第百話 ナタリアさんと一緒に、グリフォン族の里へ その4
日も完全に落ちて、俺たちがいる部屋以外外は真っ暗。
こんなに暗いのに、まだ飛んでる人がいるんだよ。
闇を見通せるって、ほんとなんだね。
ちょうどいいやと思って、さっき聞いた目にマナを通す方法をやってみてるんだけど。
「あなた?」
「ん?」
「何か気になる物が見えるのですか?」
「ううん。全く見えないよ」
「……あなた、もしかして?」
「あ、わかっちゃった?」
「お父様が言ってました。あなたとお母様はよく似てると」
「そうかな?」
ナタリアさんの声がちょっとあきれてる感じがするよ。
「あなたが今、何をしていたのか、当ててみましょうか?」
「うん」
ルオーラさんも、テトリーラさんも出来るってことは、強力みたいなものだと思ったんだけど。
グリフォン族の皆さんみたいな種族、特有のものかもしれないね。
「グリフォンさんたちの目、ですよね?」
「わかっちゃったんだね。うん。けどやっぱり駄目みたい」
「……あなたって、前向きというか、負けず嫌いというか。本当に、お母様そっくりですね」
褒められてるんだか、呆れられてるんだかね。
ここは城より標高が高い、だからかな。
流石に寒くなってきたから、雨戸を閉めた。
するとやっぱり、うっすらと見えてた部屋の中も真っ暗になっちゃった。
ナタリアさんの顔も、輪郭くらいしかわかんないや。
「──おてて……」
ナタリアさんがそう呟いたかと思うと、彼女の指先に小さく灯る炎が見えた。
辺りはぽうっと、柔らかく明るくなっていく。
「あ、火起こしの魔法か」
いいなぁ、やっぱり。
こう、汎用的な考え方というか、状況への対応力というか。
ナタリアさんは頭の切り替えが物凄く速いと思うんだ。
俺が鬼人族の集落前で、行き倒れていて、デリラちゃんに木の棒でつんつんされてたときは、流石に唖然としてたみたいだけど。
俺がどういう状況かすぐに判断して、水を飲ませてくれたっけ。
「あなた。今のうちにそれを」
あ、俺、ナタリアさん顔に見惚れてたから、『それ』の意味に気づかなかったんだ。
「あ、え? あ、そっかそっか。……えっと、あ、これか」
テーブルの上に用意されてた、小さな箱。
ナタリアさんを見ると、ちょっと駄目な子に向けるような優しい目をしてるし。
この目、よくエルシーが見せるんだよ。
だから間違いないと思うんだ。
……って、威張れることじゃないか。
「これを確か、こう──」
添えられてる魔石が、装置の一部から浮いた状態になっているのを、軽く押し込んで嵌めてみる。
すると、小さな箱全体が、淡く光り始めたんだ。
まじまじと見るのは初めてかも。
俺たちの部屋にも、これくらいの明かりがあるけど。
いつもはナタリアさんが点けてくれるから、俺、やったことなかったんだよ。
以前聞いた話によると、この豆粒のような魔石でもね、一月くらい点けっぱなしでも動くらしい。
この大きさの魔石の価値が、金貨一枚以上になるのも頷けるというもんだ。
「そういやさ、ナタリアさん」
「はい、何でしょう?」
「今さっきもそうだけど。ナタリアさんが魔法を使う時って、おなかから始まって、おててで終わる、まるで呪文みたいな動作と言葉を使うでしょう?」
「はい。そうですね」
「前にさ、父さんの治癒をしてたとき、使わなかったような気がするんだけどさ?」
「あの、ですね」
「うん」
「あたし、他人よりもマナが多いじゃないですか?」
「うん」
ナタリアさんもエルシーから教えられたから、マナが人より多いって自覚したんだと思う。
「治癒や強力は良いんですけど、火起こしはこうしないと、たまに大きすぎる火が起きてしまうもので──」
ナタリアさんが言うには、寝起きや疲れているときなどは、マナの制御が大雑把になってしまうことがあるらしいんだ。
合力と治癒の魔法は、直ちに周りへ影響はなくても、火起こしが暴走気味になってしまうと、延焼する恐れがある。
「なるほどね」
「はい。正しい手順は、気持ちを落ち着かせる効果もあるんです」
「それはわかる気がする。ナタリアさんに話したと思うけどさ」
「はい」
「俺が勇者になったばかりのとき、気持ちがささくれててね。魔獣を倒す気持ちが強すぎちゃって、魔石の制御にムラが出てたことがあったんだ。そんなとき母さんに『落ち着いて制御するように』って教わった。いや、怒られただったかな?」
古い方の、聖剣エルスリングの制御にしくじって、全く切れないことがあったんだ。
剣がまるで、木剣みたいになってしまって、力任せにただ殴っているような状態。
どうにもならなくなって、俺の代わりに母さんが魔獣を倒すなんてことがあって。
結構、叱られたっけなぁ。
「お母様の怒られている姿、想像できませんね。あたしは」
「だろうなぁ。母さんがさ、本気で怒ったことがあるって。父さんに聞いたことがあったけど、それはもう……」
確か、俺のことだったんだって。
王城へ乗り込んだとき、父さんが目を疑ったくらいだって言ってんだ。
「あ、そういえばなんだけど。鬼人族の使う魔法にはさ」
「はい」
「火起こし以外に、明かりを灯す魔法ってないのかな?」
地水風火の四大属性や、ナタリアさんたちが使う聖の属性以外にも、俺たち人間の世界には伝わっていないものが、魔族領にはあるんじゃないかって父さんが言ってたんだよね。
『──そうなのよねぇ。わたしも、何の属性に当たる精霊なのか、フォルーラちゃんもわからないって言ってるのよ。地の精霊に近いんじゃないか? とは思うのだけれろ』
あ、エルシー、呂律が回らなくなってる。
やっぱり飲んでたんだ?
