第百五話 集落へ到着と同時にえらいこっちゃ。
翌朝、目を覚ましたときにはもう、ルオーラさんは戻ってた。
『おはようございます。ウェル様。奥様より、お弁当を預かっております』
「あ、おはよう。おぉ、こりゃ多く作ってくれたもんだ。ルオーラさんたちも食べたらいいよ」
エルシーはまだ寝てるみたいだ。
まぁ、大太刀の姿だから、起きてるかどうかわからないんだけどね。
昨日寝る前に、ルファーマさんが持ってきてくれたお酒を飲んでたら、いつのまにか人の姿に戻っていて、エルシーも一緒に飲んでたんだ。
ご飯はいらないって言ってたくせして、『お酒は別腹』だからって結構飲んでた。
ルオーラさん、ルファーマさんとも一緒に遅くまで飲んでたみたいだけど。
俺はつきあいきれなくて、さっさと寝ちゃったからさ。
あれ?
「ルファーマさんの姿が見えないけれど、どこ行ったのかな?」
『はい。わたくしと入れ替えに、一度里へ戻っております』
「なんでまた?」
『「フォルーラ様が相当怒っておられた」と教えたところ、それこそ大慌てで飛んで行ってしまいましたので』
なるほど。
七日かかるって伝えてなかったかららしい。
「ナタリアさんとデリラちゃん。どうだった?」
『奥様からは「身体を冷やさぬように」と。姫様からは「ぱぱがんばってね」との言伝をお預かりしております』
「そっか。それはよかった。安心したよ」
ややあってルファーマさんが戻ってきて、かなーり落ち込んでたわ。
相当、怒られたんだろうね。
フォルーラさん自身が怒ってるのもあるんだろうけど、お客さんのデリラちゃんとナタリアさんに心配かけてることも、怒られる要因だったのかもしれない。
聞けるような状態じゃなかったけど、体中から悲壮感が漂ってたよ。
▼
昨日、野営をする前に、『明日には到着の予定です』と、ルファーマさんが言ってたんだ。
グリフォン族の里を出て、なんだかんだで七日目の朝。
いや、まじめに寂しい。
ナタリアさんのご飯が恋しい。
こんなに長い間、デリラちゃんとナタリアさんと、離れたことなかったから。
ルファーマさん、こんな状態で帰りたくならなかったのか?
四年も帰らなかったなんてほんと、あり得ないわ。
ルオーラさん、ルファーマさんが飛ぶ空の上。
俺はルオーラさんの背中に乗ったままだから、動くことはないんだ。
じっとしてることもあってか、とかく冷える。
春先や夏場はいいけど、この冬前は正直洒落にならなかった。
厚手の上着を三枚重ねて着込んで、やっと耐えられるくらいに寒い。
それでも、寒いのにいい加減、慣れてきた。
慣れたというより、エルシーから言われた一言で割り切ったんだよ。
『大丈夫よウェル。あなたはそれくらいじゃ、死なないわ』
はいはい、何気に酷いよね。
『だから言ったじゃないの。あなたは「お化け」だって』
いや、まぁ、うん。
もういいよ……。
ルオーラさんの背中に乗ってるだけでさ、あまりに暇だったから、二人みたいに暗闇を見渡すことができないか?
あれこれやってみたんだけど、やっぱり駄目。
『あのねぇ。良く考えてごらんなさい』
何をさ?
『ウェルとフォルーラちゃんたちの目は、構造が違うのよ。新種の魔族みたいなものとは言ったけれど、生まれは人間なんですからね』
あ、そういうことか。
『ナタリアちゃんたち鬼人族さんは、比較的人間に近い種族のはずよ。鬼人族さんたちに、グリフォン族さんのような目の使い方、できる人がいるような噂、あったかしら?』
うん、聞かなかった、と思う。
俺と同じ、検証作業の大好きな父さんと、色々試したことがあった。
マナの使い方で、グレイんさんとも話したことがあった。
けれど、目の使い方に近い、特異な能力を持ってるのは、デリラちゃんだけだった。
けれどそもそも、デリラちゃんの『遠感知』は、目で見えるもの以外を感じる能力。
ルオーラさんたちの闇を見通す能力とは、少々違うみたいなんだよね。
『魔族領に住む人の中には、わたしも聞いたことがない人たちが住んでるはず。今から向かう場所もそう。どこかに特殊なものを持つ人がいるかもしれないわ』
なるほどね。
『それにね、ウェル』
ん?
『あなたはそんなに、人間から遠ざかりたいの?』
いや、そう、じゃないけどさ、
なんか、できないと悔しいじゃない?
