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【コミカライズ連載中】アラフォー男の令和ダンジョン生活  作者: 朝倉一二三


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90話 緑色に輝く


 イロハの妹さんを救出して、地上に帰る途中――。

 俺たちはダンジョン内を走る列車に乗っていたのだが、突然激しい揺れに襲われて、客車ごとシェイクされた。

 どうやら脱線したらしい。


 なんとか外に這い出てみると、そこは見知らぬ空間。

 俺たちが列車に乗って走っていた4層ではなく、どこか別の場所に飛ばされてしまったらしい。


 そこで魔物の襲撃に遭った。

 敵は燃える身体を持ち、頭が2つある狼らしき生物。


 アイテムBOXに入ってた温泉のお湯を使って、魔物の身体に纏っていた火を消し、なんとか敵を倒したのだが、それでは終わらなかった。


 俺たちを閉じ込めていた赤色の無機質な空間が、突如として緑色の光に染まり始めた。


「ダーリン!」

 姫たちが俺の所にやってきた。


 その光はただの色ではなく、空間全体をじわじわと侵食していく。

 最初は薄く漂うだけだった光が、次第に濃厚さを増し、俺達の視界から他の色彩をすべて奪い去ってしまう。


 異常事態を察した俺は、とりあえず仕留めた黒い魔物をアイテムBOXに収納した。

 無事に収納できたということは、ヘルハウンドと名付けたこの魔物は確実に死んでいるのだろう。


「今度は緑かよ!」

 イロハの言うとおりだ。


 空間を満たしていた緑色の光が――突然、異変を起こした。

 まるで薄い膜を突き破るように、その中心部がじわりと黒く染まり始める。

 最初は小さな点だった黒が、静かに確実に広がり、やがて巨大な十字の形を描き出す。

 その十字は緑の光を切り裂くようにして浮かび上がり、その裂け目の奥には何も存在しない漆黒の虚無が覗く。


「なんだありゃ!」

 多分、全員がそう思っただろう。


 その瞬間、空間全体が震えた。

 低い、地響きのような音がどこからともなく鳴り響き、地面が震動する。

 耳鳴りとともに、胸の奥が圧迫されるような感覚が襲う。

 黒い十字の裂け目からは、冷たい風のようなものが吹き出しているが、それはただの風ではない。

 触れるたびに全身の皮膚がざわめき、何か見えないものが這い上がってくるような気味悪さが背筋を貫いた。


 裂け目はまるで生きているかのようにうねり、闇そのものが開口したかのような深淵が広がる。

 そこから、ゆっくりと姿を現したのは、威厳と恐怖を兼ね備えた存在――緑色の宝石のように輝く鱗を持つドラゴン。


 その鱗は、光を受けるたびに万華鏡のように煌めき、エメラルドの奥深い輝きを彷彿とさせる。

 鱗一枚一枚が小さな鏡のように正確に整列し、その間に隙間などない。

 近づくことさえ躊躇わせる神秘的な美しさを放っている。


 ドラゴンの目は裂け目と同じ深い黒でありながら、その中心には灼熱の黄金の光――まるで見られる者の魂を透かし見るかのような視線で、こちらを見据えてくる。

 長い尾がゆらりと揺れるたび、空気が切り裂かれる音が響き、その爪は鋼のように光り、ほんの僅かな動きで岩を砕く力を秘めていることを示していた。


「ドラゴン!?」

 姫が叫んだ。


「マジか!」「ダイスケさん!」

 姫と俺は、9層でドラゴンと対峙したが、イロハとサナは初めだろう。


「だが、前のやつより小さいんじゃないか?」

「ダーリンの言うとおりだ!」

 9層にいたドラゴンは、こいつより二周りはデカかった。


「レッサードラゴン――いや、エメラルドレッサードラゴンというべきだろうか?」

 俺のカメラは、最初のヘルハウンドから、回りっぱなしになっている。

 コレで地上に戻れたら、また再生数が爆上げしてしまうな。

 まぁ、戻れたらの話だ。


「ゴルルル……」

 敵の低い唸り声が聞こえてくる。

 向こうも、こちらを敵だと認識したようだ。

 ドラゴンってのは、知能がかなり高いという話を聞いたことがあるがどうなんだろうなぁ。

 まぁ、それはあくまでも、フィクションの中の話だが……。


 こんな生物がマジでいるなんてなぁ。

 大学のセンセに見せてやったら、喜ぶだろうなぁ。


 魔物好きな彼女のことを考えていると、ドラゴンの口が開いた。

 身体はエメラルド色なのに、口の中は真紅――その中にさらに緑色の光が輝く。


「ヤバい!」

