98話 絵に描いたような役人
ダンジョン4層を走っていた列車が脱線事故を起こしてしまったが、やっと復旧されることになった。
すでにダンジョンは、都市圏を支える重要な鉱山や工場と化している。
鉄道がないと、運営の効率がかなり落ちるようだ。
自分の名誉のために深層に潜る一部冒険者とは違い、あくまで商売としてダンジョンに携わっている者も多い。
生活がかかっているとなると、陳情が多くなるのも当然だろう。
実際の工事となると、多くの工事関係者がダンジョンに潜ることになるので、護衛にも人数が必要だ。
サナやイロハにも声をかけた。
作業中に魔物が大量に湧くこともありえるからな。
調査のときのように4人ぐらいなら余裕で守れるが、人数が多くなると事故る確率も上がるだろう。
人命にも関わることだし、念を入れる。
部屋にいると、小野田さんから連絡が入った。
「おっと――来たか。姫、機関車やレールが揃ったみたいだから、羽田まで行ってくるよ」
「わかった」
今日はついてくるって言わないんだな。
まぁ、100%仕事だと解ってるし、すぐに戻ってこなくちゃいかんし。
「潜る準備は、しておいてくれ」
「承知した」
出ようとすると、フロントから電話だ。
客が来たらしい。
待っていると、ドアがノックされた。
「は~い」
ドアを開けると、天井に届きそうな巨体。
「来たぜ!」
やって来たのは、黒いローブを羽織ったイロハだった。
「おはようございます~」
「サナも一緒か」
「はい」
黒い小山の後ろから、サナが顔を出した。
「ここを待ち合わせ場所にしようかと思ってな。食い物も出るし! ははは!」
「おい!」
思わず、姫のツッコミが入る。
そりゃ、ここで待つのが一番確実だろうが。
「今日はコエダちゃんはいないんだな」
「4層のオークやらホブゴブリンなんぞ、バフがなくても、チョロいもんよ」
油断していると足を――それはないか。
「ツマラン敵で悪いな。政府の仕事だから、ちゃんと金は払うからさ」
「いいってことよ。ダーリンにはデカい借りがあるからな。どんどん使ってくれよ」
「そう言ってくれるとありがたい」
「それよりも――」
「なんだ?」
彼女がローブを開いた。
そこには、黒い鎧が装備され鍛えられた肉体があった。
下乳や、下腹部がちょっと露出している。
以前ゲットした、体力が回復するマイクロビキニを装備しつつ、鎧を合わせると、こんなデザインになったらしい。
「なるほど――これ以上マイクロビキニを隠すと、効果がなくなるギリギリを狙ったのか」
「そうなんだよ。効果を確かめるのが、大変だったぜ」
「防御に穴がある危険はあるが、体力無限回復は捨てがたい」
「そのとおりだよ。それにほら! ダーリンの大好きな下乳もあるぜ!」
彼女が、白い膨らみを強調した。
「う~む、素晴らしい」
「それは、胸じゃなくて筋肉だろ!」
姫のツッコミが入るが、イロハの鍛えられた肉体が美しいのは変わりない。
「いやいや、まるでスーパーヒロインみたいじゃないか。格好よすぎるよな」
「えへへ……そ、そうかい?」
珍しくイロハが照れている。
いや、マジでスーパーヒロインなんだよなぁ。
しかも、エンタメみたいな作り話じゃなくて、ガチの肉体派で戦闘のエキスパート。
彼女をヒロインにして、映画の話とかありそうだが――彼女の話では、そんな話は来てないという。
映画界は目が腐っているな。
いや、自分で作ればいいのか?
めちゃ金を持っているし。
なにか有効活用したほうがよくないか?
