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【コミカライズ連載中】アラフォー男の令和ダンジョン生活  作者: 朝倉一二三


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136話 大決戦!


 姫たちを地上に置いて、テツオと2人でダンジョンの攻略に挑む。

 最終目標は、10層にいる恐怖と悪意の塊のような敵。

 一度全滅した俺たちだが、テツオの死に戻りという神の奇跡によって、やり直すことになった。


 まずは敵の戦力を削ぐために、迷宮教団のあの女を仕留めた。

 あの女はラスボスから力を分けられた存在――そいつを仕留めることで、ラスボスを弱体化できるらしい。


 テツオはこういう戦いをなん度か経験しているみたいなので、彼の作戦に従う。

 女と一緒にいたレンも助けだし、神さまの力によって地上に送ってもらった。


 本当は神さまに戦ってもらえば、一発で決着がつきそうなもんだが、それはルール違反になるという。

 ルールなんて決まっているのか?


 テツオの話では、相手は邪神。

 邪神といえど神さま――神さま対神さまじゃ際限がなくなるということで、自身の分身でもある使徒や聖女を使って勢力争いをしているのだろう。


 なんてことはない、俺たちは神さま同士の勢力争いに巻き込まれた格好だ。


「グモォォォ!」

 白いモヤが視界を覆う第10層――その濃密な霧の中で、まるで神話の一節のような激突が繰り広げられていた。

 いや、そんな荘厳なものではなく、俺の目から見ると怪獣大戦争。


 空間が振動し、重低音のような地響きがこだまする。

 そこに立つのは、黒い筋肉が膨れ上がったフルパワー状態のシャザーム。


 対峙するのは、この階層の支配者――だと思われる巨大な角を生やした山羊の頭を持つラスボス。

 両者が腕を突き出し、背中からさらなる腕を生やして互いの掌を打ち合わせると、空間が一瞬軋むように歪み、白いモヤが四方に吹き飛んだ。


 力は拮抗しており、シャザームが腕を増やせば、相手も増やしてくる。

 相手は邪神、なんでもありだ。


「こんなの決着がつくのか?」

 俺が心配していると、膠着状態が崩れた。


「おらぁぁぁ!」

 シャザームの上に乗っているテツオも、膠着状態を打開しようとしたのだろう。

 テツオの雄叫びが空気を裂いた瞬間、巨大な山羊の頭が首元からずり落ちた。

 骨も筋肉も皮膚も、その膨大な質量をものともせず、まるでカミソリで切ったかのようだ。


 山羊の瞳が一瞬、虚空を見つめるように泳ぎ、そのまま頭部全体がゆっくりと傾く――重低音を伴って、地面に叩きつけられた。

 衝撃で土煙が立ち昇り、乾いた岩の地面に深く亀裂が走る。

 首から溢れ出た黒い血が、まるで生き物のように地面を這い、蒸気を上げながら広がっていく。


 敵の首がなくなったのだが、身体は崩れ落ちることもなく、シャザームとの力比べが続いている。

 首の切り口が泡のように盛り上がり、徐々に形をなしてくる。


「もしかして、再生しているのか?!」

 そういえば、魔物も再生する種類があった。

 その上位の存在なのだ。

 再生しても、不思議ではない。


「シャザーム!」

 テツオの鋭い掛け声で、シャザームの全身が脈打つように隆起しはじめた。