 敵の狙いは明らかに俺たちだ。

 俺は再び、サナをお姫様抱っこすると、その場から飛び退いた。


 次の瞬間、ドラゴンの口から緑のブレスが吐き出される。

 耳をつんざく轟音が、空間内を埋め尽くす。


 炎というよりは、某放射能を吐き出す怪獣のアレだ。

 緑色のブレスで、地面が溶けて真っ赤に染まり、かなりの高温なのがうかがい知れる。


 熱せられた空気が上に昇り、足元の空気が溶けた地面の場所に引き寄せられていく。


「おらぁぁぁ!」「やぁぁぁぁ!」

 姫とイロハが剣を掲げて、ブレスを吐いた隙を見せたドラゴンに左右両方から襲いかかっていく。

 さすが歴戦だ。

 攻撃するタイミングを完璧に掴んでいる。


 白い刃を光らせ、地面を踏み切ると、エメラルドの鱗を切りつけた。

 本当に完璧なタイミングだったのだが、2人が渾身の力で振り下ろした剣は、容赦なく弾かれた。


「げっ!?」「なに?!」

 甲高い音とオレンジ色の火花が散り、かすり傷もつけることができない。


「ゴルルル……」

 俺はサナを下ろすと、アイテムBOXから出した魔石と投石器を取り出した。


「サナ、離れろ?」

「嫌です!! ダイスケさんと戦います! 圧縮光弾!」

 サナの前に、青い光が集まり始めると、再びドラゴンが口を開いた。


「仕方ねぇ!」

 もう、逃げている暇がない。

 握りしめた魔石にはすでに魔力がチャージされており、中が青く光っている。


 稲妻の剣が使えたから、こいつも使えるのではなかろうか。


「おらぁぁぁ!」

 俺は投石器を思い切り振り回すと、黒い魔石を緑のドラゴンに向けて投げつけたのだが――。

 敵も、そんな攻撃が通用するはずがないとたかをくくっていたのかもしれない。

 まったく避ける様子もなく、魔石の直撃を受けた。


 ドラゴンの胸辺りに魔石が衝突した瞬間、眩い閃光とともに、緑の破片が辺りに飛び散る。

 光あふれる中に、キラキラと飛んでいく宝石の雨のように降り注ぐドラゴンの鱗。

 その光景を見た俺は、ちょっともったいないことをしてしまった――という考えが頭をよぎる。


 この死地をさまよっているかもしれない状態でなにを言っているのか。

 自分で自分を笑ってしまう。


「グギャァァァ!」

 ドラゴンが、首を振り回して苦悶の表情で叫んだ。

 効くかどうか、半信半疑の攻撃だったが、殊の外ダメージを負わせることができたようだ。


我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 続けて、サナの魔法が炸裂した。

 光る糸のような魔法がドラゴンに向かうと、敵の頭半分が閃光に包まれた。

 魔法が命中したらしい。


 再び、キラキラとした緑の礫が光の中に飛び散る。

 あの鱗が本当にエメラルドのような宝石だったら、めちゃ価値があるな。

 いや、ドラゴンの鱗ってだけで価値があるはずだから……。


 そんなことより、次の攻撃を――。

 俺が剣を構えて、姫とイロハも突撃する用意をしていたのだが……。


「ガァァァ……」

 ドラゴンが苦悶の叫び声を上げると、ゆっくりと長い首が地面に倒れ込んだ。

 きらめいていた緑の光がなくなると、魔物の頭が半分吹き飛んでいたのが解る。

 これは――サナの魔法の威力だろうか?


 彼女はめちゃ運がいいみたいなので、ちょうど急所にヒットした――みたいな感じかもしれない。

 詳細は不明だが、彼女がドラゴンを倒したってことだろうか?


「あ?!」

 サナの身体が白い光に包まれ始めた。

 これはレベルアップ――彼女がドラゴンを倒したという証拠だ。


 辺りを確認するが、追加の魔物がポップする様子はない。


「姫! サナのガードを頼む。俺はそのドラゴンを収納する」

「……承知した」

 姫が面白くなさそうな顔をしている。

 サナに獲物を取られたせいだろうか?


 普通の階層ならともかく、こんな場所ではそんな余裕はない。

 倒せるときに倒しておかないとな。


 俺は姫にサナを任せると、巨大な魔物の近くに向かった。

 辺りには緑色のキラキラした破片が散らばっている。

 拾いたいが、そんなことをしている場合じゃない。


 突然現れた魔物は、突然消えてしまうかもしれない。


「収納!」

 とりあえず、そのまま収納を試みたが、失敗した。

 尻尾が長いのかもしれない。

 以前仕留めた巨大なドラゴンは尻尾をカットしたが、こいつは前のより少々小型だ。

 尻尾を切らなくても、身体のほうに曲げれば10m四方の中に入るんじゃないか?