自分の考えたアニメを作ってみたいと考えたことがあったが、イロハをヒロインにした映画でもいいだろう。
いつになるか解らん夢のことを考えつつ、イロハの腹筋を眺めていると――。
「下乳ってのは、こういうのですよ!」
後ろから出てきたサナが、自分の乳暖簾を出してきた。
大きくて丸いものが2つ。
ダンジョンに潜る準備完了しているので、装備も万端整っている。
「こらこら、ダンジョンじゃない所で出さないように」
「ダーリン、それじゃあたいの尻も見てくれよ」
イロハがくるりと回ると、背中を見せてきた。
背中は隠れているのだが、尻の所だけ開いている。
こういうデザインにしないと、アイテムの効果がなくなってしまうのだろう。
まるで、昔流行った逆バニーみたいだな。
「なるほど――う~む、只者ではない」
まるで、尻の圧力で割り箸どころか、木材を折れそうな迫力の尻だ。
「そんなの私だって!」
「お前ら、いい加減にしろ! 痴女か!!」
サナも尻を出そうとしたところで、姫からツッコミが飛んだ。
「そうだ! 仕事だ! 悪い! ――俺は、機関車などを取りに羽田に行ってくるからさ」
「おう! それじゃ、あたいはここで待ってるぜ!」
「あの~、私も行っていいですか?」
「羽田に行って、すぐに帰ってくるだけだぞ?」
「はい」
「その女が行くなら、私も行くぞ!」
姫が立ち上がった。
「ちょっとちょっと、姫――サナは準備万端整っているけど、姫はまだでしょ?」
「うぐ……」
彼女は、まだ部屋着のままだ。
俺が羽田から帰ってきたら、即ダンジョンに出発だ。
それでは、姫は間に合わない。
「それに、桜姫さんが一緒にきたら、魔物と遭うんじゃないですか?」
「あ、こら」
本人に言うなって言ったのに。
「うぐ!」
姫が黙ってしまった。
実は、本人も「もしかして――そうかもしれない」と、薄々思っていたのか?
「悪いが、急ぐんだ」
俺は部屋を飛び出した。
「あ、ダイスケさん!」
サナが一緒についてくる。
「ついてきたってなにもないぞ?」
「いいんです!」
2人でホテルを出ると、外でアイテムBOXから自転車を出した。
そういえば――工事関係者が沢山来るんだよな。
資材やら機関車などは俺のアイテムBOXに入るけど、人員の移動はどうしたもんか。
小野田さんが、なにか考えてくれてればいいけど。
アイテムBOXから自転車を出すと、波止場まで二人乗り。
そのままポンポン船に乗り込んだ。
肌にへばりつくような潮風の中を船が進む。
「よし、俺も準備をするか」
アイテムBOXから装備を出して、装着した。
男は簡単でいいよな。
「ダイスケさん、海でも魔物を倒したんですよね」
「ああ、姫と一緒にいるときに、湧きにあってな」
「やっぱり、あの人が魔物を呼んでるんじゃないですか?」
「もう、それは本人に言うなって言っただろう?」
「う……で、でも……」
どうやら彼女には、姫に対抗意識があるみたいだな。
レベルも上回っている可能性もあるし、仕方ないか。
若いしな。
彼女と話している間に、羽田に到着した。
今日は無事に海を渡れたようだ。
海を渡ったら特区ではないので、軽トラを出す。
「え~と待ち合わせの場所は……」
スマホにマークして、ナビをしてもらう。
そんなに遠くはないようだ。
サナが、助手席に乗り込んだ。
「えへへ……」
「なんで笑ってるんだ?」
「この車って、桜姫さんは乗ったことがあります?」
「いや、ないな」
「やったぁ!」
彼女が拳を突き出した。
軽トラを走らせて、ナビに示された埋立地の外れにやってきた。
デカいトレーラー4台と、マイクロバスが止まっていて、沢山の作業員がいる。
ざっと30人ぐらいか。
俺は目当ての女性を見つけると、軽トラを止めた。
「小野田さん」
「あ、丹羽さん!」
軽トラを止めると、運転席から降りた。
「おまたせしましたか?」
「いえ、大丈夫です」
彼女と話していると、ムスッとした表情のちょっと小太りの男がやって来た。
「この男か?」
「そうです」
「こちらは?」
「今回、臨時で監査に派遣された、五条寺さんです」
「よろしく」
「ふん、冒険者風情が……」
こりゃ、絵に描いたような役人がやって来たもんだな。
最近、こういうタイプに会ってなかったからな。
「五条寺さん!」
「はは、随分なご挨拶ですなぁ」
「だいたいだな――お前はアイテムBOX持ちだってな?」
「はい、そうですが」
「そんな力を持っているなら、日本のために無償で提供するべきだろう?」
おいおい、ここでまたそういう話を持ち出すの?