 筋肉がうねり、鎧のように肥大化していく。

 腕はさらに太くなり、背中からは蒸気のような熱気が噴き上がった。


 力比べに終止符を打つかのように、膨れ上がった肉体で圧倒的な力を発揮する。

 敵の骨が嫌な音を立てて軋み、「グォアッ!」と呻く間もなく、その身体が逆方向にねじ曲げられた。


 シャザームは一歩踏み込み、捻るように腕を絞り上げる。

 敵の関節が悲鳴を上げ、身体がくの字に折れ曲がった。


 ミシミシと音を立てながら、皮膚の表面に深く走る亀裂が現れた。

 筋肉の裂け目から黒い血が噴き出し、その中から何か硬質なものがぬっと姿を現した――禍々しい黒光りの塊。

 ――巨大な黒い石だった。


「あの魔石が、再生能力の要か!」

 ここらへんは、魔物と仕組みは一緒に違いない。

 あいつを破壊すれば、再生能力が止まるはず。


 俺は、アイテムBOXから、短剣を取り出した。

 腐敗の短剣――こいつで敵の皮膚を腐敗させて、再生の邪魔をする。


「おりゃぁぁぁ!」

 俺は足を高く上げると、巨大な魔石の横に剣を投げ込んだ。

 激しく縦回転する刃がキラキラと反射をして、敵の皮膚に食い込む。


 すぐに黒い毛皮がグズグズと崩れ落ち、辺りを巻き込んで腐敗していく。

 これで簡単に再生はできないはず――とはいえ、いつまでもこれが通用するとも思えない。

 すぐに対策されるだろうし、早めの決着が必要だ。


 ――そのとき、俺に電流走る。


「テツオ! 黒い穴で、その魔石を切断できないか?!」

「おお! そりゃそうだ!」

 彼の黒い穴が、巨大な魔石に迫ったのだが――。

 突然、虚空にきらめくように白い円盤が現れた。


 それは何の前触れもなく、音もなく出現し――次の瞬間、テツオの黒い穴に絡みついた。


 円盤の縁からは鋭くうねる光の帯が走り、表面はまるで液体金属のように脈動している。

 その白い光が黒い穴に触れた瞬間、炸裂音とともに、空間がねじれ、あたり一面にプラズマの奔流と激しい閃光が奔った。


 円盤と黒い穴は、まるで生き物同士が咬み合うように激しく絡みつき、

 白と黒、光と闇、正と負――相反する力が真っ向からぶつかりあっていた。


 白い円盤は回転しながら、黒い穴の縁を押し広げようとし、

 一方、黒い穴はその存在そのものを呑み込もうとするかのように、歪んだ空間に引きずり込もうとする。

 その衝突点では、幾重にも重なる衝撃波が空気を叩き、周囲の大地すら震えていた。


 明らかに、これはどちらも一歩も譲らぬ、同等の強大な力同士の激突だ。

 俺にはそう見えた。


「こりゃ、神さまの奇跡と同等の力か」

 他になにか打つ手は――。


 俺の頭脳は、これまでにないほど激しく、そして鋭く回転していた。

 まるで灼熱の歯車が唸りを上げながら噛み合い、可能性を計算し尽くしていく。


 思考が現実を追い越すような感覚――周囲の音も光も、まるでスローモーションのように感じられた。


 恐怖も迷いも、この瞬間だけは脳の片隅に押しやられ、代わりに浮かぶのはただ一つ、「どうすれば勝てるか」という明確な問い。


「あのデカい魔石を破壊できないか?!」

 魔力を込めた魔石は、俺のナムサンダーを使って起爆することができる。

 同じようにあのデカブツを爆発させられないか?