「おりゃ!」

 魔物の巨大な尻尾を持ち上げて、曲げる。

 尻尾も緑色の硬い鱗に覆われているので、掌に食い込んで少々痛い。


「収納!」

 尻尾を曲げると、再び収納を試みた。

 今度は上手く収納できたようだ。

 緑色の山のようなかばねが眼の前から消える。


「ねーちゃん!」

 機関車の陰に隠れていたカガリたちが出てきた。


 彼女たちの下に戻ってきたが、サナのレベルアップがまだ続いている。

 どんだけレベルアップしたんだ?


「サナがレベルアップしたということは、やっぱり彼女の魔法がヒットしたんだな」

「ま、マグレだろう……」

「たまたま柔らかい場所に当たって、貫通したとかかもな……たとえば目とか……」

 サナは幸運値が高い感じだし、その可能性はあるだろう。


「あはは、あり得るな!」

 俺の話を聞いていたイロハが笑っている。


「ダイスケさん!」

 カオルコもやってきた。

 モグラの男たちは、まだ客車の陰に隠れてこちらをうかがっている。

 どうも女性パワーのほうが強いようだ。


「問題ないか?」

「はい、大丈夫です。申し訳ございません。まったくの役立たずで」

 カオルコが深々と頭を下げた。


「魔法が使えない状況なんだから、仕方ない。サナは例外らしいし」

「魔法のアイテムは使えたんですよね?」

「そうだな。非常事態に備えて、そういうアイテムも揃えておいたほうがいいかもしれない」

「ドロップする魔法アイテムは、1回で使い捨てみたいなタイプが多くて……」

「俺のナムサンダーみたいなのは、例外か」

「あの剣は、膨大な魔力を消費するんだぞ? なん回も使えるダーリンがおかしい」

 姫は拗ねているような感じで話している。


「ダーリンさん! ダーリンさん!」

 カガリが俺の所にやって来た。


「なんで、君までダーリン呼びなのよ」

「いいじゃない! それより、あの緑色の破片を拾ってもいい?」

「……サナには確認してないが、多分いいぞ」

 彼女は、そんなにがっつくタイプじゃないし。


「やったぁ!」

「俺たちも拾うぞ!」「拾え拾え!」

「わ、私もいいですか?!」

 やってきたのは、車掌さんだ。

 隠れてきた男たちもやってきて、地面に転がっている緑色の破片を拾い集めている。


「それが、本当に価値があるのか、解らないんだぞ?」

「だって、スゲー綺麗だぞ!」

 カガリが、緑色の破片を掲げている。

 ――と、言いつつ、俺も足元に転がっていた大きめの破片を拾う。

 レベルアップで光っているサナを、緑色の石越しで見る。

 ――なるほど、綺麗だ。


 そんなことをしていると、サナの光が消えた。


「サナ!」

 彼女がふらついたので、支えてやる。


「ダイスケさん!」

 サナが俺に抱きついてきた。


「随分と長いレベルアップだな。相当上がったんじゃないのか?」

「見てみます……」

 彼女が自分のステータスを確認している。


「どうだ? 教えたくないのなら、口にしなくてもいいが……」

「レベル44まで上がりました!」

 彼女ががっちりと俺の身体をホールドした。

 もう高レベルになっているので、すごい力だ。

 俺じゃなけりゃ、身体の骨が折れているかも。


「げっ!? レベル44?!」

 サナの言葉を聞いたイロハが飛び上がった。