「そのお話なら、総理と直接お話をして、ご理解していただいていると思いましたが」
「う……、そういうことを言っているんじゃない!」
「それじゃ、どういうことなんで?」
「五条寺さん! 失礼ですよ!」
「うるさい! お前ごときに指図される覚えはないぞ」
この感じからすると、立場的に小野田さんの上の人らしい。
「いまさらそんなお話をするつもりもありませんから、仕事をしませんか?」
「おい、話は終わってないぞ?!」
「小野田さん、なんなんですか、こいつは?」
「貴様!」
面倒くせぇな。
海に放り込んでやろうか。
こんなことで申し訳ないのだが、総理に連絡を入れた。
彼がなんとかしてくれるだろう。
いちおう、公務員のトップの人だし。
「ほらほら、作業員の方々もうんざりした顔をしてますよ」
俺にそう言われて、周りを見渡した男が、作業員たちの白い目に気がついたようだ。
「くっ」
「さぁ、やりましょう」
「申し訳ございません」
「べつに、小野田さんが謝ることじゃないですよ」
「なんなんですか、あの人!」
俺じゃなくて、サナが激怒している。
「まぁ、役人らしい役人ってやつだな」
とにかく、役人は偉いってことで、マウント取りたくて仕方ないんだろう。
ぎゃくにマウントを取りたいがために、役人になったって感じだな。
冒険者と超常の力を使う連中には、マウント取りたくても取れないから、いちゃもんつけてるんだろう。
「丹羽さん、この方は?」
「この子はサナ。魔導師で、俺の護衛だ。彼女もトップランカーだぞ」
「えへ」
彼女がガッツポーズをしている。
「え?! そうなんですか?」
「ランクには申請してないから、載ってないだろうけど」
「丹羽さんもすごい方なのに、ランクには載ってませんよね?」
「俺はオッサンだし、功名心もなにもないからなぁ」
「ダイスケさん、コウミョウシンってなんですか?」
サナは、単語の意味が解らなかったようだ。
「有名になりたいとか、そういうのだよ」
「ああ、私もないです!」
彼女が笑っている。
女の子の笑顔に、作業員たちも釣られて笑っている。
追加の役人はクソみたいなやつだが、作業員たちはいい人みたいだ。
それにしても、マジであいつも来るのかよ。
ダンジョンにトラップがあったら、放り込んでやろうか。
そんなことより仕事だ。
通常よりデカいトレーラーの所まで行くと、上に機関車や客車が載っている。
その後ろにあるのは――レールだ。
「通常のレールは20mほどあるのですが、10mにカットしてもらいました」
「ダンジョンの鉄道ならスピードも出さないし、大丈夫だろう」
「専門家の方もそういう話でした」
機関車はできたてなのか、ピカピカだ。
昔のボイラーは鉄製だったろうが、こいつはステンレス製で銀色に光ってる。
円筒形のボイラーの下には、カバーに隠れた3つの大きな車輪。
上には小さな煙突があるのだが、ボイラーは魔法で沸かして、燃料は使わない。
本来はなくてもいいものだ。
客車と貨車は分割されて10mの長さに収まっているらしい。
ちょっと雑な作りだが――これって突貫で作ったんだろうなぁ。
「小野田さん」
「はいはい」
「ダンジョンの中にある壊れた客車などはどうします? 決まりました?」
「機関車は回収して、客車は投棄することになりました」
「まぁ、ダンジョンの中に放置すれば分解されて吸収されちゃいますからね」
「そうらしいですね」
会話はそれぐらいにして、機関車などをアイテムBOXに入れた。
「収納」
「「「おおお~っ」」」
観客から、どよめきが起こるのもいつものことだ。
さっき、俺のアイテムBOXにケチをつけていた役人は、スマホを受けていた。
なにやら揉めているのだが、俺が総理に連絡したから、上から注意を受けているのだろうか?
