第百六話 荒れ果てた集落に残されたもの。
そういやさ、魔獣討伐終わったんだけど、いつまで大太刀のままでいるの?
『あ、そういえばそうね。ウェルは気づいてないかもしれないけれど』
何のこと?
『ここはね、マナがもの凄く薄いの。あの魔獣を切ってもね、あまりマナを取り込めなかったから。何かあったときのために、このままでいることにしたのね』
あ、あぁ、そうだったんだ。
俺にはよく、わからないからさ。
マナが濃いとか、薄いとかはね。
『仕方ないわよ。向き不向きがあるんでしょう』
なんて言うか、出来が悪くてごめんなさい。
『別にウェルが悪いわけじゃないわ』
空を飛ばない龍、地龍の亜種と思われる魔獣の死骸が、集落だったここの外れへ山積みになっているけど、マナの取り込みは芳しくなかったということらしい。
エルシーは大太刀で魔獣を斬りながら、マナの回収もできるんだけど、この魔獣ではうまくいかなかったってことなんだ。
軽く見積もって、五十匹はいたと思うんだけど、ほんとわかんないものだよ。
俺とルオーラさん、ルファーマさん、エルシーの四人で話し合ったんだけど、もしここにいたとされる羊魔と呼ばれる人たちが食われてしまったらと考えると、解体する気にもなれない。
五十個以上の魔石が取れるんだろうけど、魔石のためにここへ来たわけじゃないから。
もしこのまま誰も見つからなかった場合は、このまま魔獣ごと埋めて、弔おうということになってるんだ。
俺たちが住む領域を母さんが必死に守ってくれて、俺も母さんのようにと頑張って守ったつもりだった。
だから俺が住む人間の地域は、俺が生まれた町ほど悲惨な状態になることはなかったんだ。
遅れてしまったけれど、鬼人族の集落もなんとか守っていけたと思う。
俺が住んでいた大陸とは違うここは、こんなことになっているとは知らなかった。
集落があったと思われる場所は、魔獣の巣になってたんだ。
だからこんなに、数がいたんだろう。
このやりきれない気持ちはあの日、……魔獣災害で全てを失った俺を抱きしめてただ謝ってくれていた、母さんが感じてたのと同じなんだと思う。
俺がここに来たからって、助けられるわけじゃないのはわかってたさ……。
ルファーマさんから聞いた話、この地域に住んでいるのは、グリフォン族の間で羊魔と呼んでた種族がいたらしい。
元々はここより、もっと暖かい地域にいたらしいんだけど、追われてきたんだろう、魔獣に。
一箇所に定住するわけではなく、家畜を育てやすい環境に移り住む種族だったそうだ。
でもなんとなく似てるんだよ、鬼人族にさ。
彼らの姿を見たわけじゃないから、俺にはわからない。
石で組まれた家が複数あるけど、ほんの少し前まで人が住んでた感じだ。
けれど壁は壊され、畑も荒らされ、あちこちに、家畜が食い荒らされた跡がある。
ルファーマさんは、この周囲にその羊魔という人たちが、どこかに逃げのびていないか、探してもらってる。
俺とルオーラさんは、家をひとつひとつ回った。
廃屋のようになってしまってる、扉を開けて中を見る。
もし、亡くなってる人がいたなら、弔ってあげなきゃいけないから。
けれどなんか変だ。
どこを見ても、荒らされた形跡はあっても、人が襲われた形跡がないんだ。
そう。
血痕がないんだよ。
俺たちが斬りまくってた魔獣の周りや、家畜のいた場所にははもちろんある。
けれど集落の中にある、家だった建物の中や周囲には、見当たらないんだ。
時間が経って、乾いてしまったとしても、痕は残るもんなんだよ。
もしかしてさ、うまく逃げることができたのかもしれないね。
『そうね。その可能性はないとは言えないわ』
そうだといいんだけど。
あれこれ思案しながら、エルシーと話しながらも探し回り。
俺がある家から出ようとしてたとき、
『ウェル様』
ルオーラさんが俺を呼んでるみたいだ。
『どうしたのかしらね?』
うん。
なんだか、沈んだような声だった。
「どうしたの?」
『はい。申し訳ございません。……その、申し上げにくいのですが』
「うん」
『犠牲者と思われる方が見つかりました』
「そっか。……案内してくれる?」
『はい。かしこまりました』
覚悟はしてた。
それでも、かなり辛い。
母さんだって、俺の両親を弔ってくれた。
それにここには、俺が来ると言ったから来たんだ。
それが勇者だった者の役目、俺がやらなきゃ駄目なんだよ。
魔獣の被害により壊されたことで、納屋なのか判別できないものもあったけれど、この集落には家の数が二十ほどあった。
全て見て回ったつもりだったけど、見落としてたのかもしれない。
もしかしたら、崩れてしまっていた石塊の下敷きになっていたのだろうか?
とにかく俺が、俺の我が儘でここに来たんだから、俺がやらなきゃなんだよ。
『気をしっかりね。ウェル』
うん、わかってる。
母さんほどじゃないだろうけど、俺だって覚悟をしてる。
あれ?