『ほんと、そういうところは、小さい男の子みたいよねぇ』
悪かったね。
『イライザちゃんや、わたしからみたら、そんなものよ。デリラちゃんも、ナタリアちゃんも、ウェルも。年齢の差なんて、あまり変わらないわ。ルオーラさんとテトリーラちゃんの歳の差、聞いたでしょう?』
あ、うん、聞いた。
俺と同じくらいだった。
『長命な種族にはね、誤差みたいなものなのよ。あなただって、百年も生きてみたらわかるわよ』
そういうもんなのかなぁ。
『──ウェル様。そろそろ見えてくるとのことです』
ルオーラさんが教えてくれた。
「どのあたり?」
『はい。あの右側の丘の裏だそうです』
「エルシー、魔獣の気配はある?」
エルシーに調べてもらう。
勇者だったときは、こんな感じだった。
『そうね。あのあたり、……いるわ』
「ルファーマさん。集落って、言ってたっけ?」
『はい。そう見えました』
国や町、村の規模じゃない。
上空から見たら、そう感じたってことは。
「ルオーラさん。降りたらすぐ叩くよ」
『仰せのままに』
俺は大太刀を鞘から抜いていたんだ。
▼
「──うっそだろう? これ、魔獣って言っていいのかよ? 魔獣って獣が黒いマナにあたって、魔獣になったんじゃないのかよ?」
『世界は広いの。つべこべ言わずに動きなさい。ほら、次が来るわよ。ナタリアちゃんたちがいないんだから。怪我したら大変でしょう?』
「わかってます、……よっと!」
大太刀に宿ってるエルシーが叱咤してくれる。
確かにこの場には、ナタリアさんのような『聖女様』がいない。
怪我したら、治るまでどれだけかかるかわからない。
『まぁ、するとは思わないわ。きっとね』
「一言多いってば」
久しぶりに振るうけど大太刀、ほんとよく切れるよ。
職人の一人として魔石を扱うようになったから、魔石の硬さはよくわかってる。
青い魔石はほら、色々あるから、加工したことはないけど。
グレインさんの話では、赤い魔石より加工が難しくて大変だって言ってたっけ。
それでもこれなら刃こぼれの心配はないし、魔獣の骨が断てるかどうかは、俺の腕力次第ってわけだ。
少し離れた場所で、ルオーラさんは爪で魔獣を屠ってる。
俺みたいに力業なんかじゃなく、まるでこの魔獣を知ってるみたいに。
いや、それにしたってこの魔獣。
俺たちが怖くないんかね?
次から次から襲ってくるんだけど。
もしや、頭良くないのかな?
それとも、俺たちみたいな天敵がいないから?
恐れるという習慣がないのか?
『──ウェル。後ろ』
「えぇええええ? ちょ、あだだだだ。てめっ、このやろっ!」
魔獣の首を落としたら、背中から襲われたのか、左の肩口に痛みが走った。
そりゃいくら俺だって、噛みつかれたら痛いって。
まぁ、気になるほどの怪我じゃないんだろうけど、さ。
あまりにもうっとうしので、大太刀で払い除けようとしたとき、
『ウェル様。油断なさらぬように』
目の前の魔獣が真っ二つ。
そこにはルオーラさんが降りてきてた。
「ルオーラさん、助かる」
『いくらウェル様でも、無防備では、身体が持ちませぬぞ?』
「はいはい。ついさっきエルシーから怒られたばかり──だって!」
気配を感じて、その場所を横に薙いだ。
いや、それにしたって、なんだよこの数。
そういやこの魔獣には体毛がない。
あっちの国でもよく出てきたオークに、体表だけは近い。
ただあれは、二本足で歩くし、武器も持つ。
顔のつくりは猪に似てるけど、食べることは向かない。
これはどうなんだろう?
前足では物を持たないような気がする。
どっちかというと、狼型に似てるかも。
頭が大きくて、尻尾がある。
頭の部分は、あれだ。
たまに見かけた蛇に似てる感じがする。
けどあれは、前足も後ろ足もなかったんだよな……。
牙が鋭くて、皮膚がガサガサしてる。
皮膚っていうより鱗?
いや、皮膚なのか?
今は確認してる余裕はないから、あとにしておこう。
見れば見るほど、足の生えた蛇に見えてきたよ。
とにかく俺も、生まれて初めて見る魔獣だ。
そもそもこれを魔獣って、いや、獣って呼んで良いのか疑問だけどね。
「ルオーラさん。これも魔獣って呼んでいいものなの?」
『はい。地龍の一種と思われますが、そう呼んで構わないかと思います』
「地龍って、あの龍? 聞いた話じゃ、空飛んでるんじゃなかったっけ?」
『龍種、なのね。わたしも初めて見るわ』
「エルシーもなんだ」
『当たり前でしょう? わたしだって人間の住む領域しか知らないわ。あっちには龍なんていなかったんだから』
「あーうん。俺も話でしか知らないから」
『空を飛ばないものもいるのです。世の中は広いのですよ。はい』
ルオーラさんは空から見てたんだろうし。
近寄らなくても、知識として知ってるんだろうね。
「なるほどね。あ、ありゃりゃ。ありゃりゃりゃ……。ルファーマさん、大丈夫かな?」
あの時、頭にきて集落の果てに置き去りにしてきた、あの騎士団長みたいに。
ルファーマさんの周りに魔獣が群がってる。
ただ違うのは、右手でちぎっては投げ、左手でちぎっては投げ。
その度に、魔獣が吹っ飛んでるのが見えるんだよね。
『ご心配はいりません。あれでも、里では腕の立つ者でございましたので』
「ならいいんだけど」
『ウェル殿、ルオー、ラさん。見てないで手伝って、ほしいのです、が……』
「あ、やっぱり?」
『あの程度で音をあげるとは。情けない』
「手厳しいね」
『ほら、ウェルも行ってあげなさい』
「うん」
空を飛んで逃げてしまえばいいんだろうけどさ。
ひたすら倒してるルファーマさんも、かなり強いと思うんだけどね。
日が傾くくらいになって、あれからかなりかかったけど。
なんとか凌ぎ切ったっていうか、全部倒しましたよ。
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