そのぐらいで考えを改めそうなたまじゃないが。
現場の責任者は小野田さんで、やつは監査という役目。
無視していいな。
続いて、客車と貨車、レールも入れて、作業員たちの工具なども収納する。
沢山のチェーンやウインチもある。
これで、機関車を動かす算段か――なにしろ、動力が使えないからな。
あとは、枕木か。
今はコンクリ製の枕木になっているが、こいつは木製だ。
多分、敷石などを敷けないから、クッション性を期待したものだろうか
デカいボルトやナット、それを回すためのスパナやソケットレンチのようなものが沢山ある。
まさに、鉄の塊の品々。
これだけでも、魔物と戦う武器になるな。
「「「おおお~っ」」」「手ぶらで移動か~」「こりゃ楽ちんだな~」
「工具は重たいですからねぇ」
「そうなんすよ」
ダンジョンの中では、動力は使えないから、全部手動の工具だ。
ボルトやナットも、人力で回さないといけない。
こりゃ大変だ。
「さて、行きましょうか?」
「はい」
作業員たちはマイクロバスで移動するようだ。
俺とサナは軽トラに乗り込んだが、行く先は決まっている――波止場だ。
特区への出入り口はあそこしかないからな。
波止場に到着、軽トラを収納すると作業員ともども船に乗り込んだ。
「すごいですね、アイテムBOX! 駐車場がいりませんね」
潮風を受けながら、小野田さんと会話をする。
「はは、まぁね。こいつは、故郷から持ってきたんですよ」
「え~?! そうなんですか」
「はは、それにしても、今日の小野田さんは、明るいですね」
「え?! そ、そうですか?」
「最初に会ったときには、『私、仕事できますけど、なにか? (キリッ』みたいな感じだったじゃないですか」
「そ、そんなことありませんよ」
そこに、さっきのあの男が割り込んできた。
「お前、アイテムBOXを使ってよからぬものを密輸とかやっているんじゃないだろうな!」
「いやいや、小野田さんの『私、仕事超できますけど、なにか? (キリッキリッ』ってのが、好きなんだけどなぁ」
「……」
俺の言葉に彼女が赤くなっている。
「おい! 無視をするなぁ!」
さっきから、あの男がうぜぇ。
「なんだ、うるせぇな。俺のアイテムBOXが悪用されないように、俺には国から監視がついてるんだよ」
「確かに、そう聞いてます」
小野田さんも知っているようだ。
「ほら、こうやって一緒に船に乗っている乗客の中にも、自衛隊の特殊部隊や公安が乗り込んでいるんだよ」
「うぐぐ……」
「だいたいな――俺と総理が話し合った時点で、そういう話は終わっているんだ。お前みたいな木端役人の出る幕じゃねぇ」
こんな無礼なやつには、敬語を使う必要もないだろ。
「こ、木端だと……私をだれだと!」
「知りません~はは。サナ、この人知ってる?」
「え~? 知りませんよ」
「ははは」
「うぐぐ」
アホなことをやっているうちに、特区に到着した。
「さて、姫たちに連絡を入れないと」
彼女たちと、ダンジョンの前で待ち合わせだ。
「丹羽さん、護衛の方はなん人になりましたか?」
「え~と、俺を入れて5人だね。全部が高レベル冒険者だよ。まともに雇ったらいくら取られることか」
「本当は、丹羽さんが1人でもなんとかなっちゃうとか?」
「いや、やっぱり多数で攻められると、無理があるんじゃないかなぁ」
「多勢に無勢って言葉もありますしね……」
倒すだけなら余裕じゃないかと思うが、作業員を守らないと駄目だしな。
「いや~、クソ重い工具や材料などがなにもないから、楽ちんですよ」
作業員たちの足取りも軽い。
「一番最初にレールを敷いたときなどは人力だったんですか?」
ちょっとベテランらしきオッサンに話しかけた。
「いや、蒸気で動く重機や、コンプレッサー、それを使ったエアレンチなどもあったな」
「ああ、なるほど――手間はかかるが、機械化はできないわけでもないんですね」
「まぁ、えらい手間なのは間違いないよ」
ダンジョンの前に到着すると、姫たちが待っていた。
俺たちの姿を見ると、ローブを羽織った女性魔導師が走ってくる。
「ん~? どこかで……」
「鉄道工事の方々ですか?」
「はい、そうです」
小野田さんが対応してくれる。
「本日、機関車のお湯を沸かす仕事を承った魔導師です」
「よろしくお願いいたします」
「ああ! 俺たちが、ひっくり返ったときに一緒だった魔導師さんか」
「その節は、ありがとうございました」
彼女がペコリとお辞儀をした。
「機関車が走らないと、あなたも仕事がなくなっちゃうだろうし」
「そうなんですよ……」
冒険者といえど、魔物と戦うのが苦手な人もいる。
ボイラーのお湯沸かしは、そういう人が稼げる仕事なのかもしれない。
「小野田さん、オガさんは初めてだね。彼女もトップランカーの一角だよ」
「オガだ、よろしくな」
「ひぃ!」
山のようにデカいイロハが迫ってきて、小野田さんがビビっている。
「小野田さん、大丈夫だよ。オガさんは、すごくいい人だから」
「ははは、任せな」
「は、はひ、よろしくお願いいたします」
さて――と、思ったら、あの男が姫の所に行っている。
さては、最初から彼女狙いだったのだろうか?