 本当にそれができたなら、あいつの身体は木っ端微塵になるかもしれん。

 そのときには、俺たちにも被害がでるかもしれんが、そのときはそのときだ。

 他に方法が思いつかん。


 オッサンの灰色の頭脳で思考を巡らせていると、魔物の巨大なパンチが俺を襲ってきた。

 高められた集中力のお陰で、それはスローモーションのように見えるが――当たったら確実に死を招く、まさしく必殺の破壊力。


「とぉ!」

 俺はその攻撃をひらりと躱す。

 それと同時に敵のパンチに飛び乗り、アイテムBOXから剣を取り出した。


「いっくぞぉぉぉ!」

 そのまま丸太のような敵の腕を駆け上がると、巨大な黒い魔石に向かってジャンプ。

 握りしめた剣の切っ先に精神を集中する。


「ナムサンダー!」

 空中に向かってジャンプした俺が握った剣から、白い稲妻がほとばしった。

 刃の周囲に絡みつく電光は裂け目を走る雷鳴のように鋭く、眩い閃光が視界を塗り潰す。

 その稲妻はまるで生き物のようにうねり、蛇の群れのごとく敵の胸奥に埋め込まれた巨大な魔石へと吸い寄せられていく。


「グォォォ!」

 魔物の身体を電流が通り抜けたようだが、あまりダメージにはなっていないようだ。

 魔石にも変化は見られない。

 あの巨大なブツには、ナムサンダーでは威力不足なのだろう。


 俺は、着地すると同時に、次の作戦を練り始め―― 一つの結論に達すると、アイテムBOXから大きな魔石を取り出した。

 こいつは、ドラゴンを倒したときにゲットしたものだ。

 魔石は爆発する武器として使えるので、いざというときのために集めていた。


 粘着爆弾として使うために、接着剤もたっぷりと塗ってある。


「おらぁぁぁ!」

 俺は再び足を高く上げると、手に抱えた黒い石を敵の巨大な魔石に投げつけた。


「やった! 上手くいった! テツオ! そのまま抑え込んでいてくれ!」

「そんなには長く保たないぞ!!」

「わかってる!」

 俺は、アイテムBOXから魔石を次々と出しては投げつけたのだが、徐々に敵の拘束が解けてくる。


「ダイスケぇぇ!」

「くそっ!」

 とりあえず起爆するか?

 いや、失敗すれば、他に手がなくなる。


「グォォォ!」

 敵のパワーがシャザームを上回り始めた。


「なにかないか?! ……そうだ!」

 ようは敵の動きを止められればいいのだ。


 収納の中にしまったままの、アイテムを取り出した。

 俺の手に握られているのは、金色の弓。

 以前、ダンジョンでゲットしたのだが、使い道がなくて放り込んだままだった。


 弓を持つと、弦を弾く――すると音楽が流れるというハズレアイテム。

 能力は音楽だけかと思ったのだが、あとから解った催眠効果。

 敵に眠気を誘うことができる。


 こいつがダンジョンマスターなら、ダンジョンマスターが作ったアイテムが、ダンジョンマスターに効くのか?

