第百十五話 デリラちゃんとだいじょぶのはじまり。
閑話は本来一人称ですが、今回はちょっと違った趣向。
絵本のようなナレーションの展開にしてみました。
デリラちゃんは、鬼人さんたちの集落にある、族長さんの家で生まれました。
お母さんの名はナタリア、お婆ちゃんの名はイライザ。
そんな家族の家に生まれました。
デリラちゃんの生まれた家には、訳あって、お父さんとおじーちゃんがいません。
たった二人だけの、ちょっと寂しい、それでいて、仲の良い二人の間に生まれてくれたのです。
鬼人さんの中には、本当に、本当に、ごく稀に、特別な力を持って生まれる人がいました。
デリラちゃんも、そんな子のひとりだったのです。
デリラちゃんの持つ力は、後にわかるのですが、遠感知というものでした。
遠感知は、鬼人族の間に、名前だけは伝わっていました。
遠くにある何かを知ることができる力、ということだけ。
けれど、それ以上のことは、詳しくわからないのです。
なぜなら、何百年も前に持つ人がいたとだけ伝えられていたからだったのでしょう。
デリラちゃんは、普通の子より話すようになるのが早かったように思えます。
デリラちゃんが一歳のときでした。
最初に話した言葉は、『まま』でした。
デリラちゃんは不思議なことに、ナタリアのことを『まま』と呼べばいいことを、なぜか知っていたのです。
ナタリアは喜びました、ただただ嬉しくて、そのときは気づいていませんでした。
次に話した言葉は、なんと『いらいざちゃん』だったのです。
そのとき初めて、ナタリアとイライザは、デリラちゃんの身に何が起きたのかを、感じたのでしょう。
確かにその当時、ナタリアはイライザのことを『イライザお母さん』と呼んでいました。
だからといって、一歳の子供とは思えないようなことだったのです。
最初は、何かの間違いだと思いました。
けれど、イライザがデリラちゃんを抱き上げているときは、『いらいざちゃん』と声に出しているのです。
そのとき初めて、ナタリアとイライザは気づきました。
ナタリアはデリラちゃんに、何度も自分のことを『お母さんですよ』と呼びかけてはいました。
ですが、そもそも『まま』という言葉を、デリラちゃんに教えていなかったのです。
孫娘の身に起きたその不思議な現象をイライザは、鍛冶屋のグレインと、そのおかみさんのマレンたちに相談しました。
悩んで考えて、古い文献などを調べた結果、もしかしたら鬼人族に古くから伝わる、『遠感知』ではないかということになったのです。
デリラちゃんが二歳になろうとしているころには、ある程度言葉も理解できているように見えました。
そのころのナタリアは、時折辛くて寂しくて、泣いてしまうことがありました。
そんなとき、デリラちゃんは『まま』と言って両腕を広げます。
花が咲いたような笑顔で、抱き上げろとせがむかのようにナタリアを呼ぶのです。
そんなデリラちゃんの笑顔で、母親の自分が泣いていてはダメだと思えるようになったでしょう。
自分が笑っていさえすれば、ナタリアが、イライザが笑って過ごせるということを。
小さなデリラは、遠感知のおかげで、知り得ていたのかもしれません。
夜泣きもせず、ナタリアやイライザの前では常に笑っているような子だったのは、自然と、我慢することを覚えてしまったからなのでしょう。
一般的に、物心がつき始めると言われている三歳くらいのときでした。
デリラちゃんにも不思議なことが起きたんです。
外に出る必要もなく、部屋にいながらも、『好きなもの』、『嫌なもの』、それがどの辺りにいるのかが、ある程度わかってしまっていたのです。
よく笑うデリラちゃんは、実は怖がりで、とても人見知りでした。
それゆえに、その感覚も磨きがかってしまっていたのでしょう。
ただ、この感覚は、デリラちゃんにとってごく普通のことだったのかもしれません。
集落の誰かが、族長のイライザに用事があって屋敷を訪れた際は、その人が屋敷に入るその前に、居間にいたはずのデリラちゃんは、ささっと部屋に逃げてしまいます。
そのせいもあって、集落の人たちは、デリラちゃんの姿を近くで見ることがほとんどありませんでした。
もちろん、デリラちゃんはまだ小さく、人見知りが激しいと言われているので、仕方のないことだと思われていたのでしょうね。
デリラちゃんが四歳になろうとしていたある日、ナタリアもイライザも、恐れていたことが起きてしまいました。