「あのドラゴンは少々小さかったが、8層や9層の魔物だ。それを倒したとなれば、そのぐらい上がってもおかしくないだろう」

「うう……確かに。あたいじゃ、倒せるイメージが湧かなかったぜ」

「それに、あれはもしかしてレア個体だったのかもしれないし」

「全身がエメラルドのドラゴンなんて、普通じゃないですよねぇ」

 カオルコも俺の意見に同意してくれるようだ。


「ううう……」

 サナのレベルの話を聞いて、姫が青くなっている。

 まさか、サナがこんなに早くレベルアップしてくるとは夢にも思わなかったのだろう。


 サナが俺から離れると、姫と向き合った。


「桜姫さんよりレベルが高くなったら、ダイスケさんをもらってもいいんですよね?」

「そんなことは言ってないだろ?! 私のダーリンだぞ!」

「それじゃ、桜姫さんのレベルはいくつなんですか?!」

「そ、そんなのお前には関係ない!」

「「ぐぬぬ……」」

 2人が睨み合う。


「サクラコ様、レベルでマウント取ってたから、マウントし返されましたね?」

 カオルコの容赦ないツッコミが入る。


「ぐぬぬ……」

 そういえば、姫のレベルはどのぐらいになっているのだろう。

 前にレベルが上がったときには40は超えているとは思ったのだが、詳しい数値は聞いてなかったな。

 下手すると、今のレベルアップで、サナに超えられてしまったかもしれない。

 カオルコの様子からするとひっくり返ったっぽいな。


「ダーリン! ズルいぞぉ!」

 姫が俺を睨んだ。


「なんだなんだ? なにがズルなんだよ」

「ダーリンは、この女をえこひいきしているんじゃないのか?!」

 なんか、突然こちらに被弾したぞ。


「そんなことはないだろ。今の状況で魔法が使えるのは彼女だけなんだから、頼るのは仕方ないだろう?」

「ううう……」

「そのとおりですよ、サクラコ様。ちょっと見苦しいですよ?」

 カオルコのお小言が、炸裂した。


「見苦しいって言うな! カオルコはどっちの味方なんだ!」

 姫とサナが言い争っていると、空間に変化が現れた。


「なんだ?!」「なんだ?!」

 皆が身構える。

 景色が重なるようにゆっくりと、変わっていく。


「また、転移?!」

 皆が辺りを見回しているのだが、見慣れた風景とカビ臭いにおい。

 元のダンジョンに戻った気がする。


「もしかして、元のダンジョンに戻ったのかい?!」

「ちょっと魔法を使ってみてくれ」

「はい」

 カオルコが魔法を唱えると、魔法の明かりが灯った。


「使えるってことは、元のダンジョンに戻ったんだろうな……」

 機関車や客車も一緒に戻ったようだ。

 ただ、地面に転がっていたエメラルド色のドラゴンの破片は消えてしまったらしい。

 カガリたちが持っている分は消えてないから、あれが幻などではなかったという証明になる。


「よかった……」

 機関車でお湯を沸かしていた女性魔導師が安堵の表情をしている。

 周囲を確認すると、線路を見つけた。


「線路があるぞ。やっぱり元のダンジョン4層に戻ってきたんだろう」

「はぁ~!」

 コエダがその場でペタンと尻もちをついた。


「なんだろうな? 閉じ込められて、ポップするボスを倒さないと、脱出できないトラップみたいな?」

 よく、エロいことをしないと出られない部屋――なんてネタがあるが、それのダンジョン版か?