 甚だ疑問だが、試してみるしかない。


 一か八かの作戦だが、敵の動きとシャザームの動きがピタリと止まった。

 敵だけではなく、シャザームまでアイテムの効果が現れてしまったようだ。

 シャザームの上で、テツオまでフリーズしている。


「よっしゃ!」

 俺は弓を放り投げると、残りの魔石をボスの腹めがけて投げつけた。

 魔物の腹に浮かんだ黒い壁に白い接着剤がついた魔石が数珠なりにくっついている。


「……ングォォォ!」

 一瞬フリーズしていた敵も復活して、シャザームが押されている。

 両者筋肉の盛り上がりが頂点に達しており、山羊の頭も完全に復活――再び不気味な輝きを宿している。


「いっくぞ~!!」

 剣を構え、気合を入れて地面を蹴ると、敵の巨躯めがけてジャンプ。

 敵の黒い毛皮に剣を突き立てた。


 剣にぶら下がりながら叫ぶ。


「超必殺! スーパーナムサンダー!!」

 言ってみただけで、いつもの魔法と変わらないのだが、魔力は目一杯込めた。


 俺の叫び声が響いた瞬間、突き立てた剣から青白い稲妻が奔り、目の前の巨大な魔物の皮膚を引き裂くように走った。

 まるで雷神の怒りが具現化したかのように、電撃は蛇のように魔物の全身を這い、黒く膨れ上がった巨体を青いプラズマの光が包み込む。


「グォォォ!」

「おっと!」

 空を裂いて、巨大な掌が俺に向かって突っ込んできた。

 まるで岩山が崩れ落ちてくるような威圧感――反射的に剣を手放し、俺は地面に向かって身を投げた。

 地面に着地する寸前、体勢を整えながら、アイテムBOXに意識を集中する。


「召喚!」

 次の瞬間、予備の剣が手の中に現れる。

 冷たい柄を握ると同時に、背後から再び空気を裂く音――敵の拳が、稲妻のような速度で振り下ろされてきた。


 間髪入れず、俺は真上に跳び上がる。

 空中で体勢をひねり、くるりと一回転――姫の動作のマネだ。


「おらぁ!」

 振り抜いた剣が、魔物の指に深く食い込む。

 丸太のように太く、異様に硬いその指を、火花を散らしながら斬り裂いた。

 鈍い衝撃が腕を伝い、数瞬ののち、切断面から黒い血が噴き上がる。

 巨体が苦悶の咆哮を上げ、切り落とされた指が地面に叩きつけられて転がった。


 黒い巨体を覆っていた青白い火花が弾け、そのまま魔物の胸部へと集中し、そこに埋め込まれていた巨大な魔石へと到達した――。


「とぉっ!」

 俺が地面を蹴って魔物から離れた刹那、魔石に貼り付けた魔石爆弾が閃光を発した。

 電撃によって連鎖的に反応を始めたのだ。


 青い閃光が燃え上がるようなオレンジ色の輝きへと変貌し、爆発の連鎖は炎の奔流へと姿を変えた。

 真っ赤な爆炎が魔物を包み込む。

 風を巻き込み、渦を巻くその炎は、まさに“業火”――魂すら焼き尽くすかのような、濃密な熱と破壊の塊。


 その中心、魔物の胸に埋まっていた巨大な魔石に、甲高い音が走る。

 赤熱する外殻に深々とひびが入り、蜘蛛の巣のように広がっていく。


「シャザーム! 下がれ!」

 テツオが鋭く相棒に指示を飛ばした。


 シャザームが退くと魔物の中心から、再び眩い閃光がほとばしる。

 それは雷鳴のような爆音と共に、まるで内部から太陽が炸裂したかのような光。

 閃光はあまりにも激しく、白い幕となって視界を奪い、空間そのものを焼き切るように周囲を照らし出す。


 重々しい破裂音と共に、巨大な魔石が四散し、複数の破片となって宙を舞った。

 魔物の腹から――ついに、魔石が砕けた。


 それは赤熱した破片となって、光の尾を引きながら空中を弧を描き、まるで流星群のように辺りに降り注いでいく。


 破片は地面に突き刺さり、爆ぜ、煙と火花を巻き上げる。

 魔石の一部は壁に突き刺さり、他の破片は岩を砕いて粉塵を巻き上げ、地面を焼き焦がした。


 その中心にあった魔物の肉体は、もはや形を保ってはいない。

 炎と閃光に引き裂かれ、巨体は崩れ落ち、炭化した残骸が赤く脈動しながら崩れていく。


「すげぇ!」

 驚いている場合ではない。

 閃光と爆炎の嵐のあと、魔物は確かに崩れ落ちたはずだが――。

 視界の奥、まだ煙が立ち込める中で黒く焦げたはずの巨体が、ゆっくりと蠢き始めていた。


「テツオ! 再生してるぞ!?」

 エネルギー源である魔石を失ったにも関わらず、魔物の肉塊がずるりと動き、破壊された骨が音を立てて軋みながら元の位置に戻ろうとしている。

 焼け爛れた筋肉が、まるで意思を持っているかのようにうねり、ちぎれた四肢の断面から新たな肉芽が生えてきていた。


「大丈夫だ! シャザーム!」

 テツオの声が響くと、シャザームの漆黒の身体に異変が起こった。

 表面を覆っていた黒い流動体がざわめき、うねり、まるで命を持つ闇そのもののように形を変えていく。


 不気味な音を立ててシャザームの肩から何かが生えてきた。

 黒く、歪んだ怪物の頭部――牙を並べた口を大きく開き、飢えた獣のように唸り声をあげる。

 その頭が、なおも再生を続けていた魔物に向かって、一気に飛びかかった。


 骨と肉を砕く嫌な音が響く。

 再生途中の肉体に深く喰らいついた黒い怪物の口が、敵の悲鳴すらも飲み込んでいる。


 敵の体がのたうち、抵抗するように手足をばたつかせるが、シャザームの身体の中心――闇の裂け目のようにぽっかりと開いた黒い穴が、まるで引力を持つ奈落のようにそれを吸い込み始めた。