『フォルーラちゃんに付き合ってあげてるのよ。しばらく我慢してたらしいのよね』
まぁ、エルシーが酔い潰れることはないだろうし。
心配はしてないから。
『はいはい。ありがとう』
声の具合からすぐに飲んでたってわかるってば。
「……そうですね。お父様からも聞かれたことがあります。古くから鬼人に伝わっていたのは、強力、治癒、火起こしくらいですね。あたしも、あたしの知らない魔法には、興味はあります。あなたのように、不思議な魔法もあるみたいですし。ただ、具体的に思い浮かべる手法がなくて、どうすれば光を灯せるのかがわからないのです」
俺の使う魔法。
魔石の制御の先にある、魔石や石を結合させる『あれ』のことだね。
「うん。ありがとう。そうそう、エルシーから返事があったよ。やっぱりフォルーラさんと飲んでたんだって」
「そうだったのですね。お優しいエルシー様のことですから」
「いや、フォルーラさんを理由にただ、飲みたいだけかもしれないよ?」
『悪かったわね』
あ、はい。
ごめんなさい。
「あなた」
「うん」
「エルシー様ですか?」
「うん。今、すっごい怖い声で怒られた」
「うふふふ。叱られた子供みたいな表情、してましたからね」
「やっぱり顔に出てたんだ?」
「えぇ。あなたは嘘をつけない人、ですものね」
凄く嬉しそうに言うんだよなぁ。
ナタリアさん。
こんこん──
「あ」
「えぇ」
ドアがノックされたね。
『ウェル様。先生。お食事の準備が出来ました』
この声、それにナタリアさんを『先生』って呼ぶ人は、ケリアーナさんくらいしか俺は知らない。
ドアが開いて、姿が見える。
明かりを必要としないグリフォン族の家。
そのため廊下が暗いからか、見た目でケリアーナさんだってわからない。
ルオーラさんとテトリーラさんが並んでいるときは、毛色の違いや、目元の違い。
テトリーラさんの方が、ルオーラさんよりひとまわり小さいし、声の違いからすぐにわかるんだけど。
こうなっちゃうと、わかんないんだよね。
俺が明かりの魔法回路を持って、ナタリアさんと一緒に進む。
途中、ナタリアさんがこう言うんだ。
「ケリアーナさん、あたしは別に先生と呼ばなくても」
「それならですね、ナタリア妃殿下と──」
「先生でいいです」
「あははは」
ちょっと拗ねたようなナタリアさんの表情。
ケリアーナさんにとって、ナタリアさんは料理の先生。
族長の娘、フォリシアちゃんを救ったデリラちゃんのお母さん。
グリフォン族が聖霊として崇拝するエルシーの近しい存在でもあり。
ついでに、俺の奥さんで、鬼人族族長の奥さんになって、気がついたらクレイテンベルグ国王の王妃様。
だったら先生って呼ばれた方が、気が楽なんだろうね。
「あ、ぱぱ」
『あ、おじちゃん』
料理の良い香りが漂う、ちょっと広めの部屋。
そこは、鬼人族の居間みたいに、低いテーブルがあるんだ。
グリフォン族の身体の造りから、椅子に座るのは少々難しい。
だからこうしたテーブルを使ってるんだってさ。
俺もこっちのが楽だし、慣れてるから、助かるよね。
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