「こんなの、ダーリンたちがいなけりゃ、即詰みじゃねぇか!」

「そうですよねぇ――あんなドラゴンになんて勝てるはずありませんし……」

 イロハとコエダが、困惑している。


「しかも、魔法を封じられるという鬼畜仕様」

「クソ! まったくこのダンジョンは根性ババ色だぜ!」

 俺の言葉に、イロハが吐き捨てた。


「儲かったのは、サナだけだな、ははは。エメラルドのドラゴンなんていくら値段がつくか解らんし」

「そんな! ダイスケさんが半分もらってください!」

「ええ? 俺はなにもやってないぞ? あのヘルハウンドとかいうのは倒したが……」

「いいえ! ダイスケさんの攻撃があったから、私の攻撃も当たったわけですし!」

「う~ん? まぁ、くれるというのなら、もらうよ」

「はい!」

 サナが、さらに俺に迫ってきた。


「なんだ?」

「新しい魔法も覚えました!」

「え? 本当か? なにかすごいのを覚えたとか?」

大回復ハイヒールという魔法みたいです」

「おお? カオルコが覚えたのは、範囲回復エリアヒールだったな」

「そうですね。使う機会が中々ないですが……」

 カオルコは攻撃型の魔導師だからな。

 戦闘が終わったあとなら、回復ヒールも使うが。


「大回復ってことは、瀕死とか重傷からでも、一発回復――みたいな感じだろうか?」

「ダイスケさんが大怪我しても、私が治してあげます!」

「ぐぬぬ……」

 サナの言葉に姫が、また苦い顔をしている。


「ははは、ありがとう」

「それと――もう一つ魔法を覚えているんですが……」

「まだあるんだ」

退魔ターンアンデッドって……解ります?」

 彼女が上目遣いで俺を見てくる。


「え? ターンアンデッドか?! それって、アンデッドが一発で消えるやつだと思うけど……」

「すごい魔法ですか?」

「すごいと思うけど……今まで聞いたことがないよ」

 カオルコのほうをチラ見するが、彼女が首を振る。


「やったぁ!」

 サナが俺に抱きつき、姫のほうを見て、ドヤァ――をしている。


「ぐぬぬ……ダーリン!」

「なんだ?」

「レベル上げに行くぞ!」

「とりあえず、あの7層を突破しないと、今以上は無理だろ? それとも、迷宮教団を探して、『深層に飛ばしてください!』ってお願いするのか?」

「そんなの絶対に駄目ですからね!」

 カオルコが必死に反対している。

 もちろん、冗談だ。


「まぁ飛ばされても、もっとヤバい場所になるに決まってる」

「ぐぬぬ……クソ……いったい、どうやったら……」

 姫が、ブツブツなにか言っている。


「姫、姫、危ないことはだめだからな」

「ダイスケさんの言うとおりですからね!」

 俺とカオルコに念を押されるのだが、姫は納得していないようで困ったな。


「そうだ! モグラだ!」

 姫がカガリの所に駆け寄った。


「え?! なに?!」

「新しい穴を掘ってくれ! 7層から掘れば、8層とか9層に行けるだろ?!」

「今回のでも死にそうになったのに、8層とか9層なんて無理だよ」

「うぐぐ……」

 姫が止まりそうにないので、なにか妥協案を出さないと。


「わかった! 今度、ヤバそうな敵とエンカウントしたら、姫に止めを譲るからさ!」

「なんか、フラグになってるような気がするんですが……」

 カオルコが心配そうな顔をしている。


「そうならないことを願ってくれ。その前に――姫と一緒にいると、魔物とのエンカウント率が異様に高い気がするんだが……」

「あ――それは、私も常々……」

 カオルコも、俺と同じことを思っていたようだ。

 もしかして、サナの幸運値がめちゃ高いのと反対に、姫の幸運値がすごく低いとか?


「それなら、そのうち姫が満足するような敵とエンカウントするんだろう」

「私は、ちょっと嫌なんですけど……」


 皆でワイワイしていると、明かりが近づいてきた。

 魔法の明かりだから、冒険者だろうか。


「お~い! こっちは冒険者だ! 敵意はないぞ!」

「冒険者?!」「うわ! 機関車がひっくり返ってるぞ!」

 やってきた冒険者たちが、壊れた機関車を見て驚いている。

 5人ほどのグループだ。

 4層にやってくるということは、それなりのレベルだろう。


「この列車に乗っていたんだが、突然脱線してしまってな」

「本当です! 私はこの列車の車掌でした!」

 車掌さんが説明してくれれば、手っ取り早い。


「なんだって?! 列車が行方不明になったということで、捜索をしにやってきたんだが……」

 彼らから話を聞く。

 機関車から放り出された機関士は生きていて、近くにいた冒険者に救助されたらしい。


「「よかった……」」

 同僚の無事に、車掌さんと魔導師の女性がホッとした顔をしている。

 助け出された機関士の話から、捜索に来たってわけか……。


「話を聞くと――突然機関車が、消えてしまったってことだったんだが……」

「機関車ごと別な場所に転移させられてしまってな――カクカクシカジカ……」

「なんだそれ?」「トラップの一種か?」

 冒険者たちが、顔を見合わせている。


「みたいだな。ポップするボスを倒さないと戻れないトラップらしい」

「なんだその最悪なトラップは……」

 冒険者たちも、うんざりといった顔をしている。

 敵は強力なので、倒せれば大幅レベルアップは間違いないが……。


「それはさておき、機関車と客車はこの有り様だ」

「こいつはしばらく使えないな……」「マジか……」

 浅層は複線だが、4層は利用客が少ないから単線だ。

 復旧にはしばらくかかるだろう。


 もしかして、俺のアイテムBOXに声がかかるかもしれない。


「姫、列車が使えないと、結局歩きだぞ?」

「やむを得まい。4層の安全地帯まで行く」

「了解」

 いつもの姫に戻っているようで、よかった。

 なにか危ないことを考えていたらどうしようかと思っていたからな。

 油断はできないが。


「は~いい加減帰りたいぜぇ」

 イロハが愚痴を漏らす。


「家に帰るまでが冒険だぞ」

「ダーリン、止めてくれよ。またフラグになりそうだ」

「さすがにもうないだろ?」

「「「……」」」

 皆が、姫のほうを見ている。


「いや――大丈夫だって、ははは」


 もう苦笑いするしかない。



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