第百十七話 バラレック商会の皆さん その2
羽音と共に、ある特徴的な女性の声が聞こえてくる。
「あ、えっと」
『グアールがお世話になってます』
「あ、あぁ、クァーラさんだっけ?」
『はい、クァーラです。お久しぶりです』
グリフォン族の女性で、彼女の弟が確かグアール君だっけ?
若い勇者たちと一緒に国のために働いてくれてる。
えっと、んっと、グアール君がライラットさんか、ジョーランさんの相棒だっけ?
彼女は、ルオーラさんとも近いんだっけか?
付き合いのある人が多すぎて、おまけに名前を覚えるのが苦手な俺。
グリフォン族の皆さんは特にわかりにくい。
声の感じや喋り方。
目元の感じや、毛色や毛並み、それらを総合して、判断してる。
いや、ルオーラさんからそうして同族の間では判断してるものだって、教わったんだ。
俺が考えたんじゃなくて、なんとも申し訳ないよね。
クァーラさんみたに、うちの関係者と紐付けして考えるとね、関係性がはっきりしてくるから、なんとなく覚えてるんだ。
いやはや、慌てた。
よく覚えてたよ俺。
うんうん。
彼女はそうだ、グリフォン族の里で木工を学んでたらしいけど、苦手だったそうで。
グリフォン族の女性は皆、木工が得意なわけじゃないんだって、そのとき初めて知ったんだよね。
仕事をどうするか悩んでいたときに、ルオーラさんから相談したらしい。
かといって、ルオーラさんが勝手に決めるわけにもいかず、そのときたまたま来ていたバラレックさんに、商会で働いてほしいと提案があったんだよ。
バラレック商会には、あちこち馬車で交易に向かってる人たちがいるんだ。
食料などの配送や、連絡役をしてるとのこと。
だからこそ、グリフォン族の人に活躍の場があるんじゃないかということらしい。
正直助かったって、ルオーラさんも言ってたっけ。
「元気にやってるみたいだね?」
『はい。楽しくて仕方ありません。皆さんにも良くしてもらっていますので』
「そっか。よかったよ」
『はい。では、失礼いたしますね』
そう言うと彼女は、大空へ飛び立っていく。
仕事が充実してるって、大切だよ。
俺もほら、今の宝飾の仕事がなければ、何したらいいかわからなかったからさ。
まぁ、女性だからといって、彼女も立派なグリフォン族。
狼型の魔獣くらいなら倒せないにしても、寄せ付けないのは容易いらしい。
ルオーラさんも、心配ないと言ってたからね。
この商会の商会長、バラレックさんは俺と同じ庶民の出。
年齢的には俺より少し、年上だったはず。
彼は母さんの、歳の離れた実の弟。
実の姉が勇者になったんだ、自分にもきっとと勇者を目指したそうだけど。
十五のときに、自分には勇者の素養がないと理解したとき、あっさり諦めて商売をしていた実家を継ぐことを決意したんだって。
最初は、小さな町の商会をしていて、そのうち隣の王都にも店を構えられるほどになったそうだけど。
何を思ったか、勇者だった母さんに負けたくないと、商会の建物を処分して、交易商を始めることになったんだって。
各地を旅して、なんと、魔族領まで足を伸ばして、沢山の仲間を手に入れた。
そうしてこの、バラレック商会を運営してるそうなんだ。
人間だけでなく、魔族の人も商会にいるからか、クァーラさんも普通に受け入れてくれたみたいなんだよ。
どこにも拠点を持たない彼の商会。
バラレック商会の名は、商人の間では通っていた。
それこそ、取引を停止された国は、大ごとになるくらいまでに。
一時期お隣も取引停止になってたらしいんだよね。
そんなバラレック商会は、俺が国を興すのを知ってか、ここに拠点を作ることになったんだ。
バラレックさんは、俺にはない情報という武器を持ってる。
そんな情報や、特別な道具を駆使して、商会の仲間を魔獣から失うことなく、旅を続けている彼は本当に強い男だと思ってる。
そんなバラレックさんは、母さんの弟だから、俺にとっては叔父になるんだけど。
俺は彼のことを友人だと思ってる。
たまに会うと、母さんの愚痴を聞かされるんだけどね。
バラレック商会の皆さんは、クレンラード王国の市民権を持っていないと聞いた。
バラレックさん本人は持っていたらしいんだけど、戻るつもりも主張するつもりもないだってさ。
だから俺の国、クレイテンベルグ王国に拠点を設けることになったとき、皆さんには俺の国から、市民権をもらってくれるように、バラレックさんへお願いしたんだ。
皆さんの、もう一つの故郷になるよう、良い国を作る約束をした上でね。
もちろん、喜んで受け取ってくれたって聞いてる。
搬入口がある建物の裏手。
そこには、受付のカウンターがあって。
いつも誰か、そう、ナタリアさんより少し控えめだけど、おっぱ──いや、綺麗な女性がいたはずなんだけど。
「こんちは、……ってあれ? ここは誰かいるはずなん──」
「──くしょん」
「へ?」
誰もいないはずの、その場所に、くしゃみが聞こえたんだよ。
するとありゃりゃ?