屋敷へ慌てて訪れた人が『魔獣が現れました。急いで逃げてください』そう、言うのです。
真っ青になったナタリアが、デリラを抱き上げてました。
できるだけ遠くへ逃げようとしたそのときだったのです。
「だいじょぶよ」
デリラは、ぺちぺちと優しくナタリアの頬を両手のひらで叩き、笑顔を見せるのです。
とても気の強い子だと思ったでしょう。
ナタリアもイライザも、勇気が出たでしょう。
しばらくすると、報告が入りました。
魔獣は、いわゆる『ナリカケ』。
その名のとおり、黒いマナに少々あてられて、魔獣に『なりかけていた』獣だったのです。
魔獣になりきっていなかったこともあり、集落の男たちだけで退治できたとのことでした。
報告の後、デリラちゃんが言うのです。
「まま、だいじょぶよ。ね?」
ナタリアはそのとき『大丈夫だったでしょう? よかったね』と受け取ったのです。
その数日後、また、魔獣の知らせが入ったとき、再度デリラちゃんは『まま、だいじょぶよ』と言うではありませんか。
気丈な娘に、孫娘に心配させてはいけない。
ナタリアもイライザも、気をしっかり持って、落ち着いて行動することができたのです。
ややあって、先日と同じように『ナリカケ』だったと報告がありました。
その夜、デリラが眠った後に、ナタリアとイライザは、同じ違和感を感じたことを話したのです。
その冬が明けるまで、同じように『ナリカケ』が集落を襲います。
ですが、デリラちゃんはその度に『だいじょぶよ』と言うのです。
その全てを言い当てる彼女のその言葉、それがおそらく『遠感知』だろうと思うようになりました。
デリラちゃんは四歳になりましたが、相変わらず激しい人見知り。
スクスクと育ってくれるデリラちゃんは、家の中では活発でも、家の外ではナタリアの胸にぎゅっと顔を押しつけて、周りを一切見ようとしないのです。
それでも元気に育ってくれている。
それだけでいい、それ以上は贅沢だと、ナタリアは思ったでしょう。
デリラちゃんはとても不思議な、とても賢い子に育っていました。
デリラちゃんは、ナタリアもイライザも、教えていない言葉を使うことがあるんです。
人見知りで、外へ遊びに行くこともないのに、どこで覚えてくるんでしょう?
イライザに用事があり、訪れた人たちの言葉を聞いて覚えたのでしょうか?
ナタリアが散歩に連れて行く際に、そこで覚えてしまったのでしょうか?
五歳になろうとしていたある日、ナタリアが料理に使う薬味になる葉野菜を、畑に摘みに行くときでした。
一緒に出てきたデリラちゃんは、
『あっちにおもしろいのがいる』
そう、感じ取ったのです。
ナタリアが葉野菜を選んでいるとき、デリラの足元に現れたのは、にょろりにょろりとのたうち回る、細長くて珍しい生き物でした。
落ちてる細い木の棒で、優しくつんつんすると、土の中に逃げていくんです。
「にげた、……むー」
ですがここで終わってしまうデリラちゃんではありません。
さっきの生き物が、次にどこへ出てくるのか、ほぼほぼわかってしまうからですね。
予想どおりの、少し離れた場所にまた出てくる。
つんつんする。
逃げられる。
悔しい、でも面白い。
そうデリラちゃんは思ったでしょう。
「あらデリラ。みみずがいたのね?」
「みみず、さん?」
「そうよ。んっと、みみずさんはね、いいこだから、あまりいじめちゃ駄目よ?」
「うんっ、だいじょぶよ。あまりいじめないよ」
首を傾げてそう言うデリラちゃん。
彼女の目は、とても楽しそうでした。
デリラちゃんは、畑に行くたび、みみずを探すようになりました。
見つけると、木の棒で優しくつんつん。
「つんつんつーん。みーみーずーさん?」
こうしてみみずは、デリラちゃんのお気に入りになったのです。
ある朝、ナタリアが眠い目を擦って、台所へ行こうとしていたときでした。
むくっと体を起こしたデリラちゃんは、部屋のある方角を向いて、寝言のようなことを言ったのです。
「あ、ぱぱがきた」
ですがすぐに、ぱたりと布団へ転がって、寝息を立てたのです。
ナタリアは、何が起きたかわかりませんでしたが、珍しい寝言だなと思ったことでしょう。
その数日後、運命的な出会いが、ナタリアとデリラちゃんに訪れるとは、このとき思っていなかったのです。
「つんつんつーん。……おーじーちゃん?」
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。