 テツオの穴を邪魔していた白い円盤は消えたようだ。

 おそらく、エネルギー源になっていた魔石を消失したせいだろう。


 空気を震わす重たい音とともに、敵の身体がずるずると引きずられていく。

 まるで沼に沈むように、あるいは地獄の門へと落ちていくように、身体の半分がすでに穴の中へと消えかかっていた。


 断末魔のような叫びも虚しく、黒い怪物の顎がさらに深く噛み込み、敵を逃がすまいと貪りながら、奈落の闇の奥へと引きずり込んでいく。


 さっきまで力は拮抗していたが、今は完全に逆転している。

 股間まで食われた時点で、支えを失った2本の脚が、巨木の命が尽きたかのように、ゆっくりと傾きはじめた。

 ひとたび重心を崩すと、その巨体は抗うことなく重力に引かれ、大地を震わせながら一気に崩れ落ちる。

 地面に叩きつけられて地面を揺るがし、断面から体液を噴き出した。


「げっ?! まだ、再生してるんじゃないか?!」

 シャザームに食われた断面から、奇妙な泡がぶくぶくと噴き出し、じょじょに広がっていく。

 それに構わず、シャザームがその脚を掴むと、黒い穴に放り込む。

 食われまいと、アメーバーのように触手を伸ばして抵抗していたのだが、それも虚しく、敵の全てが食い尽くされた。


「よっしゃ! やったぜ、シャザーム!!」

 テツオが叫ぶと同時に、巨大な揺れが空間を揺さぶった。


「うぉぉっ?!」

 俺もバランスを崩し、その場にへたり込んでしまう。

 シャザームは、黒い触手の身体を伸ばして、倒れるのを防いだようだ。


 地面を揺らしていた振動が徐々に収まり、ついには完全に静まった。

 さっきまで轟音と咆哮、怒号が飛び交っていたとは思えないほど、辺りは静まり返っている。


 まるで、激しい戦いそのものが幻だったかのように――そこにあったのは余韻すら飲み込むような、圧倒的な沈黙。

 破壊された地面の裂け目から立ちのぼる微かな熱気だけが、あれが現実だったと物語っている。

 息を呑む音すら憚られるような静寂が、空気を重たく押し潰していた。


「ダイスケ!」

 シャザームの身体が黒い穴に戻り、徐々に小さくなると、テツオが戻ってきた。


「これで、やったのか?」

「まぁ、多分な……今回は、助っ人がいたんで、死に戻りせずにすんだか――わはは!」

「白いモヤが晴れた?」

 気がつくと、一面を覆っていた白いスクリーンがない。

 モヤはなくなったが、うっすらとした明かりは残っている。

 視界は良好だ。


「多分、白いもやも、やつが作り出していたんだろ?」

「ああ、なるほど……」

 倒してしまえばあっけない。

 いや、テツオとシャザームがいたから、倒せたと言ってもいい。

 俺や姫たちだけで、あんな化け物と対峙できたかどうか……。

 ゲームみたいなゾンビアタックが可能ならいけるかもしれないが、テツオと違い、俺たちにはセーブや復活もないしな。


「ふぅ……これで、今回の仕事は終いか」

「これからどうする?」

「解らん――神さまが異世界に戻してくれると思うんだが……」

「そうか、そいつは残念だな」

「まぁ、とりあえずは色々とゲットできたし、家には家族もいるしな」

「戻ったら、家族によろしくな」

「ああ」

 2人で手を伸ばすと、テツオと拳を合わせた。


 とりあえず、缶コーヒーをアイテムBOXからだすと、一息いれる。


「「ふぅ……」」

 コーヒーを飲みながら、しばらくじっとしていたのだが、なにも起きない。


「なにも起きないな……」

「う~ん? まさか、神さま忘れているわけじゃないだろうな」

「俺は神さまとつき合ったことがないから、どういう行動に出るのか解らんけど……」

「まぁ、人智を越えた存在だから、なにを考えているのか解らんことも多いのは確かだが……」


 待てど暮せど、なにも起きない。

 ただ時間だけが、砂のようにさらさらと指の隙間をすり抜けていく。

 空気はひどく静かで、鼓膜が痛むほどの沈黙が漂っていた。

 魔物の気配など、まるで初めから存在していなかったかのように欠片も感じられない。


 目を凝らしても、耳を澄ましても、何もない。

 まるで世界そのものが止まってしまったかのようだ。


 自分たちの足音だけが、自分の存在をかろうじて証明している。

 孤独とも違う、深い虚無。

 世界から切り離されたような、不安とも諦めともつかない感情が湧いてきて、言葉を絞り出した。


「9層から降りてきたあの裂け目から戻ってみるか?」

「そうするかぁ」

 テツオも俺の提案に乗ってくれた。

 シャザームの空飛ぶ黒い絨毯に乗り込む。


「ん?!」

「どうした?」

「ちょっと身体が重いような……」

「ああ、それはあれだ――さっき倒したデカいやつが、すべてのダンジョンの元だとすると――」

「もしかして、レベルの恩恵がなくなったのか?! ステータス!」

 ステータス画面が出てこない。


「どうだ?」

「なにも出てこない……いや! さっき、アイテムBOXは使えたぞ?!」

「まだ、影響が少し残っているとかかな?」

 まさか――そういえば、俺がいままでダンジョンボスらしきものを倒すと、ダンジョンが消えてた。

 特区のダンジョンも消えてしまうのだろうか?