裏の石壁の目に沿った景色から、じわっと違う姿が浮かび上がったんだ。
「あ、も」
声が聞こえる。
うん、声のとおり女性だね。
胸元には、名前の入った名札があるんだよ。
そういやアレイラさんも『接客係 アレイラ』ってのを着けてたからね。
きっと名前を覚えてもらう目的もあるんだろう。
なになに?
『受付係 マルテ』さんね。
マルテさんっておっぱ──いやいやいや。
エルシーがいたら、怒られるところだよ。
危ない危ない。
「も?」
「申し訳ありませんねぇ」
誰もいなかったそこに、姿を現した女性。
くるくるした赤毛の長い髪、横に長い瞳孔の、珍しい瞳。
色白な肌の女性。
明らかに、魔族だってわかる女性。
「いや、別にいいんですけど。いつそこに?」
「ずっと、いましたけどぉ?」
「いやいやいや。今、ぼやっと姿が」
「あらぁ、伺ってなかったのですねぇ。名札のとおりマルテ、と言いましてぇ、スキュラ族なんですねぇ」
「あ、はい。そうなんですね?」
なるほど魔族の女性、スキュラ族とな?
初めて聞く種族だったと思う。
「えぇ。マルテたちはぁ、集中してるとですねぇ、身体の色味をですねぇ、周りに同化させられるような、なんと言ったらいいかですねぇ」
あ、デリラちゃんみたいに、自分のことをそう言う人もいるんだ。
マルテさんは話し方が特徴的で、とてもおっとりしていて、時間の流れをわすれさせるみたいな感じを覚えてしまう。
「それは凄いですね」
うん。
実に凄い、胸元だわ。
「えぇ。ですがこの場所は平和で暇でぇ、たまにこうして同化させないとぉ、いざというときにですねぇ、失敗したらいけないのでぇ、特訓を兼ねて我慢比べしてたわけなんですねぇ。ただちょっと慣れなくてぇ、ついですねぇ、居眠りをですねぇ」
思うけど、こう、なんて正直な人なんだろうね。
それにしても、ここが平和だって言うんだから、どんな過激な生活をしてたんだろう?
まぁ、魔獣を相手にしてた勇者が言うのもなんだけどさ。
「いつもは多少は緊張感があるぅ、諜報のおしご──」
「え?」
ちょうほうってなんだ?
「あら嫌だぁ、なんでもありませんよぉ。さすがに居眠りしちゃったらぁ、集中が切れますねぇ」
そう言って、コロコロと笑うんだ。
「あらぁ、そういえばぁ、陛下じゃありませんかぁ? 長さんにご用事ですかぁ?」
俺のこと知ってるんだね。長さんって、商会長のバラレックさんのこと?
それにしたって、この……。
「あ、はい。そう──お、おぉおおおお?」
「あら嫌だぁ。胸はいいけどぉ、足は恥ずかしいんですよねぇ」
胸元はいいのか?
室内とはいえまだ暖かいってわけじゃないのに、薄手のドレスみたいな服装だし。
なるほど、ドレスみたいな感じじゃないと、この足、収まらないのかな?
それにしたって驚いたよ。
うにょうにょした、数本ある触手っていうの?
足が何本もあるみたいな。
いつもはカウンターの外からだったけど、こうして近寄って初めて気づいたんだよ。
「マルテはですねぇ、スキュラなのでぇ、……あ、ちょっと待ってくださいねぇ。水場から遠いとぉ、乾燥していて乾いてしまっていてぇ、かさかさするとですねぇ、ひび割れてぇ、ちょっと痛くてですねぇ」
彼女はそう言うと、足と思われる場所に手をあてて、何やらぶつぶつと──
「おぉおおおおお?」
「嫌ですよぉ。そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃないですかぁ」
「ななな、何ですかそれは?」
「いぇ、そのぉ。マルテの足ですがぁ?」
「いやそうじゃなくその、綺麗な足のところに、モヤモヤっとした、ツヤツヤしたその、水、みたいに見えるやつ?」
彼女のうねうねとした、艶かしい足を包む、透明なツヤツヤした何か?
「これ、ですかぁ? 別にぃ、珍しいものではありませんよぉ?」
「と、いうと?」
いや、つい、ガン見したまま話を続けてしまってるのに気づいてなくて。
慌てて目線を戻したんだけど。
マルテさんは、変わらず笑顔でこっちを見てるんだ。
「マルテたちはぁ、水の魔法とぉ、呼んでますけどぉ?」
「──こんな近くに、魔法使いいたっ!」
俺はつい、両腕を天に突き上げて、つい叫んでしまったんだ。
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