うんだけどぉ、知ってるかなぁ?」
「あいっ」
凄い、そんなことまでもう、教わったんだ。
でも難しいことから説明する必要あるのかな?
正直、俺はそろそろヤバいかもだわ。
「マルテたちがねぇ、息を吸う前もぇ、息を吐いたあともねぇ、残ってるものがあるのねぇ」
マルテさんの話す口調がゆっくりだからか、ものすごくわかりやすいように感じる。
ぎりぎりここまでなんだけどね、俺はさ。
「それがねぇ、『水気』なのねぇ。川の水とねぇ、同じものなのぉ」
「うん……」
デリラちゃんもぎりぎりみたいだ。
「その水気を集めるとねぇ、水になるのねぇ」
マルテさんは、グラスに入ってた水を飲み干すと、また手のひらに水を集めて、グラスへ見えるように落としてくれる。
「おぉー」
「おぉー」
デリラちゃんも俺も、ここ理解できた。
『この水気がねぇ、上の方で集まるとねぇ、冬は雪になってぇ、そうでないときはぁ、雨になって落ちてぇ』
身振り手振りを織り交ぜながら、ゆったりと説明してくれるから、俺にもまだわかる。
きっと、デリラちゃんと同じ小さな子に見えるんだろうなぁ……。
「でもねぇ、マルテたちスキュラでもねぇ、マナを使ってもぉ、手でこうしてぇ、集めようとしてもねぇ」
何もないところを手で搔くように、でも何も掴めないよって感じに。
「水気をねぇ、集めることはできないのぉ。方法はねぇ、あるんだろうけどぉ、なかなか難しいことになってしまうのよねぇ」
マルテさんはちょっと複雑そうな、難しそうな、情けない感じの表情をつくるんだ。
「けどねぇ、だいじょうぶぅ。マルテたちはねぇ、『水の精霊様』にねぇ、マナを渡してぇ、お願いするように祈るのねぇ。するとねぇ、代わりに集めてくれるからってぇ、教えてもらったのねぇ」
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