まぁ、心配はいらないと思うが、姫の所に行く。
「八重樫グループのご令嬢たちと、こんな場末で出会えるなんて」
「私はグループとはもう関係ない」
見るからに不機嫌そうな姫を相手にして、おべんちゃらを滔々と流すなんて、どんな神経しているんだ。
「まさに、特区というごみ溜めに咲いた一輪の花」
「なんだお前は無礼な」
姫の言葉に棘が刺さりまくっている。
「おっと失礼、私――五条寺と申します」
「五条寺?」
彼女の顔が一段と険しくなった。
「姫、知っているのかい?」
「ああ」
「世が世なら、お前らのような冒険者風情が話しかけられるような人物じゃないんだぞ!」
よく解らんが、どこぞの名家ってやつか。
「ん!」
なにを思ったか、姫が男の前に手を差し出した。
どう見ても、握手のポーズに見える。
「これはありがとうございます――ぎゃあぁぁぁ!」
姫が男の手を握った瞬間に耳をつんざくような叫び声が上がった。
なにかと思ったら、しゃがみ込んだ男の右手がぐちゃぐちゃになっている。
「おお、申し訳ない。力の加減を誤ってしまった。私は冒険者風情だからな」
「うわ! 痛そう……」
それを見た、小野田さんがちょっと引いている。
「け、け……」
男がへたり込んだまま、ブルブル震えている。
「け?」
「警察を呼べ! わ、私にこんな……」
「あのなぁ……」
ダンジョンの入口で騒いでいるやつがいるので、見物の的だ。
俺も一緒にしゃがみ込んだ。
「特区に公権力は介入しないし、ダンジョン入口の一部を警備しているだけだ。偉い大学出てる役人様なら、知っているだろ?」
「ギギギ……」
男が俺を睨んでいる。
睨まれても、なんのダメージにもならんけどな。
「介入しない公権力の代わりに、特区の治安を担っているのが、俺たち冒険者なんだよ」
「うぐぐ……」
「ここらへんで帰ったほうがいいんじゃないか?」
「う、うるさい! お前の指図など受けん!」
「丹羽さん、申し訳ありませんが、治療をしてくださいませんか?」
小野田さんが俺の所にやって来た。
「う~ん、まったく気が進まないが、小野田さんがおっしゃるなら……仕方ねぇ」
「ど、どうする気だ!」
「どうするって、治療だよ治療。お前がいう冒険者風情じゃないと魔法で治療ができないんだよ? とりあえず、ダンジョンに入ろう」
「ははは! それじゃ、冒険者風情のあたいが持ってやるよ」
イロハが、男の首根っこを掴むと、頭上に担ぎ上げた。
「ヒィィ! や、やめろぉぉ! 私を誰だと……」
「喜んでくれて、あたいも嬉しいぜ! それじゃサービスで回してやるよ」
イロハが担ぎ上げた男を、頭上でくるくると回し始めた。
器用だな。
「ははは、いつもより多く回しております~ってやつだな」
「あ、あの! 丹羽さん、その辺で……」
小野田さんが困っているようなので、そこそこで止めてもらう。
ぐるぐると回されて、目を回したのか、男はぐったりして静かになった。
ちょうどいい。
「この男は論外だが、作業員の方々は大人しいですねぇ」
「いや~、私らはダンジョンで作業して、冒険者さんたちの怖さは身に沁みているので……」
「ああ、まぁ現場の人はそうでしょうねぇ」
「わはは!」
男を担いだイロハが笑っている。
楽しそうだな。
ちょうどいいおもちゃが手に入った――みたいな顔をしている。
皆でエントランスホールに入ったのだが、肝心なことを忘れていた。
「小野田さん!」
「なんでしょう?」
「作業員たちの移動はどうしましょう? コレだけの人数がいると、前みたいなリアカーってわけにはいかないし……」
「大丈夫ですよ。機関車から客車一式持ってきたじゃないですか」
「はい」
「それに乗って、現場まで行けばいいんですよ」
彼女の話を聞いて納得――俺はそれまで頭が回らなかった。
オッサンになって、頭が固くなったと実感することが多い。
ダンジョンでレベルが上がっても、知能までは上がらんみたいだ。
ゲームだと、インテリジェンスみたいなパラメータがあったりするのだが、この世界のダンジョンはそういうのはないのだろうか?
「イロハ、ドロップアイテムで頭がよくなった――みたいなことを聞いたことはないか?」
「はぁ? ないねぇ。そんなのあったら、あたいがほしいけどさ、あはは!」
それはさておき――まったく気が進まないが、男の治療をしてやるか。