ルオーラさんの先導で、被害者がいる場所へ向かってるはずなんだけど、集落の中心からかなり離れてるんだ。
おかしいな? そう思ったけど、ルオーラさんが嘘を言うわけがないから、ついていったんだ。
魔獣の死骸が積まれていた先をぐるりと迂回して、集落の裏手にある切り立った山肌が見えてくる。
あぁ、そういえばこっち側も、魔獣を倒して回ったっけな。
回収し忘れた魔獣の死骸があちこちに落ちてる。
ルファーマさんが囲まれてたのが集落の入り口あたりだらか、俺たちがいたあたりだと思う。
ルオーラさんが足を止めた。
その先には、太めの木が陰になって見えなかったものが現れる。
洞窟?
『そのようね』
ここから集落までは、かなり離れてる。
こんなところに、犠牲者がいたってことか?
『こちらです。ウェル様』
ルオーラさんの声に力がない。
「うん。行こう」
ルオーラさんが用意してた、魔法回路の明かりが灯る。
彼を中心にして、洞窟の中も照らされてる。
ここに逃げ込んで、襲われてしまったのかもしれない。
洞窟の底面には、枯れ草や枯れ枝のようなものが薄くしきつめられている。
一歩進むごとに、体重をかけるごとにパキパキと音が出る。
もしかしたら、獣が住み着いていたのか?
ルオーラさんが先導してるんだ、警戒する必要はないと思うけど。
俺が両手を広げても、両側の洞窟内の壁に触れられないほどの広さがある。
四百、五百はあるか?
洞窟は奥へ行くにつれて、低い場所へ潜るように進んでいく。
三千ほど潜ったあたりか、ルオーラさんは足を止めた。
『このあたりに、……あぁ、ここです』
ルオーラさんは手に持っている明かりの魔法回路の入った箱をかざす。
するとそこにあったのは、すす汚れていた白い骨?
最初、犠牲者が白骨化してるのかと勘違いをするところだったが、あまりにも骨が大きすぎてそうはならなかった。
その大きさからして、さっきまで追いかけられながらも、討伐していた魔獣に似た感じ。
あの魔獣が、ここにかなり前からいたってことか?
俺にはさっぱりわからない。
ただ、魔獣だったことがわかるものがある。
それは、傍らに落ちてた小さな魔石があったから。
ただ、不思議なことに、その魔石が透明になっていたんだ。
魔石からマナが吸い出されたかのように。
ルオーラさんが自分の足下を照らしたとき、彼の言った意味がわかったんだ。
彼は俺の執事だ。
主人の俺が判断するまで、この場を動かすのを躊躇ったんだろう。
「なんて、こった……」
『そう、……ね』
俺とエルシーは言葉を失った。
魔獣と思われるがっしりとした太く重そうな骨。
折り重なってそれに押しつぶされそうに下敷きになっているのか?
仰向けになっていると思われる、右足だけが見えているんだ。
ゆっくり、丁寧に骨を持ち上げ、どかしていう。
するとそこには、目を覆ってしまうたくなるような、痛ましい。
服装から見るに、濃い青の靴、白い下穿き。
くるぶしまでの、服?
俺はまた遅かったんだ。
彼女はきっと、もう生きてはいないだろう。
なぜなら、……首から上がなかったから。
俺でも思わず眼を背けてしまいそうになった。
それでも、俺がなんとかしてあげたい。
そう思ったのと、さっきエルシーから『気をしっかり』と言われてるんだ。
彼女だってこれを予想してたのかもしれない。
『えぇ。わたしはあの日。マリサちゃんと一緒に、ウェルの生まれ育った町へ行ったんだもの』
そう、だったんだ。
うん、ありがとう、エルシー。
俺だってまだ勇者なんだ。
勤めをしっかり果たさないとダメだからさ。
それにしても酷い。
おそらくは、魔獣に食われてしまったんだろう。
あまりにも辛くて、直視しているだけで、情けなさ、悲しさ、怒りが交互にわき上がってきて……。
『落ち着くのよ』
「う、うん。わかってる」
『女性、いえ、女の子だったのかしら?』
背格好なら、デリラちゃんより少し大きいくらいか?
首から先がないからなんとも言えないけれど、一回り以上大きい感じがする。
「うん。どっちにしても。ここから連れ出してあげてさ、弔ってあげよう」
『えぇ。そうね』
彼女の首からは黒い物が流れ落ちてる。
魔族だからか、種族の違いだからか。
身体に流れる血の色も、違うんだろう。
ただちょっと、待ってくれ。
「あれ? おかしくないか?」
『どうかしたの?』
『どうかされましたか?』
俺の疑問に、エルシーとルオーラさんが反応する。
「匂いがないんだよ。……血、特有の」
俺の声に反応してか、一瞬腰の位置が青白く光る。
気がつけばそこに、エルシーがいた。
「――すんすん。確かに。匂いがないように思えるわ」
『確かにおかしいと思いますが。その』
「うん。なんだろう。これは……」
俺が少女を抱き上げようと手を伸ばしたそのときだった。
「ウェル。その子」
伸ばそうとしていた俺の手がぴたりと止まった。
「ん?」
「ほら、胸のあたり」
「胸? 子供だからまだ――」
「ほんっと馬鹿なんだから。そうじゃなくほら、わずかに上下してるのがわからないかしら? この子多分、生きてるわよ」
「……えっ?」
『……えっ?』
俺とルオーラさんの疑問の声が重なる。
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