「そ、それじゃ、ダンジョンが消えるのにも、冒険者たちが巻き込まれてしまうとか?!」

「そこらへんはどうなるのか、起こってみないと解らんな」

「も、もしかして、俺はとんでもないことをしてしまったのでは……」

 その場では正しい判断だったと信じていた。

 誰も巻き込まず、俺とテツオだけで終わらせるつもりだった。

 けれど、結果はどうだ。

 気づけば、他の冒険者たちも、姫も、サナも……俺が守ろうとした人たちが、俺の選択の渦に巻き込まれてしまったかもしれない。


 胸が痛む――息が浅くなる。


「大丈夫だ」と言い聞かせようとする声が、心の奥で何度も打ち消される。

 いや、違う――大丈夫じゃない。

 もし誰かがダンジョンの消失に巻き込まれていたら? もし命を落としていたら? 

 想像するだけで、喉の奥が焼けつくようだ。


 頭の中では、無数の「もし」が暴れ回っている。

 別の方法があったかもしれない。

 テキトーに攻略をして、諦めさせるとかな。

 いや、真剣にダンジョンに向き合ってる彼女たちに、それはできなかった。


 後悔、自己嫌悪、怒り、恐れ……形を変えながら、次々と胸を締めつけてくる。

 俺の中に湧き上がる思念は、消えたかと思えばすぐにまた浮かび上がり、俺の心を何度もえぐっていく。


 自分がやらかしたことの重さを、まだ全て把握しきれている気がしない。

 それがどれほど重大だったか――それだけは、嫌というほど理解できる。


 日本からダンジョンがなくなれば、また経済は大混乱だ。

 ゼロからのスタートとなってしまう。


 これが間違いだったのなら、取り返しがつかない。

 けれど今さら、過去を塗り替えることなどできるはずもなく――いや、テツオの死に戻りなら可能だが……。


 彼の目的は、あのデカい山羊頭を倒すことだった。

 その目的は達成された。

 いまさら、死に戻りたいと言っても、協力してくれないだろう。

 実際に地上がどういう状態になっているのか、まだわからないし、ここで悩んでいても仕方ない。


 とりあえず、地上に戻ろう。

 ダンジョンを消したことで、日本没落の戦犯として裁かれるかもしれないが。

 いや、ダンジョンは世界中にできていたから、世界が大混乱か?


「ダイスケ、大丈夫か?」

「ああ――もしも、俺が死に戻りたいって言ったら、協力してくれるか?」

「それはできんな。俺の仕事は終わったし」

「やっぱり……」

 そりゃ、そうだ……。


「なにを心配してるんだ?」

「いや、ダンジョンが消えたことで、たくさんの冒険者たちが巻き込まれたんじゃないかと……」

「ああ、なるほど…………それじゃ、ちょっと聞いてみるか?」

「聞く?」

 テツオの黒い穴から、シャザームの巨体がぬるりと這い出ると、その後ろから、さらに別のなにかが押し出されるように現れた。


 蠢く黒い塊――それが静かにほどけていく。

 溶けるように絡み合っていた黒が一枚のヴェールのように剥がれていき、中から一人の女が姿を現した。


 肌は濡れたように艶やかで、腕や脚の先が黒く染まっている。

 闇が彼女の体に取り憑いた痕跡のようでもあった。

 髪は濡れた絹のように背に貼りつき、呼吸とともに肩が上下している。


 以前より明らかに張りを増し、不自然なほどたわわに実ったデカい2つの山。

 迷宮教団のあの女だ。


「その女を出してどうするんだ?」

 テツオが女の頭の部分にしゃがみ込んだ。


「神さま! ちょっとお聞きしたいことがあるんすけど」

 彼女は何も言わず、ただ静かに目を開けた。


 その瞳の奥には、人間とも魔物ともつかない、深い闇が灯っていた。


 

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